四万十川流域に息づく山村民家の記憶
高知県四万十町の静かな山里に、明治の面影を今に伝える茅葺き民家「旧門脇家住宅主屋」が佇んでいます。明治8年(1875年)に建てられたこの建物は、かつて山深い下津井集落に建っていた農家住宅です。平成2年(1990年)に現在の四万十町郷土資料館に隣接する場所へと移築され、地域の貴重な文化遺産として大切に保存されています。
「最後の清流」と称される四万十川の中流域に位置するこの地は、都会の喧騒から離れた静寂に包まれています。茅葺き屋根の温かみのある佇まいと、周囲を取り囲む豊かな自然が織りなす風景は、日本の原風景そのもの。有名観光地にはない、ゆったりとした時の流れを感じることができる場所です。
登録有形文化財に選ばれた理由
旧門脇家住宅主屋は、平成20年(2008年)3月7日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。この登録は、当地域における山村民家の特色を良好に伝える建築物として、その価値が認められたことによるものです。
建物の最大の特徴は、入母屋造の茅葺き屋根です。入母屋造は、上部が切妻造(前後2方向に傾斜)、下部が寄棟造(四方向に傾斜)という構造を持ち、日本の伝統建築において最も格式の高い屋根形式とされてきました。この優美な屋根の形状は、何世代にもわたって受け継がれてきた地域の職人技の結晶といえます。
また、この民家は四万十川流域の山村集落で営まれてきた暮らしの様式を、空間構成や建築手法を通じて今日に伝えています。過疎化や生活様式の変化により急速に失われつつある地方の建築文化を記録する、貴重な「生きた資料」としての意義も持っています。
建築の特徴と間取り
旧門脇家住宅主屋は、木造平屋建て、建築面積約62平方メートルの規模を持ちます。桁行(建物の長辺方向)5間、梁間(建物の短辺方向)3間半という大きさで、南面して建てられています。南向きの配置は、日照を最大限に取り込み、山間部の厳しい気候の中でも快適に暮らすための先人の知恵です。
内部は桁行方向に大きく3分割されており、この構成は当地域の山村民家に共通する特徴です。右手(東側)には床の間付きの10畳間が配置されています。床の間は格式を示す装飾空間であり、この部屋は来客をもてなす正式な座敷として使われていました。
中央部には、前後に2畳と3畳の小部屋が並んでいます。これらの部屋は、家族の日常的な居住空間や寝室として利用されていたと考えられます。
左手(西側)は入口の土間と囲炉裏間で構成されています。土間は三和土(たたき)や土を固めた床で、農具の手入れや収納、炊事の場として多目的に使われました。囲炉裏間は家族が集まる中心的な空間であり、暖を取りながら食事をし、語り合う団らんの場でした。囲炉裏の煙は茅葺き屋根の防虫・防腐効果も果たし、建物の長寿命化に貢献していました。
見どころ・魅力
何といっても目を引くのは、美しい茅葺き屋根です。ススキなどの茅を丁寧に束ねて葺かれた屋根は、断熱性に優れ、日本で数千年にわたって使われてきた伝統的な屋根材です。黄金色に輝く茅と周囲の緑のコントラストが、どこか懐かしい日本の原風景を思い起こさせます。
建物内部では、露出した木組みの構造を間近で観察することができます。主要な構造部分には釘を使わない伝統的な継手・仕口技術が用いられており、明治時代の職人たちの卓越した技能を実感できます。
特筆すべきは、この旧門脇家住宅が「四万十街道ひなまつり」発祥の地であることです。毎年2月から4月上旬にかけて開催されるこのイベントでは、建物内に華やかなひな人形が飾られます。江戸時代のものを含む様々な時代のおひなさま、地元の子どもたちが作った手作りのひな飾り、そして地元酒蔵「無手無冠」の一升瓶を土台にしたユニークなひな人形など、見応えのある展示が楽しめます。
隣接する四万十町郷土資料館では、藩政時代の「上山郷」と呼ばれた頃からの有形民俗資料が展示されています。古文書、農具、山林具、川漁の道具など、四万十川流域の人々の暮らしぶりがわかる貴重な品々が並びます。縄文時代の大型磨製石斧や土器片など、この地域に数千年にわたって人が暮らしてきた証拠も見ることができます。
周辺情報
旧門脇家住宅は轟公園の敷地内にあり、複数の見どころと合わせて訪れることができます。公園内には、大正地域のシンボルである高さ5メートル、総重量18.5トンの「石の風車」があります。わずかな風でも回転するこの巨大な彫刻は、訪れる人々を驚かせます。園内にはフィールドアスレチックや複合遊具もあり、お子様連れのご家族にもおすすめです。
道路を挟んだ向かい側には「道の駅四万十大正」があります。1993年に道の駅として認定された日本最古の道の駅のひとつで、地元の新鮮な野菜や特産品を購入できます。食堂「であいの里」では、四万十川の鰻を使った「うなぎの石焼まぜご飯」や、地元の山菜をふんだんに使った「山菜うどん」など、この土地ならではの味覚を堪能できます。
四万十川は全長196キロメートル、西日本最大級の河川です。「最後の清流」として知られ、川下り、カヌー、釣りなど様々なアクティビティが楽しめます。川に架かる沈下橋(増水時に水没するよう設計された橋)は、四万十川を象徴する風景として人気の撮影スポットです。
建築好きの方には、近くにある「下津井めがね橋」もおすすめです。昭和19年(1944年)に木材搬出用のトロッコ軌道橋として建設された石造アーチ橋で、高知県の近代化遺産に登録されています。湖面に映る姿が眼鏡のように見えることから、この愛称で親しまれています。
訪問のベストシーズン
春(2月下旬〜4月上旬)は「四万十街道ひなまつり」の開催期間です。古民家の中に華やかなひな人形が飾られる光景は、建築遺産と生きた伝統文化が融合した、この時期ならではの見どころです。
4月中旬には、轟公園一帯で約2,000本のツツジが咲き誇ります。鮮やかな赤やピンクの花々と茅葺き屋根のコントラストは、格別の美しさです。
夏は涼しい山の風を感じながら、自然の通気を最大限に活かした伝統建築の知恵を体感できます。四万十川での川遊びや屋形船での川下りも、夏ならではの楽しみです。
秋は周囲の山々が紅葉に彩られ、収穫の季節を迎えた地元の市場には新鮮な野菜やキノコが並びます。冬は観光客も少なく、静寂の中でゆっくりと建物を見学できます。囲炉裏を囲んで暮らしていた往時の人々の生活に思いを馳せるには、最適な季節かもしれません。
Q&A
- 入場料はかかりますか?
- 旧門脇家住宅主屋および隣接する四万十町郷土資料館は、どちらも入場無料です。予算を気にせず、本物の文化遺産に触れることができます。
- 公共交通機関でのアクセス方法を教えてください。
- JR予土線の土佐大正駅から徒歩約20分、またはタクシーで約3分です。四万十川沿いを走る予土線の車窓風景も、旅の素敵な思い出になることでしょう。
- 建物の中に入ることはできますか?
- はい、建物内部を見学することができます。ひなまつり期間中は、美しいひな人形の展示をお楽しみいただけます。畳の部屋に上がる際は、靴を脱いでご入場ください。
- 開館時間と休館日を教えてください。
- 開館時間は午前10時から午後3時までです。毎週月曜日が休館日となっています(月曜日が祝日の場合は翌火曜日が休館)。お出かけ前に四万十町郷土資料館(電話:0880-27-0100)へ最新情報をご確認ください。
- 駐車場はありますか?
- 四万十町郷土資料館および道の駅四万十大正に無料駐車場があります。道の駅には普通車約30台、大型車2台の駐車スペースがあります。
基本情報
| 名称 | 旧門脇家住宅主屋(きゅうかどわきけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成20年(2008年)3月7日 |
| 建築年 | 明治8年(1875年) |
| 移築 | 平成2年(1990年)下津井集落より移築 |
| 構造 | 木造平屋建、茅葺入母屋造 |
| 建築面積 | 約62平方メートル |
| 規模 | 桁行5間、梁間3間半 |
| 所在地 | 〒786-0301 高知県高岡郡四万十町大正32-1 |
| 問い合わせ | 四万十町郷土資料館 電話:0880-27-0100 |
| 入場料 | 無料 |
| 休館日 | 毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日) |
| 車でのアクセス | 高知自動車道 四万十町中央ICから国道56号・381号経由で約25分 |
| 電車でのアクセス | JR予土線 土佐大正駅から徒歩約20分または車で約3分 |
| 所有者 | 四万十町 |
参考文献
- 旧門脇家住宅主屋 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/153555
- 四万十町郷土資料館・旧門脇家 - 四万十町観光協会
- https://shimanto-town.net/sightseeing_exp/四万十町郷土資料館・旧門脇家/
- 四万十町郷土資料館(旧門脇家住宅) - 奥四万十時間
- https://okushimanto.jp/tourism/0206
- 観光施設 - 四万十町役場
- https://www.town.shimanto.lg.jp/sisetuinfo/kankoshisetu.php
- 四万十街道ひなまつり - ツーリズム四国
- https://shikoku-tourism.com/event/13603
- 四万十街道ひなまつり - GAZOO.com
- https://gazoo.com/drive/mura/23/02/22/
- 古きを温めて新しきを知る旅へ。四万十街道ひなまつり(大正編) - リバーノート
- https://shimantoriver.jp/scenery-history/taisyohinamatsuri/
- 道の駅 四万十大正 - 全国「道の駅」連絡会
- https://www.michi-no-eki.jp/stations/views/19676
最終更新日: 2026.01.02
近隣の国宝・重要文化財
- 旧竹内家住宅(高知県幡多郡大正町)
- 高知県高岡郡四万十町大正1311番地ノ2号
- 大正橋
- 高知県高岡郡四万十町大正字尾崎
- 旧大正林道ユス谷川橋
- 高知県高岡郡四万十町字江師
- ユス谷川橋
- 高知県高岡郡四万十町字江師
- 里川橋
- 高知県高岡郡四万十町浦越
- 旧大正林道木屋ヶ内トンネル
- 高知県高岡郡四万十町木屋ヶ内
- 木屋ヶ内橋
- 高知県高岡郡四万十町木屋ヶ内
- 旧大正林道柿ノ木サコ橋
- 高知県高岡郡四万十町木屋ヶ内
- 北の川口橋
- 高知県高岡郡四万十町昭和
- 四万十川流域の文化的景観 中流域の農山村と流通・往来
- 高岡郡四万十町