4棟の渡櫓 ― 1951年に国宝
姫路城イ、ロ、ハ、ニの渡櫓は、兵庫県姫路市本町にある桃山時代の城郭建築で、1931年(昭和6年)1月19日に重要文化財となり、1951年(昭和26年)6月9日に国宝に指定された。所有は国(文部科学省)である。
各棟は1棟と数えられ、二重二階、地下一階付、本瓦葺、1609年頃とされる。四つが一つの名でまとめられ、括弧で個別の名が添えられる。
国宝1951年6月9日は、二つの曜変天目茶碗や太刀〈銘三条(名物三日月宗近)〉と同じ日にあたる。重要文化財1931年1月19日は、太刀〈銘正恒〉や玳玻天目茶碗と同じ日である。
同じ「イの渡櫓」が、国宝と重要文化財で別々にある
姫路城には、名がほとんど同じで区分の違う建物がある。
本件に含まれる姫路城イ、ロ、ハ、ニの渡櫓(イの渡櫓)は国宝である。一方、姫路城 イの渡櫓という名の別の記録があり、こちらは重要文化財で、国宝指定年月日の欄は空である。
重要文化財となった日も違う。本件は1931年1月19日、もう一方は同じ年の12月14日である。11か月ずれている。
構造も違う。本件は二重二階、地下一階付、本瓦葺。もう一方は一重渡櫓、本瓦葺である。年代も1609年頃と1601年から1609年で書き方が違う。
太刀〈銘正恒〉では同じ銘の刀が複数あり、佐敷城跡では同じ名の城跡が二つあった。それらは離れた場所にあった。本件は同じ城の中に、ほとんど同じ名の建物が区分を違えて存在する。
ロ、ハ、ニについても同様で、姫路城 ロの渡櫓、姫路城 ハの渡櫓、姫路城 ニの渡櫓という別の記録がある。四組すべてが対になっている。
解説文が、引用文献を明記している
解説の末尾に、これまで見なかったものがある。
【引用文献】『国宝辞典(四)』(便利堂 2019年)、とある。
文化庁の解説文が、どこから引いたかを示している。ここまで扱った物件の解説は、出典を記さないのが通例だった。
阿高・黒橋貝塚と二子山石器製作遺跡では、解説文の冒頭にもとの文書のファイル名が残っていた。あれは意図しない痕跡だった。本件は意図して出典が付されている。
記録の作られ方が、文面に現れる点では共通する。ただし一方は残ってしまったもの、他方は付けられたものである。
国宝8棟、重要文化財82棟
解説は姫路城全体を扱う。冒頭に、姫路城 八棟、とある。国宝は8棟である。
末尾には、現在、姫路城郭のうち重要文化財に指定されている建物は、諸櫓、門、土塀など全部で八十二棟ある、とある。
合わせて90棟になる。歓喜院や瑞龍寺では、国宝と重要文化財を合わせても十棟に満たなかった。姫路城の規模は桁が違う。
大天守の年代も記される。大天守は慶長十三年(1608年)から翌年にかけて建てられたことが墨書からわかる、とある。書かれた文字が年代の根拠になっている。
金剛場陀羅尼経では、ト書に写された奥書の干支から686年が定まった。今昔物語集では奥書がなく体裁から推定された。本件は建物に書かれた墨書が年代を示す。
見学
所在は兵庫県姫路市本町で、所有は国(文部科学省)である。城郭の一部であり、公開は管理者の定めによる。
評価も記される。わが国城郭建築の最盛期を代表する最も優秀な城郭であるばかりでなく、最も完全に遺存している城郭として貴重な遺構である、とある。
形についても、天守の一郭は、五重六階の大天守が西、乾、東の小天守をしたがえて立つ複合天守の形態をしており、建物の高低、様々な屋根の形態は変化の極致をつくしている、とされる。
渡櫓は建物と建物をつなぐ櫓である。イ、ロ、ハ、ニは天守群をつなぐ位置にあたる。
見学の条件は変わることがあるため、訪問前に管理者の案内で確認したい。
Q&A
- 姫路城イ、ロ、ハ、ニの渡櫓はいつ指定されましたか。
- 1931年(昭和6年)1月19日に重要文化財、1951年(昭和26年)6月9日に国宝へ指定されました。所在は兵庫県姫路市本町、所有は国(文部科学省)です。
- 同じ名前の渡櫓が他にもあるのですか。
- あります。「姫路城 イの渡櫓」という別の記録は重要文化財で、重文の日も1931年12月14日と11か月ずれ、構造も一重渡櫓で違います。ロ、ハ、ニについても同様に対になる記録があります。
- 解説文に引用文献があるのですか。
- あります。末尾に「【引用文献】『国宝辞典(四)』(便利堂 2019年)」と記されています。文化庁の解説が出典を示す例で、ここまで扱った物件では通例、出典は記されていませんでした。
- 姫路城には何棟の文化財がありますか。
- 解説の冒頭に「姫路城 八棟」とあり国宝は8棟、末尾に「重要文化財に指定されている建物は、諸櫓、門、土塀など全部で八十二棟ある」とあります。合わせて90棟になります。
- いつ建てられたのですか。
- 渡櫓は1609年頃とされます。大天守については「慶長十三年(1608年)から翌年にかけて建てられたことが墨書からわかる」と記され、建物に書かれた文字が年代の根拠になっています。
基本情報
| 名称 | 姫路城イ、ロ、ハ、ニの渡櫓(ひめじじょうい、ろ、は、にのわたりやぐら)/同名で重要文化財の「姫路城 イの渡櫓」ほかは別の物件 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県姫路市本町 |
| 指定区分 | 国宝(城郭建築)/姫路城の国宝は8棟、重要文化財は82棟 |
| 指定年 | 1931年(昭和6年)1月19日 重要文化財/1951年(昭和26年)6月9日 国宝 |
| 員数 | 1棟ずつ、イ・ロ・ハ・ニで合わせて4棟 |
| 寸法 | 二重二階、地下一階付、本瓦葺で、1609年頃。大天守は1608年から翌年にかけて建てられたことが墨書からわかるとされる。時代は桃山 |
| 所有者 | 国(文部科学省) |
| 公開状況 | 城郭の一部で、公開は管理者の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 姫路城イ、ロ、ハ、ニの渡櫓(ハの渡櫓)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/123277
- 文化遺産オンライン 姫路城イ、ロ、ハ、ニの渡櫓(イの渡櫓)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/156805
- 文化遺産オンライン 姫路城 イの渡櫓(重要文化財)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/201199
- 姫路城 公式サイト
- https://www.himejicastle.jp/
最終更新日: 2026.09.05
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