南宋の建盞 ― 昭和26年に国宝

油滴天目茶碗は、大阪市北区中之島の大阪市立東洋陶磁美術館が所蔵する中国・南宋時代の茶碗で、昭和6年(1931年)1月19日に重要文化財、昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定された。員数は1口、種別は工芸品、指定番号は00010。所有は大阪市である。

文化庁の解説はこう記す。黒褐色の素地、漆黒の天目釉、器形、作風に建盞の特徴がよく現れている。内外全面に俗に油滴とよんでいる粒状の斑文が散布し、その部分だけ金属的な光沢を放っている。本碗は、雲州松平家の油滴とともに油滴の双璧とされている。結晶が大柄で、内外全面にぴっちりとある油滴が実に見事である。縁に金覆輪をめぐらし、漆の天目台を三箇伴っている、と。

建盞とは、中国福建省北部の水吉鎮にある建窯で焼かれた黒釉の碗をいう。中国では喫茶の碗として最高のものとされ、日本でも鎌倉時代にはその名が文献に現れる。天目という呼称は浙江省の天目山に由来するといわれるが、この碗は建窯の製である。

油滴とは何か ― 釉の中で起きる再結晶

油滴は、漆黒の釉面に銀色に輝く斑文が水面に散った油のように見えるところから、日本でそう呼ばれてきた。中国では滴珠と呼び、明初の『格古要論』に記載がある。

斑文の正体は釉の中で起きた再結晶である。鉄分を多く含んだ釉を厚くかけて焼くと、釉の内部の鉱物が結晶して表面に現れる。建窯の碗には細く短い線状の模様が出るものもあり、こちらは禾目と呼ばれる。油滴と禾目は同じ釉から生じる別の現象である。

大阪市立東洋陶磁美術館の解説によれば、釉薬が薄い口縁や、見込みの鏡部分と高台際の釉薬の厚いところでは、この現象は見られない。斑文が出るかどうかは釉の厚みに左右されるということで、器全面に均一に出ることは本来まれである。

文化庁が「結晶が大柄で、内外全面にぴっちりとある油滴が実に見事である」と書くのは、この難しさを前提とした評価にあたる。

器の形と寸法

高さ7.0センチメートル、口径12.3センチメートル、高台径4.3センチメートル。器形は建盞形で、高台は低く小さい。

文化庁の品質・形状の記載は続く。内外に厚く黒釉がかかり、これに俗に油滴とよぶ粒状の斑文が散り、光沢を放つ。外側腰付近で露胎になり、鉄分を含んだやや粗い土で、堅く焼き締まり、黒灰褐色を呈しているのが分かる。口縁に金覆輪をめぐらす。

露胎とは釉のかからない部分で、素地がそのまま見える。腰から下に釉をかけないのは、焼成時に釉が流れて窯道具に付着するのを避けるためである。ここで素地の質が確かめられる。

金覆輪は口縁に金属の輪をかぶせる仕立てで、装飾であると同時に口縁の補強にもなる。建盞は口縁の釉が薄く欠けやすいため、覆輪が施されることが多い。

伝来 ― 秀次から酒井家へ

文化庁は伝来を具体的に記録する。関白秀次が所持し、聚楽道具の一つとされていたと伝えられる。のち西本願寺に移り、京都六角の三井家に入り、そのご若狭藩主酒井家の所蔵となり、長く伝世し、複数の手を経て大阪市の所有となった。

聚楽道具とは、豊臣秀次が聚楽第で用いた道具をいう。秀次は文禄4年(1595年)に自刃しており、その後この碗は寺と商家と大名家を経てきた。

室町時代の座敷飾の書『君台観左右帳記』には、天目のうち最高とされるのが曜変で、これに次ぐものとして油滴が挙げられている。曜変の次という位置づけが室町期に定まっていたことが、この記載から分かる。

文化庁は本碗を、雲州松平家の油滴とともに油滴の双璧としている。曜変が三口で「三絶」とされるのに対し、油滴は二口で「双璧」とされる。

鑑賞

大阪市立東洋陶磁美術館は令和6年(2024年)4月にリニューアル開館した。開館時間は午前9時30分から午後5時まで、入館は午後4時30分まで。休館は月曜日(祝日の場合は翌平日)と年末年始である。

観覧料は展覧会により異なるため、訪問前に美術館の案内を確認したい。館外へ貸し出される場合もあるので、この碗が展示されているかも合わせて確かめてほしい。

同館は自然採光の展示ケースを備えている。油滴は光の当たり方によって銀色に輝いたり青味を帯びたりするので、時刻や天候によって見え方が変わる。内面の茶筅ずれ付近では青味を帯びて輝くとされる。

交通は京阪中之島線のなにわ橋駅から徒歩約1分、大阪メトロ御堂筋線の淀屋橋駅から徒歩約5分である。

Q&A

Q油滴天目茶碗はいつ国宝に指定されましたか。
A昭和6年(1931年)1月19日に重要文化財、昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定されました。員数は1口、種別は工芸品、指定番号は00010です。中国・南宋時代の建窯の作で、所有は大阪市です。
Q油滴とはどのような文様ですか。
A漆黒の釉面に銀色に輝く斑文が、水面に散った油のように見えるところからの名です。鉄分を多く含んだ釉を厚くかけて焼くと、釉の内部の鉱物が結晶して表面に現れます。釉が薄い口縁や厚すぎる高台際では現れないため、全面に均一に出ることはまれです。
Q油滴天目茶碗の大きさと形は。
A高さ7.0センチメートル、口径12.3センチメートル、高台径4.3センチメートルです。器形は建盞形で高台は低く小さく、内外に厚く黒釉がかかります。外側の腰付近は露胎で、鉄分を含んだやや粗い土が黒灰褐色を呈します。口縁には金覆輪がめぐらされています。
Q油滴天目茶碗はどのように伝わりましたか。
A文化庁によれば、関白秀次が所持し聚楽道具の一つとされたと伝えられ、のち西本願寺、京都六角の三井家、若狭藩主酒井家を経て、複数の手を経て大阪市の所有となりました。附として漆の天目台3箇が指定されています。
Q油滴天目茶碗はいつ見られますか。
A大阪市立東洋陶磁美術館は午前9時30分から午後5時まで、入館は午後4時30分まで、月曜休館です。観覧料は展覧会により異なり、この碗が常に展示されているとは限りません。訪問前に美術館の案内を確認してください。

基本情報

名称油滴天目茶碗(ゆてきてんもくちゃわん)
所在地大阪府大阪市北区中之島1-1-26 大阪市立東洋陶磁美術館
指定区分国宝(工芸品)/指定番号00010
指定年1931年(昭和6年)1月19日 重要文化財/1951年(昭和26年)6月9日 国宝
員数1口/附 髹漆天目台3箇、袋(白地二重蔓小牡丹金襴、萌葱地花文唐草金襴)
寸法高さ7.0センチメートル、口径12.3センチメートル、高台径4.3センチメートル。建盞形で高台は低く小さい。内外に厚く黒釉、外側腰付近は露胎、口縁に金覆輪。中国・南宋、建窯
所有者大阪市
公開状況大阪市立東洋陶磁美術館は午前9時30分から午後5時、入館は午後4時30分まで、月曜休館。観覧料は展覧会により異なる。常設展示ではない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 油滴天目茶碗
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/296
e国宝 油滴天目
https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&content_base_id=100022
大阪市立東洋陶磁美術館 館蔵の国宝・重要文化財
https://www.moco.or.jp/journal/149/
大阪市立東洋陶磁美術館 公式サイト
https://www.moco.or.jp/

最終更新日: 2026.09.03