旧松坂御城番長屋:松坂城を護った武士たちの長屋
文久三年(一八六三年)、松坂城の南東にあたる三の丸の一角に、二棟の長い平屋が建てられた。住んだのは、城の警護にあたる二十家の武士とその家族である。彼らが就いた役職を「御城番」といい、それがこの建物の名の由来になった。百六十年あまりを経た今も、二棟は幅五メートルほどの石畳の小路を挟んで向かい合って建ち、通りに面した表側は刈り込まれた槙垣で縁取られている。多くの戸には、当初の武士の子孫が今も暮らす。
正式な名称は旧松坂御城番長屋。平成十六年(二〇〇四年)十二月に国の重要文化財に指定された。指定の対象は、東棟・西棟の二棟と、それに付随する宅地である。
松坂が城下町として歩み始めたのは、天正十六年(一五八八年)に蒲生氏郷が松坂城を築いたときにさかのぼる。蒲生氏の転封後、元和五年(一六一九年)からは紀州藩の支配下に入った。紀州藩は伊勢領を治めるため松坂に城代を置き、城の警護は長く和歌山から毎年派遣される加番が担っていた。文久三年、藩はこれを常設の役職に改め、二十家の御城番武士の居宅としてこの長屋を建てた。
なぜ貴重なのか
下級武士の長屋は、各地にいくつか残る。天保十三年(一八四二年)の旧新発田藩足軽長屋(新潟県)、安政三年(一八五六年)の旧厚狭毛利家萩屋敷長屋(山口県)、元治年間(一八六四年頃)の旧山内家下屋敷長屋(高知県)などである。だが、これらはいずれも一棟で現存する。小路を挟んで二棟が相対するという構成は、御城番長屋のほかに例を見ない。
東棟は桁行九〇・九メートル、梁間九・四メートル。西棟は桁行八三・六メートルで、ともに平屋建、桟瓦葺である。一戸あたりの間口は五間(約九・一メートル)を基準とし、東棟に十戸、西棟に九戸が残る。近世武士の長屋としては、全体の規模も各戸の規模も最大級にあたる。建築年代と居住者の由緒がいずれも明確なため、幕末の中堅武士の暮らしぶりを具体的にたどれる建物でもある。
指定にあたって評価されたのは、建物そのものだけではない。各宅地は周囲を低い石垣で囲み、小路に面した前側に槙垣と前庭を、裏手に菜園を設けている。この宅地と建物を一体のものとして残すべきと判断されたため、棟だけでなく一画全体が指定の範囲に含まれている。
見どころ
多くの人が目当てにするのは、小路を見通したときの眺めである。黒い瓦屋根と白い壁が二筋に連なり、腰の高さに刈り込まれた槙垣のあいだを石畳が貫く。光が強くなる前の朝のうちに南端に立つと、二棟の対称がいちばんよく見てとれる。
内部を見学できるのは一戸だけ、西棟の北端の家で、入館は無料である。靴を脱いで上がると、家の奥行きいっぱいに延びる通り土間から、整った田の字に並ぶ四室(六畳二室と八畳二室)へと続く。表側の八畳には床と棚が設けられ、正面の入口には低い木の式台がある。奥の部屋で上を見上げると、天井を張らずにそのまま見せた和小屋の小屋組が確かめられる。残る十八戸は実際の住まいであるため、博物館とは違い、声を抑えるといった配慮がここでは欠かせない。
一画の入口には、漆喰塗りの土蔵が建つ。これは松坂城内で米蔵として使われていた建物を、明治になってこの場所へ移したものである。天守も門も櫓も失われた松坂城跡で、創建当時の建物として唯一現存するのがこの土蔵である。
周辺のみどころとアクセス
長屋は松坂城跡のすぐ下に位置する。かつての城の中枢部を歩いてすぐの距離である。城の石垣は良好な状態で残り、公園として整えられた敷地からは、武士たちが守った城の縄張りのようすがよくわかる。東側、かつての外堀を隔てた一帯には、同心町と呼ばれた武家屋敷地が広がっていた。
松坂は豪商の町でもあった。近くに残る旧長谷川治郎兵衛家と旧小津清左衛門家の二つの商家は、江戸期の松坂のもう一つの顔を見せてくれる。江戸時代を代表する学者で松坂出身の本居宣長をまつる本居宣長ノ宮も近い。食事どきに訪れるなら、松阪が全国に名高い松阪牛の地であることも覚えておきたい。
JR・近鉄の松阪駅から徒歩約十五分、伊勢自動車道の松阪インターチェンジからは車でおよそ十分である。徒歩数分のところに市営駐車場がある。
Q&A
- 建物の中に入れますか。
- 西棟北端の一戸が無料で公開されています。開館は十時から十六時で、月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始は休館です。ほかの戸は人が住む民家のため、立ち入ることはできません。
- 今も人が住んでいるのですか。
- はい。現存する十九戸のほとんどに、当初の御城番武士の子孫をはじめとする住人が暮らしています。建物は、武士たちが明治以降に結成した相互扶助の結社を起源とする苗秀社が所有・管理しています。
- 見学にどのくらい時間がかかりますか。
- 小路と公開されている一戸を見るだけなら三十分から四十五分ほどです。松坂城跡や商家とあわせれば、半日ほどの行程になります。
- 写真撮影はできますか。
- 公開されている一戸の内部を含めて撮影できます。ただし小路の両側は人の住む家ですので、住人の生活やプライバシーへの配慮をお願いします。
- いつ訪れるのがよいですか。
- 小路は朝の光がよく合います。晴れた日であればいつでもよく、月曜の休館をのぞけば季節的な見学制限はありません。
基本情報
| 名称 | 旧松坂御城番長屋(まつさかごじょうばんながや) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県松阪市殿町1384番地 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/平成16年(2004年)12月10日指定 |
| 員数 | 二棟(東棟・西棟)および宅地 |
| 建築年代 | 文久3年(1863年)/江戸末期 |
| 構造・形式 | 東棟 桁行90.9m・梁間9.4m、西棟 桁行83.6m、ともに平屋建・切妻造・桟瓦葺、背面に角屋を附属 |
| 所有者 | 合同会社苗秀社(旧御城番武士の相互扶助結社を起源とする) |
| 公開 | 西棟北端の一戸を無料公開/10:00〜16:00、月曜・年末年始休 |
| アクセス | JR・近鉄松阪駅から徒歩約15分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00003891
- 御城番屋敷(松阪市公式ホームページ)
- https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/kanko/gojyobanyashiki.html
- 御城番屋敷(松阪市観光協会)
- https://www.matsusaka-kanko.com/information/information/gojyouban/
- 御城番屋敷(松阪市観光インフォメーションサイト)
- https://matsusaka-info.jp/spots/detail/post-9.html
最終更新日: 2026.06.03