明治時代の建築が息づく隠れた名所
神奈川県平塚市の北西部、穏やかな丘陵地に佇む「原家住宅」は、明治時代の裕福な農家の暮らしを今に伝える貴重な建造物群です。2019年(平成31年)に国登録有形文化財に登録されたこの邸宅は、主屋、茶室、土蔵、旧長屋門の4棟から構成され、130年以上前の日本の農村生活を鮮やかに物語っています。
近隣の鎌倉のような観光地や湘南の海沿いの賑わいとは異なり、この住宅は日本の本物の伝統建築に触れることができる稀有な場所です。周囲には田園風景が広がり、まるで時が止まったかのような静寂と趣があります。
原家住宅を構成する4つの建造物
原家住宅は単独の建物ではなく、それぞれが明治時代の裕福な農家の生活と社会的地位を反映する4つの建造物で構成されています。
主屋(しゅおく)
敷地の中央に南面して建つ主屋は、明治中期(1883年〜1897年頃)に建てられた入母屋造りの平屋建てです。建築面積は251平方メートルと堂々たる規模を誇り、現在は金属板葺きの屋根で保護されています。
間取りは神奈川県中部の伝統的な民家形式を踏襲しており、東側に土間、西側に広間を配置しています。奥には前後各2室の部屋が設けられ、広間の前面には式台(しきだい)と呼ばれる格式高い玄関が張り出し、前列の上手には座敷が配されています。この構成は、原家が地域で重要な社会的地位を占めていたことを示しています。
茶室(ちゃしつ)
主屋の西側に建つ茶室は、この邸宅の中でも特に趣のある建物です。同じく明治中期の建築で、寄棟造りの茅葺き屋根という、現代日本では非常に希少な形式を残しています。専用の茶室を持つということは、原家が農業だけでなく文化的な教養も大切にしていたことを物語っています。
明治時代、原家は油問屋から始まり金融業へと事業を拡大していきました。茶室の存在は、その繁栄に伴って茶道という伝統文化を嗜む余裕が生まれたことを示しています。茶道は元来、武士や商人階級と結びついた文化であり、専用の茶室を構えることは家の文化的洗練を表す象徴でした。
土蔵(どぞう)
主屋の東側に西面して建つ土蔵は、明治中期に建てられ、平成元年(1989年)に改修されました。土蔵造2階建て、切妻造鋼板葺きで、建築面積は46平方メートルです。外壁はモルタル塗りの腰洗出し仕上げという美しい仕様になっています。
内部には近代的な改修が施されており、現在はバーとして活用されています。歴史的な建造物が新しい役割を担いながらも、その歴史的な趣を維持している好例といえるでしょう。
旧長屋門(きゅうながやもん)
敷地後方の高台に南面して建つ旧長屋門は、この邸宅で最も興味深い建物かもしれません。江戸後期(1751年〜1830年頃)に建てられたこの建物は、もともと埼玉県東松山市の寺院にあったもので、昭和21年(1946年)に移築され、さらに平成2年(1990年)に現在の位置に再移築されました。
間口13間(約24メートル)という堂々たる規模を持ち、中央3間を門口としています。寄棟造りの銅板葺きで、建築面積は107平方メートル。太い柱を貫で固め、丸太の梁桁を豪壮にかけ渡した小屋組みは、簡素ながらも雄大な造りで、近世における長屋門の一形式を今に伝えています。
なぜ登録有形文化財に選ばれたのか
平成30年(2018年)11月16日、文化庁文化審議会文化財分科会は、原家住宅の4棟を登録有形文化財とするよう文部科学大臣に答申しました。平成31年(2019年)3月29日付で正式に登録され、平塚市では旧横浜ゴム平塚製造所記念館と合わせて5件目の登録有形文化財となりました。
原家住宅が文化財として高く評価された理由は複数あります。第一に、この邸宅が神奈川県中部における上層農家の伝統的な屋敷構えを見事に保存していることです。主屋、茶室、土蔵、長屋門が調和のとれた配置で残されており、明治時代の豊かな農家の暮らしを包括的に示しています。
第二に、主屋が県中部の伝統的な民家形式を踏襲した近代の和風住宅として、建築史的価値を持つことです。式台や座敷といった格式高い空間の設えは、原家の地域における社会的重要性を反映しています。
第三に、移築された旧長屋門が、現代では稀少となった近世の建築形式を伝えていることです。その簡素ながらも雄大な造りは、江戸時代の建築技法を知る上で貴重な資料となっています。
原家の歴史と遺産
原家の歴史は、明治時代における日本農村部の経済的変容と深く結びついています。油問屋として出発した原家は、その後金融業へと事業を拡大し、この立派な邸宅を建設・維持できるほどの富を蓄えました。この住宅は、明治維新という激動の時代を生き抜き、伝統を守りながらも新しい機会を積極的に活かした農村の有力者の姿を今に伝えています。
見学会に参加した方々は、建物の予想外の豪華さに驚きを隠せないといいます。この時代の農家といえば素朴なものを想像しがちですが、原家住宅は富にあふれた空間でした。精巧な座敷から茶道という文化的営みまで、人生の豊かさを享受した一族の姿が浮かび上がります。
現在この不動産は原ビルディング株式会社が所有しており、将来の世代への継承が確保されています。長屋門付近に置かれた大きな蒸し釜は、かつて村人を招いて饗応することを好んだ原家の人柄を偲ばせるものです。
周辺の見どころ
原家住宅がある平塚市土屋地区は、市の中心部とは異なる牧歌的な風景が広がっています。田園風景の中に古墳や古寺、古社が点在し、昔のままの香りが残る魅力的なエリアです。
周辺を訪れる際には、以下のスポットもあわせて楽しむことができます。
- 湘南平(高麗山公園):富士山、相模湾、丹沢山系を一望できる360度のパノラマ展望台。「かながわの景勝50選」に選定されています。
- 平塚八幡宮:仁徳天皇の時代(西暦380年)に創建されたと伝わる湘南地域屈指の古社。
- 花菜ガーデン(神奈川県立花と緑のふれあいセンター):四季折々の花々と富士山の眺望が楽しめる広大な公園。
- 大磯町:旧東海道の宿場町として栄えた歴史ある町。海水浴場や旧吉田茂邸などの見どころがあります。
- 塚越古墳:神奈川県内でも珍しい前方後円墳。公園として整備されています。
また、土屋地区では地域の皆さんが丹精込めて育てた「ざる菊」が毎年秋に見頃を迎え、訪れる人々を楽しませています。
見学にあたって
原家住宅は個人所有の文化財であり、普段は一般公開されていないことにご注意ください。ただし、特別な見学会が不定期で開催されることがあり、その際には貴重な建造物群を間近で見学する機会が得られます。
見学会の開催情報については、平塚市教育委員会社会教育課文化財保護担当にお問い合わせいただくことをお勧めします。明治時代の住宅建築の傑作を体験できる貴重な機会をお見逃しなく。
Q&A
- 原家住宅はいつでも見学できますか?
- いいえ、原家住宅は個人所有の文化財であり、普段は一般公開されていません。ただし、特別な見学会が不定期で開催されることがあります。開催情報については、平塚市社会教育課(電話:0463-35-8124)にお問い合わせください。
- 土屋地区へのアクセス方法は?
- JR東海道本線平塚駅から神奈川中央交通バス「伊勢原駅南口行き」に乗車し、約20〜30分で土屋地区に到着します。原家住宅は平塚市北西部の丘陵地に位置しています。
- この住宅が他の歴史的建造物と比べて特別な理由は何ですか?
- 原家住宅の特筆すべき点は、主屋、茶室、土蔵、旧長屋門という4棟の建造物が一体として保存されていることです。これにより、神奈川県中部における上層農家の伝統的な屋敷構えを包括的に理解することができます。特に、江戸時代に建てられ移築された長屋門は、近世建築の貴重な事例です。
- 見学会の入場料はかかりますか?
- 入場料については見学会ごとに異なる場合があります。詳細は、見学会の開催が発表された際に平塚市社会教育課へ直接お問い合わせください。
- 平塚市には他にどのような登録文化財がありますか?
- 原家住宅の4棟のほかに、「旧横浜ゴム平塚製造所記念館」(愛称:八幡山の洋館)が登録有形文化財として登録されています。明治期に建てられたピンク色の洋風建築で、神奈川県内でも数少ない貴重な歴史的建造物です。
基本情報
| 名称 | 原家住宅(はらけじゅうたく) |
|---|---|
| 文化財区分 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録日 | 平成31年(2019年)3月29日 |
| 所在地 | 神奈川県平塚市土屋字秦ノ前2842 |
| 登録建造物 | 主屋、茶室、土蔵、旧長屋門(計4棟) |
| 建築年代 | 主屋・茶室・土蔵:明治中期(1883~1897年頃)/旧長屋門:江戸後期(1751~1830年頃) |
| 所有者 | 原ビルディング株式会社 |
| 公開状況 | 通常非公開(特別見学会を不定期開催) |
| お問い合わせ | 平塚市社会教育課文化財保護担当 電話:0463-35-8124 |
参考文献
- 国登録有形文化財(建造物)原家住宅 | 平塚市
- https://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/bunka/page-c_00304.html
- 原家住宅主屋 | 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/451360
- 原家住宅土蔵 | 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/431942
- 原家住宅旧長屋門 | 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/446543
- 平塚市 原家住宅 | 株式会社 水摩建設
- https://mizuma.info/2019/12/hiratuka-harake/
- 有形文化財(建造物) | 文化庁
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/
最終更新日: 2026.01.28
近隣の国宝・重要文化財
- 光明寺本堂内厨子
- 神奈川県平塚市南金目
- 五領ヶ台貝塚
- 平塚市広川
- 旧澤良商店店舗兼主屋
- 神奈川県秦野市本町三丁目2838
- 立花屋茶舗右の蔵
- 神奈川県秦野市本町三丁目2839
- 旧澤良商店土蔵
- 神奈川県秦野市本町三丁目2838
- 立花屋茶舗左の蔵
- 神奈川県秦野市本町三丁目2839
- 立花屋茶舗店舗兼主屋
- 神奈川県秦野市本町三丁目2839
- 五十嵐商店店舗兼主屋
- 神奈川県秦野市本町二丁目2687
- 五十嵐商店第三号倉庫
- 神奈川県秦野市本町二丁目2687-1
- 五十嵐商店第二号倉庫
- 神奈川県秦野市本町二丁目2687