来迎寺本堂:三井家が支えた江戸時代の名建築

三重県松阪市の城下町に佇む来迎寺本堂は、江戸時代中期を代表する仏教建築として国の重要文化財に指定されています。日本を代表する豪商・三井家の菩提寺として栄え、その潤沢な資金によって再建されたこの本堂は、複雑な外観と豪壮な内部空間を持つ「複合仏堂」の傑作です。松阪牛で有名なこの町には、知る人ぞ知る建築遺産が静かに息づいています。

来迎寺の歴史:北畠氏創建から三井家菩提寺へ

来迎寺は天台真盛宗に属する寺院で、永正年間(1504~1521年)に伊勢国司・北畠材親によって松ヶ島城下に創建されたと伝えられています。当時の松ヶ島は北畠氏の本拠地であり、来迎寺はその城下町の重要な寺院として機能していました。

天正16年(1588年)、戦国武将・蒲生氏郷が松阪城を築城すると、城下町の再編に伴い来迎寺も現在の白粉町に移転しました。この移転は、来迎寺が単なる一寺院ではなく、地域の宗教的・文化的中心として重要視されていたことを物語っています。

江戸時代に入ると、来迎寺は松阪が生んだ大豪商・三井家の菩提寺として大きく発展します。三井高利(1622~1694年)は松阪本町に生まれ、後に江戸で「越後屋」(現・三越)を開業し、「現金掛け値なし」という革新的な商法で一代にして日本最大の呉服商へと成長させました。その三井家が代々帰依した寺院こそ、来迎寺だったのです。

松阪大火からの復興:8,700両の再建事業

享保元年(1716年)、松阪の町を襲った大火災は来迎寺にも甚大な被害をもたらしました。表門(現在の裏門)を除くほぼ全ての堂宇が灰燼に帰したのです。しかし、この災禍が結果的に、現在見ることのできる壮麗な本堂を生み出すことになりました。

享保11年(1726年)から始まった本堂の再興事業は、三井家をはじめとする豪商たちの多大な支援を受けて進められました。享保16年(1731年)に完成した本堂の建設費用は、なんと8,700両にも達したと記録されています。当時の貨幣価値で換算すれば、現代の数億円に相当する莫大な金額です。この潤沢な資金があったからこそ、江戸時代中期を代表する質の高い仏教建築が実現したのです。

国指定重要文化財に選ばれた理由

来迎寺本堂は昭和63年(1988年)5月11日に国の重要文化財に指定されました。その建築的・歴史的価値は多岐にわたります。

最大の特徴は「複合仏堂」と呼ばれる建築形式です。本堂は前後に並ぶ外陣(げじん)と内陣(ないじん)を「合の間」で繋いだ構造を持ちます。前方の外陣は桁行7間、梁間4間の規模で、寄棟造・本瓦葺。前面には向拝3間が付きます。後方の内陣は、身舎の周囲に裳層(もこし)を巡らせた宝形造・本瓦葺の建物です。

内陣の身舎は方3間で、ここに阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊来迎像が安置されています。「来迎」とは、臨終の際に阿弥陀如来が西方極楽浄土から迎えに来るという浄土信仰の核心的な教えです。寺名の「来迎寺」もこの信仰に由来しています。

三尊像の背後の壁面には、二十五菩薩来迎図が描かれています。これは阿弥陀如来が二十五の菩薩を従えて来迎する様子を描いた荘厳な絵画で、浄土信仰の世界観を視覚的に表現しています。

複雑な外観、豪壮な内部空間構成、そして優れた意匠—これらすべてが調和した来迎寺本堂は、江戸時代中期における仏教建築の到達点を示す貴重な文化財なのです。

見どころと拝観のポイント

来迎寺本堂を訪れる際には、まずその独特のシルエットに注目してください。寄棟造の外陣と宝形造の内陣という異なる屋根形式の組み合わせは、他に類を見ない複雑な外観を生み出しています。特に側面から見ると、二つの建物が一体となった様子がよく分かります。

境内西側に建つ鐘楼門(しょうろうもん)も必見です。文政4年(1821年)に完成したこの門は、1階が通路、2階に鐘楼を備えるという珍しい構造です。門の左右には番小屋が付属し、門扉は欅の一枚板で作られているといわれています。江戸時代の職人技の粋を集めた見事な建築です。

裏門(うらもん)は松阪市指定有形文化財です。実はこの門こそ、享保元年の大火を唯一生き延びた建物であり、境内で最も古い建造物です。焼け残ったこの門が、来迎寺の長い歴史を今に伝える生き証人となっています。

また、境内には角屋七郎兵衛の供養碑もあります。角屋七郎兵衛は江戸初期に朱印船貿易で活躍した商人で、ベトナムに渡航後、鎖国政策により二度と帰国できなくなりました。ホイアンの日本人街で長を務めたという波乱の生涯を偲ぶことができます。

来迎寺と文化人たち

来迎寺は多くの文化人とも縁の深い寺院です。

江戸時代を代表する国学者・本居宣長(1730~1801年)は、来迎寺の僧・戒言(かいごん)を門人としていました。戒言は宣長の奈良への旅に同行し、『源氏物語』の講釈にも参加。さらに来迎寺では花見、月見、紅葉狩りなどの折に歌会が開かれ、松阪の知識人たちの文化サロンとしての役割も果たしていました。

境内には松本駝堂(1673~1751年)の墓もあります。駝堂は本草学者として薬用植物の研究に生涯を捧げ、天然の和人参を発見して江戸幕府から褒賞を受けた人物です。角屋家の分家の出身であり、来迎寺が松阪の学術・文化の中心地であったことを示しています。

季節の行事:炎の祭典

毎年9月28日には「炎の祭典」が開催されます。参拝者は蝋燭に「家内安全」「商売繁盛」などの願いごとを書き、夕暮れ時に点火して祈りを捧げます。無数の蝋燭の灯りが境内を照らし出す光景は幻想的で、江戸時代から続く浄土信仰の伝統を現代に伝える貴重な行事です。

周辺の観光スポット

来迎寺は松阪の歴史地区の中心に位置しており、周辺には見どころが豊富にあります。

松坂城跡(松阪公園)は来迎寺から徒歩約15分。天正16年(1588年)に蒲生氏郷が築いた平山城で、「日本100名城」に選定されています。野面積みの豪壮な石垣が当時の威容を伝え、城跡からは松阪市街を一望できます。敷地内には本居宣長記念館と宣長旧宅「鈴屋」もあります。

御城番屋敷は幕末に紀州藩士が松坂城の警護のために住んだ武家屋敷群で、全国でも珍しい現存する組屋敷です。現在も住民の方が暮らしており、その一部が一般公開されています。

三井家発祥地には、三井高利が産湯を使ったとされる井戸や、祖父・父の墓碑、記念碑などが保存されています。三井グループの原点を訪ねることができます。

そして松阪といえば、やはり松阪牛。日本三大和牛の一つに数えられる最高級ブランド牛を、本場で味わうことができます。来迎寺で歴史と文化に触れた後は、松阪の味覚もぜひお楽しみください。

来迎寺境内の風景。歴史ある伽藍が静かに佇む

拝観のご案内

来迎寺は通年で参拝可能です。本堂内部の拝観については、寺院にお問い合わせください。境内は自由に散策でき、外観や他の建造物を見学することができます。

おすすめの季節は、桜が咲く春や紅葉の美しい秋。9月28日の「炎の祭典」に合わせての訪問もおすすめです。松阪駅から徒歩圏内にあるため、松阪城跡や御城番屋敷などと合わせて、城下町散策のコースに組み込むとよいでしょう。

基本情報

正式名称 教主山無量寿院来迎寺(きょうしゅざん むりょうじゅいん らいごうじ)
宗派 天台真盛宗
本尊 阿弥陀如来
創建 永正年間(1504~1521年)
本堂竣工 享保16年(1731年)
建築様式 複合仏堂:外陣(寄棟造・本瓦葺)、内陣(宝形造・本瓦葺)
文化財指定 国指定重要文化財(昭和63年5月11日指定)
所在地 〒515-0076 三重県松阪市白粉町512
電話番号 0598-21-2131
アクセス JR・近鉄「松阪駅」より徒歩約10分
拝観料 境内自由
駐車場 周辺に市営駐車場あり(松阪市駐車場:無料)

Q&A

Q「複合仏堂」とはどのような建築ですか?
A複合仏堂とは、異なる屋根形式を持つ複数の建物を一体化させた仏堂のことです。来迎寺本堂の場合、前方の外陣が寄棟造(四方に傾斜する屋根)、後方の内陣が宝形造(ピラミッド型の屋根)という二つの異なる様式を組み合わせています。この複雑な構成により、外観に独特の重厚感と変化が生まれています。
Q三井家と来迎寺はどのような関係がありますか?
A来迎寺は江戸時代、日本最大の豪商となった三井家の菩提寺でした。享保元年(1716年)の松阪大火で本堂が焼失した際、三井家は8,700両という莫大な資金を提供して再建を支援しました。これが現在の壮麗な本堂が誕生した背景です。なお、三井家はその後、京都の真如堂を主たる菩提寺とするようになりました。
Q本堂の内部を見学することはできますか?
A来迎寺は現役の寺院のため、本堂内部の一般公開は限られています。境内と建物外観の見学は自由にできます。内部拝観をご希望の場合は、事前に寺院へお問い合わせください(電話:0598-21-2131)。法要や特別な行事の際に公開されることもあります。
Q「来迎」とはどういう意味ですか?
A「来迎(らいごう)」とは、浄土宗や天台宗などで信じられている教えで、念仏を唱える人が臨終を迎える際に、阿弥陀如来が観音菩薩・勢至菩薩などの菩薩を従えて西方極楽浄土から迎えに来るという信仰です。来迎寺本堂には、この来迎の場面を表した阿弥陀三尊像と二十五菩薩来迎図があり、寺名の由来ともなっています。
Q来迎寺で見られる他の文化財はありますか?
A本堂以外にも、松阪市指定有形文化財の裏門があります。この裏門は享保元年の大火を唯一生き延びた建物で、境内で最も古い建造物です。また、文政4年(1821年)完成の鐘楼門や、明和2年(1765年)完成の客殿も見どころです。境内には角屋七郎兵衛の供養碑や松本駝堂の墓など、歴史的な石碑も点在しています。

参考文献

来迎寺本堂 - 文化情報 - 松阪市公式ホームページ
https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/culture-info/raikoji-hondo.html
来迎寺 (松阪市白粉町) - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/来迎寺_(松阪市白粉町)
来迎寺 - 観光情報 - 松阪市観光協会
https://www.matsusaka-kanko.com/information/information/raigouji/
三井家の発祥地を訪ねて | 三井物産株式会社
https://www.mitsui.com/jp/ja/roots/1209853_7248.html
三井高利生誕400年記念事業 | 松阪市観光インフォメーションサイト
https://matsusaka-info.jp/mitsuitakatoshi400/
三井家発祥地 - 文化情報 - 松阪市公式ホームページ
https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/culture-info/mitsuikehassyoti.html
来迎寺(三重県松阪駅)| ホトカミ
https://hotokami.jp/area/mie/Hmytk/Hmytktm/Dgmpm/77030/

最終更新日: 2026.01.02

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