荻原家住宅:織都・桐生の繁栄を今に伝える明治の住まい
群馬県桐生市の新宿通りから一歩入った静かな路地に、荻原家住宅は佇んでいます。主屋・土蔵・門及び塀からなるこの建造物群は、平成19年(2007年)5月に国の登録有形文化財として登録されました。「西の西陣、東の桐生」と並び称された織物の町・桐生において、全盛期を支えた機屋(はたや)の住居構成を今に伝える貴重な遺産です。
荻原家の歴史:女帯地製造で名を馳せた機屋
荻原家住宅のある新宿は、渡良瀬川左岸に位置し、敷地は新宿通りに面しています。明治37年刊行の「群馬県営業便覧」には「女帯地製造 荻原文三郎」との記載があり、荻原家が帯地の製造を手がける機屋であったことがわかります。
荻原家は江戸時代から機織を営んでいたと伝えられていますが、事業が本格化したのは土蔵ができた明治10年(1877年)頃以降のことです。工場は境野町に構え、新宿の建物は住宅として利用されていました。現在、機織業は廃業していますが、建物は当時の姿を良好に保っています。
文化財としての価値:なぜ登録有形文化財に?
荻原家住宅が国の登録有形文化財に登録された理由は、明治期における機屋の住居構成を完全な形で今に伝えていることにあります。表門と土塀、主屋、土蔵という建造物群が一体となって、桐生織物全盛期の機屋の暮らしぶりを物語っています。
建物は新宿通りからは直接望見できませんが、南に面する表門と土塀越しに見える土蔵や奥座敷の屋根が、往時の景観を彷彿とさせます。造作は丁寧で、約150年を経た今も良好に維持されており、明治期の職人の高い技術と、それを大切に守り続けてきた所有者の心意気を感じることができます。
主屋の見どころ:L字型の趣ある間取り
主屋は木造平屋建、瓦葺で、建築面積は59平方メートルです。切妻造の玄関部と片流れ屋根の座敷部が矩折れ(かねおれ=直角)に接続する、独特のL字型の平面構成となっています。
玄関部には取次の間2畳と8畳間があり、来客を迎え入れる空間として機能していました。座敷棟には蔵前座敷と奥座敷の6畳2室が設けられ、蔵前座敷は土蔵と直接つながっています。全体的には南北に廊下が廻り、建物に囲まれた南西側は庭となっています。
内部の造作は非常に丁寧で、明治期の機屋が求めた質の高い住空間を今に伝えています。木部の仕上げや建具の細部に至るまで、当時の職人の技術の高さを感じ取ることができます。
土蔵:白壁が美しい明治の蔵
主屋座敷部の北側に接して建つ土蔵は、明治10年(1877年)の建築です。土蔵造2階建で、桁行4間(約7.2メートル)、梁間2間半(約4.5メートル)、切妻造、桟瓦葺という構造を持ち、建築面積は35平方メートルあります。
外壁は純白の漆喰塗りで仕上げられ、腰部分は鉄板で覆われています。1階南面の東寄りに戸口を設け、主屋の蔵前座敷に両開きの塗戸で直接つながっています。これにより、家人は外に出ることなく蔵の中の貴重品にアクセスすることができました。
特に注目すべきは西妻面の1・2階に設けられた窓です。この窓は景観のアクセントとなっており、路地から眺めた際に印象的な表情を見せています。通風と採光を確保しながらも防火・防犯性を保つという、土蔵建築の知恵が凝縮されています。
門及び塀:敷地を守る白壁の美
荻原家住宅の敷地南側の小路に面して開くのが表門です。間口3.4メートルの棟門(むなもん)で、切妻造、桟瓦葺という格式ある構えです。門口は幅1.7メートルで、両開き板扉を吊り込み、東側には潜戸(くぐりど)を設けています。
敷地南辺を画す塀は、門の西側から延長19メートルにわたって続きます。白漆喰塗りの壁面と、腰に施された簓子下見板張り(ささらこしたみいたばり)という伝統的な意匠が調和し、品格ある佇まいを見せています。
この門と塀は、公道と私的空間を分ける役割を果たすとともに、敷地南側の景観を引き締める重要な要素となっています。塀越しに見える土蔵や主屋の屋根が、往時の機屋の繁栄を静かに物語っています。
桐生織物の歴史:1300年の伝統
荻原家住宅の価値をより深く理解するためには、桐生の織物の歴史を知ることが欠かせません。桐生の織物の起源は約1300年前に遡り、奈良時代に編纂された「続日本紀」に絹織物を朝廷に献上したとの記録が残っています。
地元には「白瀧姫伝説」が語り継がれています。桓武天皇の時代、婚姻によってこの地に住むことになった白瀧という美しい姫が、村人に養蚕・製糸・機織の技術を教えたのが桐生織の始まりだと伝えられています。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の合戦では、徳川家康が桐生絹を旗布として用いて勝利を収めたという逸話が残っており、以来「縁起の良い織物」として江戸幕府のもとで大いに栄えました。「西の西陣、東の桐生」という言葉は、桐生が京都の西陣と並ぶ織物の名産地として認知されていたことを示しています。
明治維新後、桐生は鋸屋根工場の導入や電力化の推進など近代化に成功し、日本を代表する繊維産業地帯へと発展しました。荻原家住宅が建てられた明治10年は、まさにこの近代化が進む過渡期にあたります。
荻原家住宅へのアクセス
荻原家住宅は個人の住宅であり、内部の一般公開は行われていません。しかし、表門・塀・建物の外観は公道から見学することができます。白漆喰の塀と、その向こうに見える土蔵や座敷の屋根のシルエットは、写真撮影にも適しています。
早朝や夕方の柔らかな光の中で見る荻原家住宅は、特に風情があります。桐生の歴史的な町並み散策と合わせて訪れることをおすすめします。
周辺の観光スポット
荻原家住宅の周辺には、桐生の織物文化を体験できるスポットが数多くあります。
- 桐生織物記念館 - 昭和9年建築の国登録有形文化財。桐生織の歴史展示と手織り体験が楽しめます
- 桐生新町重要伝統的建造物群保存地区 - 商家の町並みと鋸屋根工場が残る歴史的景観
- 森秀織物(織物参考館「紫」) - 現役の鋸屋根工場で「お召し」の生産工程を見学可能
- 有鄰館 - 酒・味噌・醤油蔵を活用した文化施設
- 桐生絹撚記念館 - 明治時代の模範工場を保存した産業遺産
- 桐生天満宮 - 毎月第一土曜日に関東三大骨董市の一つが開催される古社
- 桐生が岡動物園・遊園地 - 入園無料で楽しめる市営施設
交通案内
桐生市へは東京から複数のルートでアクセスできます。東京駅からJR上越・北陸新幹線で高崎駅まで約50分、両毛線に乗り換えて桐生駅まで約50分です。浅草からは東武特急「りょうもう号」で新桐生駅まで約100分でアクセスできます。
JR桐生駅から荻原家住宅のある新宿地区までは、徒歩で約15〜20分、タクシーで約5分です。駅構内の桐生市民活動推進センター「ゆい」では無料のレンタサイクルも利用できます。
Q&A
- 荻原家住宅の内部は見学できますか?
- 荻原家住宅は個人の住宅のため、内部の一般公開は行われていません。ただし、表門、塀、建物の外観は公道から見学・撮影することができます。塀越しに見える土蔵や主屋の屋根から、当時の風情を感じ取ることができます。
- 荻原家住宅が他の文化財と比べて特別な点は何ですか?
- 荻原家住宅の特徴は、主屋・土蔵・門及び塀という明治期の機屋(織物商)の住居を構成する全ての要素が良好な状態で残されていることです。桐生織物全盛期における機屋の住まい方や空間構成を総合的に理解できる貴重な建造物群です。
- 桐生を訪れるのに最適な時期はいつですか?
- 桐生は年間を通じて訪問できますが、春や秋は町歩きに適した気候です。毎月第一土曜日には桐生天満宮で関東三大骨董市の一つが開催され、多くの人で賑わいます。織物記念館での手織り体験などは、比較的空いている平日がおすすめです。
- 荻原家住宅の近くに駐車場はありますか?
- 荻原家住宅周辺には専用駐車場はありません。桐生駅周辺のコインパーキングを利用するか、桐生駅でレンタサイクルを借りて移動することをおすすめします。徒歩での町歩きも、歴史的建造物を巡りながら楽しむことができます。
- 桐生で織物体験ができる場所はありますか?
- 桐生織物記念館では手織り体験が可能です。また、織物参考館「紫」(森秀織物)では藍染め体験ができます。いずれも予約制の場合がありますので、事前に確認することをおすすめします。
基本情報
| 名称 | 荻原家住宅(主屋・土蔵・門及び塀) |
|---|---|
| 読み方 | はぎわらけじゅうたく(しゅおく・どぞう・もんおよびへい) |
| 文化財区分 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成19年(2007年)5月15日 |
| 建築年代 | 明治10年(1877年) |
| 所在地 | 〒376-0026 群馬県桐生市新宿2丁目9番7号 |
| 主屋構造 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積59㎡ |
| 土蔵構造 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積35㎡ |
| 門及び塀構造 | 木造棟門(間口3.4m、潜戸付)、塀延長19m |
| アクセス | JR桐生駅から徒歩約15〜20分 |
| 見学 | 個人住宅のため外観のみ(公道からの見学可) |
| お問い合わせ | 桐生市教育委員会 文化財保護課 TEL: 0277-46-6467 |
参考文献
- 荻原家住宅主屋 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/182296
- 荻原家住宅土蔵 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/190870
- 荻原家住宅門及び塀 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/143411
- 荻原家住宅 - 桐生市公式ホームページ
- https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1010700/kunitouroku/1001992.html
- 桐生織物記念館公式ウェブサイト
- https://kiryuorimonokinenkan.com/
- 千年を超える伝統と歴史 - 桐生テキスタイル公式ウェブサイト
- https://kiryutextile.com/tradition-history/
- 桐生織物会館旧館(桐生織物記念館) - 桐生市公式ホームページ
- https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1010700/kunitouroku/1001995.html
最終更新日: 2026.01.02
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