五間三戸の二階二重門 ― 1952年に国宝

東福寺三門は、京都府京都市東山区本町十五丁目の東福寺にある門で、1952年(昭和27年)3月29日に国宝に指定された。それに先立つ1897年(明治30年)12月28日には重要文化財となっている。員数は1棟、所有は東福寺である。

構造及び形式等は五間三戸二階二重門、入母屋造、本瓦葺、両山廊付、各切妻造、本瓦葺。文化庁は時代を室町中期、年代を1405とする。

五間の柱間のうち三つが通れる。門の左右両側には山廊を付けており、山廊はそれぞれ切妻造の本瓦葺である。

禅宗寺院でありながら禅宗様ではない

文化庁の評価の中心は、様式の食い違いにある。

この門の特徴は禅宗寺院でありながら純粋な禅宗様でなく、構造からいえばむしろ大仏様であることである。

寺の宗派と、門の構造の系統が一致していない。禅宗の寺に建つ門が、禅宗様ではなく大仏様で組まれている。

文化庁はその理由を推定する。これは再建に際してもその様式が伝えられたと思われるのであって、火災の後に建て直したときにも、もとの様式が引き継がれたとみる。

結果として木割は太く、雄大な感があり、日本建築の中でも異色あるものとなっている。木割は部材の太さの割合をいう。大仏様は太い部材を用いるため、細く見せる禅宗様とは印象が異なる。

「異色」が評価の言葉である。旧来の記述に「禅宗寺院に現存する日本最古・最大の三門」とするものが見られるが、文化庁の記録に年代や規模の比較はない。

解体修理の墨書が年代を定めた

年代の根拠も記録に示されている。

昭和44年から52年(1969年から1977年)の解体修理で発見された墨書などによって、屋根瓦葺や二重の造作が応永十二年から二十年(1405年から1413年)頃まで行われていたことが判明した。

修理の過程で現れた墨書が、工事の時期を示した。光明寺二王門も1950年の修理中に見つかった銘文で建立年が判明しており、修理が年代を定めた例が続いている。

判明したのは「屋根瓦葺や二重の造作」が行われていた時期である。建物全体の完成年ではなく、特定の工事の時期が示された。

年代欄の1405は、この応永十二年にあたる。

三度の火災と二度の修理

この門に至るまでの経緯も記される。

東福寺は藤原道家が嘉禎二年(1236年)に創立したが、元応元年(1319年)、建武元年(1334年)、同三年(1336年)の火災にあった。三門はその後再建されたものである。

17年の間に三度焼けている。現在の門は、その後の再建にあたる。

再建後も無事ではなかった。天正十三年(1585年)の地震で傾いたので秀吉が修復し、寛政四年(1792年)にも修理があった。

火災、地震、そして二度の修理。そこに昭和44年から52年(1969年から1977年)の解体修理が加わる。文化庁の記録は、この門が受けてきた手当てを順に並べている。

二階内部と拝観

内部についても記載がある。二階内部は一面に彩画を施し、十六羅漢像を安置している。

二階の内側が絵で覆われている。法界寺阿弥陀堂が柱や天井にも絵をもつのと同じく、面という面が彩色されている。

十六羅漢像は、仏の教えを受け継いだとされる十六人の姿である。門の二階が、像を安置する場になっている。

東福寺は京都市東山区本町十五丁目にある。三門は屋外にあり、外観は見られる。二階への昇楼は特別公開の期間に限られることがあるため、訪問前に東福寺の案内で確認したい。

外観の見どころは木割の太さである。文化庁が「雄大な感」と評した部分で、柱や梁の太さを他の門と見比べると分かりやすい。

Q&A

Q東福寺三門はいつ国宝に指定されましたか。
A1952年(昭和27年)3月29日です。それに先立つ1897年(明治30年)12月28日に重要文化財となっています。員数は1棟、所有は東福寺で、文化庁は時代を室町中期、年代を1405とします。
Qなぜ国宝に指定されたのですか。
A文化庁は「この門の特徴は禅宗寺院でありながら純粋な禅宗様でなく、構造からいえばむしろ大仏様であることである」とし、木割は太く雄大な感があり日本建築の中でも異色あるものとなっていると記します。寺の宗派と門の構造の系統が一致していません。
Q日本最古・最大の三門ですか。
A文化庁の記録に年代や規模の比較はありません。評価の言葉は「日本建築の中でも異色あるもの」であり、最古や最大とは記されていません。
Q年代はどのように分かったのですか。
A文化庁は「昭和44年から52年(1969年から1977年)の解体修理で発見された墨書などによって、屋根瓦葺や二重の造作が応永十二年から二十年頃まで行われていたことが判明した」と記します。建物全体の完成年ではなく、特定の工事の時期が示されています。
Q二階には何がありますか。
A文化庁は「二階内部は一面に彩画を施し、十六羅漢像を安置している」と記します。二階の内側が絵で覆われ、像を安置する場になっています。昇楼は特別公開の期間に限られることがあるため、事前に確認してください。

基本情報

名称東福寺三門(とうふくじさんもん)
所在地京都府京都市東山区本町十五丁目 東福寺
指定区分国宝(建造物)
指定年1897年(明治30年)12月28日 重要文化財/1952年(昭和27年)3月29日 国宝
員数1棟
寸法5間3戸2階2重門、入母屋造、本瓦葺、両山廊付で山廊は各切妻造の本瓦葺。2階内部は一面に彩画を施し、16羅漢像を安置する。禅宗様ではなく構造は大仏様で、木割は太い。室町時代中期
所有者東福寺
公開状況屋外にあり外観は見られる。2階への昇楼は特別公開の期間に限られることがある

参考文献

文化遺産オンライン 東福寺三門
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/174992
東福寺 三門
https://tofukuji.jp/guide/sanmon_gate/
東福寺 境内のご案内
https://tofukuji.jp/guide/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.05