1棟の金堂 ― 1958年に国宝

不動院金堂は、広島県広島市東区牛田新町三丁目にある室町時代後期の建造物で、1900年(明治33年)4月7日に重要文化財となり、1958年(昭和33年)2月8日に国宝に指定された。員数は1棟、所有は不動院である。

1900年4月7日の重要文化財は、観心寺金堂の1897年12月28日に次いで2番目に早い。園城寺新羅善神堂の指定より1年ほど早いことになる。

構造は桁行三間、梁間四間、一重もこし付、入母屋造、こけら葺である。年代の欄は1540年とする。

建物が、山口から広島へ移されている

この金堂は、いまの場所に建てられたものではない。

文化庁は、天正年間に安国寺恵瓊が山口より移建した、と記す。

山口で建っていた建物を、広島へ運んで建て直している。県をまたいだ移動である。

崇福寺第一峰門では、材が中国で刻まれ数隻の船に分けて運ばれた。唐招提寺経蔵では、動かない建物が別の持ち主のもとから寺の一部になった。勧学院客殿では、一之間がニューヨークに再現された。

本件は、いったん完成した建物が、そのまま国内を移動している。

もとの姿も記される。もとは戦国大名の大内義隆が創建した禅宗寺院香積寺の仏殿である、とある。

宗派が変わり、呼び名も変わった

移されたことで、建物の性格も変わっている。

移る前は禅宗寺院香積寺の仏殿だった。いまは真言宗不動院の金堂である。

宗派が禅宗から真言宗へ、建物の呼び名が仏殿から金堂へ変わっている。

園城寺では、金堂が寺院、新羅善神堂が神社、勧学院客殿が住宅と種別が分かれていた。あれは同じ寺のなかでの分類の違いである。

本件は、一つの建物が時代とともに属する宗派を変えている。

それでも造りは元のままとされる。構造細部は禅宗様の典型で、とある。真言宗の寺にありながら、禅宗の様式で建っている。

年代は、天井の絵に書かれた文字から分かる

いつ建てられたかの根拠が示される。

天井絵の銘文より天文9年(1540年)の建立とわかる、とある。

天井に描かれた絵に文字が書き込まれており、そこから年が判明した。

姫路城イ、ロ、ハ、ニの渡櫓では、大天守の年代が墨書から分かるとされていた。あれは建物の部材に直接書かれた文字である。

本件は絵に添えられた文字である。建物を飾るものに、年代の手がかりが残っている。

金剛場陀羅尼経では奥書の干支から686年が定まり、今昔物語集では奥書がなく体裁から推定された。年代の決め手は物件ごとに違う。

参拝

所在は広島県広島市東区牛田新町三丁目で、所有は不動院である。境内に建つ建物であり、外観は参拝の際に見ることができる。

評価は規模と内部について述べられる。中世禅宗仏殿で最大規模を誇り、とある。中世の禅宗仏殿という範囲を示したうえでの最上級である。

続けて、本尊空間と礼拝空間からなる内部は、失われた中世五山仏殿を思わせる、と記される。

いま残っていないものを思わせる、という書き方になっている。現存しない建物の姿を伝えるものとして評価されていることになる。

同じ境内には、不動院楼門と不動院鐘楼がある。鐘楼は1952年(昭和27年)7月19日の重要文化財で、年代は1433年とされ、金堂より100年ほど古い。内部の拝観については寺の定めによる。訪問前に確認したい。

Q&A

Q不動院金堂はいつ指定されましたか。
A1900年(明治33年)4月7日に重要文化財、1958年(昭和33年)2月8日に国宝へ指定されました。重要文化財の日は観心寺金堂に次いで2番目に早いものです。
Qもとからこの場所にあったのですか。
A違います。文化庁は「天正年間に安国寺恵瓊が山口より移建した」と記します。山口で建っていた建物を広島へ運んで建て直しており、県をまたいだ移動です。
Qもとは何の建物だったのですか。
A文化庁は「もとは戦国大名の大内義隆が創建した禅宗寺院香積寺の仏殿」と記します。いまは真言宗不動院の金堂であり、宗派も呼び名も変わっています。
Qいつ建てられたのですか。
A文化庁は「天井絵の銘文より天文9年(1540年)の建立とわかる」と記します。天井に描かれた絵に書き込まれた文字から年が判明しています。
Q何が評価されているのですか。
A文化庁は「中世禅宗仏殿で最大規模を誇り」とし、内部について「失われた中世五山仏殿を思わせる」と記します。現存しない建物の姿を伝えるものとされています。

基本情報

名称不動院金堂(ふどういんこんどう)/同じ境内の不動院鐘楼と不動院楼門は重要文化財
所在地広島県広島市東区牛田新町三丁目
指定区分国宝(建造物・宗教建築)
指定年1900年(明治33年)4月7日 重要文化財/1958年(昭和33年)2月8日 国宝
員数1棟
寸法桁行3間、梁間4間、一重もこし付、入母屋造、こけら葺。年代の欄は1540年で、天井絵の銘文から建立の年が判明している。もとは山口にあった禅宗寺院の仏殿で、天正年間に移建された。時代は室町後期
所有者不動院
公開状況境内に建つ建物で、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は寺の定めによる

参考文献

文化遺産オンライン 不動院金堂
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/148301
文化遺産オンライン 不動院鐘楼
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/176342
文化遺産オンライン 不動院楼門
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/190943
広島市東区 不動院
https://www.city.hiroshima.lg.jp/site/higashiku/18986.html

最終更新日: 2026.09.05