鞆の鍛冶用具及び製品:海運を支えた職人技の結晶

広島県福山市の南端、瀬戸内海に面した歴史ある港町・鞆の浦。この地には、日本の海運を支えた職人たちの技と魂が刻まれた567点の文化財が残されています。「鞆の鍛冶用具及び製品」は、2021年3月に登録有形民俗文化財として登録され、広島県初の登録となりました。錨や船釘を生み出した伝統の鍛冶技術は、かつて日本中の木造船を支え、海上交通の要として栄えたこの港町の誇りです。

潮待ちの港・鞆の浦

鞆の浦は、古来より「潮待ちの港」として知られてきました。瀬戸内海のほぼ中央に位置するこの港は、満潮時には豊後水道や紀伊水道から流れ込む海流がここでぶつかり、干潮時には東西に分かれて流れ出していきます。この独特の地理的条件により、瀬戸内海を航行する船は潮の流れが変わるのを待つ必要がありました。

万葉集にも詠まれたこの港町は、奈良時代から人々が行き交う交通の要衝として栄えました。そして、多くの船が寄港するこの地で、船に欠かせない錨や船釘を製造する鍛冶職人たちが腕を振るうようになったのです。「鞆鍛冶」と呼ばれた職人たちが生み出した製品は、やがて日本全国に知れ渡り、鞆の名を海運の世界に轟かせることになります。

なぜ文化財に登録されたのか

鞆の鍛冶用具及び製品が登録有形民俗文化財として認められた理由は、いくつかの重要な価値が認められたためです。

第一に、機械化以前の手作業による鍛造技術を伝える貴重な資料であることです。この収集品には、昭和中期まで実際に使われていた道具が一式揃っており、近代化により失われつつあった伝統的な鍛冶の工程を今に伝えています。

第二に、鞆鍛冶の作業工程を網羅的に理解できる点です。鉄を熱する火床に風を送る鞴(ふいご)から、作業台となる金床、鉄を挟む箸、打ち鍛える鎚、仕上げに使う鑢やキサゲまで、製作の全工程で使われた道具が揃っています。

第三に、製品の多様性です。「鞆錨」の名で全国に知られた錨をはじめ、木造船の建造に欠かせない各種の船釘が網羅的に収集されており、瀬戸内海沿岸地域の産業の特色を知る上で貴重な資料となっています。

コレクションの見どころ

鍛冶用具(193点)

鍛冶用具のコレクションには、伝統的な鍛冶場に欠かせない道具が揃っています。鞴(ふいご)は火床に空気を送り込み、鉄を加工するのに必要な高温を生み出す重要な道具です。金床は様々なサイズがあり、作業台として使われました。箸(やっとこ)は熱した鉄を掴んで操作するために、鎚(つち)は用途に応じて重さや形が異なるものが揃います。仕上げに使う鑢(やすり)やキサゲも各種が収集されています。

また、漁網の錘の鋳型や備中鍬の爪なども含まれており、船具類の鍛造にとどまらない、鞆鍛冶の製作活動の幅広さがうかがえます。

製品(374点)

製品の中で代表的なものは錨と船釘です。錨には四爪錨や二爪の唐人錨などがあり、これらの「鞆錨」は全国各地に出荷され、品質の高さで知られていました。

船釘のコレクションも充実しており、木造船の建造部位によって異なる専用の釘が揃っています。縫釘(ぬいくぎ)、通釘(とおしくぎ)、包釘(つつみくぎ)、貝折釘(かいおりくぎ)など、それぞれが伝統的な木造船の建造において特定の役割を担っていました。

鞆鍛冶の歴史

鞆鍛冶の起源は定かではありませんが、備後地方は奈良時代から三原に刀匠が住んでおり、鞆鍛冶はその分派によって興ったとされています。室町時代前期の「鞆」銘が刻まれた刀剣が現存していることから、中世にはすでに小鍛冶(刀鍛冶)が盛んであったことは間違いありません。

鞆は中国山地に近く、川や海の水運を利用して鍛冶に必要な鉄材、燃料、道具などを大量に仕入れることができました。また、加工した鉄製品を全国に輸送できる港町であったことも、鍛冶産業が発展した大きな理由です。

江戸時代初期、この地を所領した戦国武将・福島正則は、職人を「小烏の森」(現在の鍛冶町)に集め、鍛冶屋の集住地を形成しました。その後、泰平の世を迎えると、鞆鍛冶の中心は刀剣から船釘や錨などの船具製造へと移り変わっていきます。

明治・大正時代の記録では、船釘・錨の積み出し港として鞆が全国一位であったことが示されており、近代日本の一大産地であったことがうかがえます。手作業による鞆鍛冶は昭和中期まで続きましたが、近代化により製品は伸鉄やシャックルなどが主流となり、1968年には鞆町東北端に鉄鋼団地が誕生し、鉄鋼関係の工場が集団移転しました。

コレクションの見学場所

鞆の鍛冶用具及び製品は、福山市鞆の浦歴史民俗資料館に収蔵・展示されています。この資料館は、福島正則が築いたとされる鞆城跡の高台に建設されており、「潮待ちの館」の愛称で親しまれています。

館内では、鍛冶関係の資料のほか、鯛網漁のジオラマ、お手火神事やお弓神事などの民俗資料、朝鮮通信使に関する歴史資料なども展示されています。また、エントランス周辺からは鞆の町並みや瀬戸内海の島々を一望することができ、かつて港を見下ろした城主の視点を体験できます。

日本遺産・鞆の浦を巡る

鞆の浦は2018年5月に日本遺産に認定されました。「瀬戸の夕凪が包む 国内随一の近世港町〜セピア色の港町に日常が溶け込む鞆の浦〜」というストーリーのもと、江戸時代の港湾施設である常夜燈、雁木、波止場、焚場、船番所が全て揃って残る、全国唯一の港として評価されています。

鍛冶職人たちの氏神として祀られてきた小烏神社では、毎年12月に「ふいご祭(鉄鋼祭)」が行われています。鍛冶の道具である鞴(ふいご)に感謝を捧げるこの祭りは、資料館に収蔵された道具たちが、かつて神事の対象であったことを今に伝えています。

周辺の見どころ

鞆の浦には、歴史的な名所や自然の魅力が数多くあります。福禅寺の対潮楼からは、朝鮮通信使が「日東第一形勝」と絶賛した瀬戸内海の絶景を望むことができます。渡船で約5分の仙酔島では、「仙人も酔うほど美しい」と称される自然を楽しめます。

国の重要文化財である太田家住宅は、江戸時代に保命酒の蔵元として栄えた商家の姿を今に伝えています。また、町中には保命酒を製造・販売する店舗が点在しており、この地ならではの薬味酒を味わうことができます。

鯛料理も鞆の浦の名物です。古くから鯛網漁が盛んだったこの地では、新鮮な鯛を使った料理を楽しむことができます。特に初夏の観光鯛網は、約380年の歴史を持つ伝統漁法を間近で見学できる貴重な機会です。

Q&A

Q鞆の鍛冶用具及び製品の特徴は何ですか?
A全567点のコレクションは、伝統的な船具鍛冶の道具一式と製品を網羅しています。広島県初の登録有形民俗文化財であり、昭和中期に機械化が進む以前の手作業による鍛造技術を伝える貴重な資料です。
Q鞆鍛冶ではどのような製品が作られていましたか?
A鞆鍛冶は錨(いかり)と船釘(ふなくぎ)で全国的に有名でした。錨には四爪錨や唐人錨などの種類があり、船釘は木造船の建造部位に応じて縫釘、通釘、包釘、貝折釘など多種多様なものが作られました。
Qコレクションはどこで見学できますか?
A福山市鞆の浦歴史民俗資料館で見学できます。開館時間は9:00〜17:00(入館は16:30まで)、休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始(12月28日〜1月3日)です。
Q鞆の浦へのアクセス方法を教えてください
AJR福山駅から鞆鉄バス「鞆の浦」または「鞆港」行きに乗車し、約30分で到着します。バスは約20分間隔で運行しています。バス停から資料館までは徒歩約5分です。
Q鞆の浦には他にどのような見どころがありますか?
A日本遺産に認定された港町には、江戸時代の港湾施設(常夜燈、雁木、波止場など)が全て現存しています。朝鮮通信使が絶賛した対潮楼、重要文化財の太田家住宅、仙酔島などの見どころがあり、保命酒や鯛料理などのご当地グルメも楽しめます。

基本情報

名称 鞆の鍛冶用具及び製品(とものかじようぐおよびせいひん)
指定区分 登録有形民俗文化財(国登録)
登録年月日 令和3年(2021年)3月11日
員数 567点(鍛冶用具193点、製品374点)
種別 生産、生業に用いられるもの
所在地 広島県福山市鞆町後地536-1 福山市鞆の浦歴史民俗資料館
開館時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月28日〜1月3日)
入館料 一般150円(団体20名以上120円)、高校生以下無料
アクセス JR福山駅より鞆鉄バス約30分「鞆の浦」下車、徒歩約5分
電話番号 084-982-1121

参考文献

鞆の鍛冶用具及び製品 - 福山市ホームページ
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/280739.html
鞆の鍛冶用具及び製品 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/517437
広報ふくやま2021年10月号特集「知られざる鞆の鉄の歴史 鞆鍛冶」
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/site/koho-202110/237841.html
鞆の歴史を凝縮した学びの館「歴史民俗資料館」 - VISIT鞆の浦
https://visittomonoura.com/2020/01/979/
ご利用・交通のご案内 - 鞆の浦歴史民俗資料館
https://tomo-rekimin.org/site/access/
鞆の浦 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/鞆の浦
鞆の浦(とものうら) - 福山市ホームページ
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/site/miryoku2023/289472.html
絶景と潮待ちの港をじっくり巡る – 鞆の浦満喫コース - VISIT鞆の浦
https://visittomonoura.com/2020/01/869/

最終更新日: 2026.01.02

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