1棟の本堂 ― 1988年に重要文化財

来迎寺本堂は、三重県松阪市白粉町にある江戸時代の建造物で、1988年(昭和63年)5月11日に重要文化財に指定された。国宝ではなく、重要文化財としての指定である。所有は来迎寺である。

員数は1棟である。松阪市は、来迎寺は天台真盛宗の寺院で、永正年間(1504年から1521年)の創建と伝え、松ヶ島にありましたが、天正16年(1588年)蒲生氏郷の松坂城築城に伴って松坂に寺地を拝領し、現在に至っています、と記す。

寺そのものが移ってきている。旧学習院初等科正堂では建物が二度移された。本件は寺地が移り、建物は移った先で建て直されている。

同じ名の本堂が、三つある

来迎寺本堂という名称の重要文化財が複数ある。

本件は三重県松阪市白粉町にある。江戸時代のもので、1988年の指定である。

ほかに、大阪府泉南郡熊取町の来迎寺本堂がある。鎌倉時代後期のもので、1949年の指定である。

さらに、大阪府松原市の来迎寺本堂がある。江戸時代のもので、元和2年/1732と記録される。

三つとも名称に所在地が付いていない。福田家住宅(鳥取県鳥取市紙子谷)や旧名手本陣妹背家住宅(和歌山県那賀郡那賀町)は、括弧で所在地を添えて区別している。

来迎寺本堂にはそれがない。熊取町の記事では、松原市の来迎寺を書いた記事が入っていた。名称だけでは見分けがつかないことが、その原因と読める。

一つの本堂のなかで、外陣と内陣の屋根が違う

前と後ろで、建物の形が分かれている。

松阪市は、本堂は複合仏堂で、前後に並ぶ外陣と内陣を合の間で繋いでいます、と記す。

前方の外陣は桁行7間、梁間4間、寄棟造、本瓦葺、前面に向拝3間をつけます、とする。

後方の内陣は、身舎の周囲に裳層を巡らした宝形造、本瓦葺の建物、と続く。身舎は方3間である。

外陣は寄棟造、内陣は宝形造である。同じ本堂のなかで屋根の形が違い、平面も7間×4間と方3間で異なる。

桑実寺本堂は桁行五間・梁間六間、来迎寺本堂(熊取町)は桁行三間・梁間三間と、いずれも一つの形だった。本件は二つの形が繋がっている。

焼け残った表門が、いまは裏門になっている

門の役割が入れ替わっている。

松阪市は、享保元年(1716年)の松阪大火の際、表門(現裏門)を除いてことごとく焼失しました、と記す。

表門(現裏門)とある。火災を免れた門は、当時は表門だったが、現在は裏門になっている。

樗谿神社では、社名が東照宮から樗谿神社を経て鳥取東照宮へ変わった。旧学習院初等科正堂では、建物の所有者が学習院から村へ、そして千葉県へ移った。

本件は建物の向きに関わる役割が変わっている。再建の際に境内の配置が改まったと読める。

再建は、享保11年(1726年)から再興にかかり、同16年(1731年)に完成した、とされる。焼失から10年後に着工し、5年かけている。

参拝

所在は三重県松阪市白粉町で、所有は来迎寺である。

旧名手本陣妹背家住宅は、正徳4年(1714年)の火災で類焼したあとに建て直された。本件の松阪大火は享保元年(1716年)で、2年しか離れていない。

旧集成館機械工場は戦争で焼けたあとの建設だった。火災と戦災、いずれも失われたあとに建てられている。

内部については、身舎は方3間、阿弥陀、観音、勢至の三尊来迎像を配し、その背後の壁には二十五菩薩来迎図を描いています、とされる。

評価は、本堂は複雑な外観をもつとともに内部の空間構成は豪壮で、意匠的にも優れ、江戸時代中期を代表する建造物といえます、とされる。寺の本堂であり、拝観については寺の定めによる。訪問前に確認したい。

Q&A

Q来迎寺本堂はいつ指定されましたか。
A1988年(昭和63年)5月11日に重要文化財へ指定されました。国宝ではなく重要文化財で、員数は1棟、所有は来迎寺です。
Q同じ名の本堂が他にもありますか。
Aあります。大阪府泉南郡熊取町と大阪府松原市にも来迎寺本堂があり、いずれも重要文化財です。名称に所在地が付いていないため見分けがつきにくくなっています。
Qどのような構造ですか。
A複合仏堂で、外陣と内陣を合の間で繋ぎます。外陣は桁行7間、梁間4間の寄棟造、内陣は身舎が方3間の宝形造で、屋根の形が違います。
Qいつ建てられたのですか。
A享保11年(1726年)から再興にかかり、享保16年(1731年)に完成しました。享保元年(1716年)の松阪大火で焼失したあとの再建です。
Q火災を免れたものはありますか。
A門が一つ残りました。松阪市は「表門(現裏門)を除いてことごとく焼失しました」と記します。当時の表門が、現在は裏門になっています。

基本情報

名称来迎寺本堂(らいごうじほんどう)/大阪府熊取町・松原市の同名の本堂とは別の物件
所在地三重県松阪市白粉町
指定区分重要文化財(建造物)/国宝ではない
指定年1988年(昭和63年)5月11日 重要文化財
員数1棟
寸法複合仏堂で、外陣と内陣を合の間で繋ぐ。前方の外陣は桁行7間、梁間4間、寄棟造、本瓦葺、前面に向拝3間。後方の内陣は身舎の周囲に裳層を巡らした宝形造、本瓦葺で、身舎は方3間。1726年着工、1731年完成
所有者来迎寺
公開状況寺の本堂で、拝観は寺の定めによる

参考文献

松阪市 文化情報 来迎寺本堂
https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/culture-info/raikoji-hondo.html
松阪市 松阪市の文化財
https://www.city.matsusaka.mie.jp/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/
文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/

最終更新日: 2026.09.07