飛青磁花生 — 翠玉の釉に蝶が舞う、世界に冠絶する青磁の名品

大阪・中之島の一角に、七百年を超えて茶人や豪商、そして世界中の陶磁器愛好家を魅了し続けてきた一口の花生があります。高さわずか27.3センチ。それが、大阪市立東洋陶磁美術館(MOCO)が所蔵する国宝「飛青磁花生(とびせいじはないけ)」です。中国元時代に龍泉窯で焼かれたこの花生は、現存する飛青磁の最高傑作として広く知られ、同館に所蔵される二点の国宝のうちのひとつとして、国内外から訪れる人々に中国陶磁の至高の美を伝えています。

「飛青磁」とは何か

「飛青磁」とは、青磁釉の下に鉄絵具による黒褐色の斑文を散らした、中国陶磁の一様式を指す日本独自の呼び名です。釉の上に置かれた鉄分が窯の中で釉中ににじみ、まるで蝶が舞い、花弁が水面に散るような景色を生み出します。日本の茶人たちはこの美しさを愛し、古くから茶具のなかでも特別な存在として珍重してきました。

龍泉窯と「唐物」の世界

飛青磁は、中国浙江省の龍泉窯で焼かれました。龍泉窯は中国を代表する青磁の名窯であり、その製品は東南アジアや中近東にまで輸出された一大輸出陶磁器です。日本へも宋・元・明時代を通じて多くの作品が請来され、足利将軍家のコレクション「東山御物」をはじめとする「唐物」として、武家や豪商、寺社のあいだで珍重されました。

玉壺春という器形

本作は「玉壺春(ぎょっこしゅん)」と呼ばれる器形をとります。ふっくらとした胴部から上方にすぼまる頸部、わずかに開いた小さな口へと続く曲線は、しばしば黄金比にもたとえられる均整美をたたえています。胴の量感と頸の引き締まりが対をなす姿は、元時代に流行した瓶の典型でありながら、本作はそのなかでもとりわけ整ったプロポーションを持つ稀有な一例です。

なぜ国宝に指定されたのか

飛青磁花生は、昭和16年(1941)7月3日に重要文化財に指定された後、昭和27年(1952)3月29日に国宝に指定されました。その理由は、大きく三つの観点から説明することができます。

1. 比類なき器形と釉色の完成度

素地は灰白色で堅く焼き締まり、その上に厚く施された青緑色の青磁釉は、よく融けて光沢のある艶やかな肌を見せます。釉色は、南宋時代の粉青色をした砧青磁と異なり、わずかに黄味を帯びた、いわゆる「天龍寺手」と呼ばれるグループに近いものです。器全体に均一にまわる釉の流れと厚みは、龍泉窯の技術的な到達点を示しています。

2. 鉄斑の絶妙な配置

胴に十三、口辺に五、高台に三、合計二十一の鉄斑が散らされています。形は不定で、色も黒褐色から茶褐色まで微妙に変化し、全体としてリズミカルな動きを生み出しています。一見ランダムに見えるその配置は、決して偶然ではなく、器形と釉色との関係を熟知した職人の意匠的判断の結晶です。日本の茶人がこれを「飛青磁」と呼び、舞い飛ぶ蝶になぞらえてきたのも頷けます。

3. 日本における伝来の重み

本作は古く日本に請来され、江戸時代以降は大坂の豪商・鴻池家に伝わりました。寛政3年(1791)の鴻池家「道具改帳(二番蔵)」には「へ弐拾三 飛青磁」と記されており、これが本作にあたると考えられています。その後、近代に至って実業家・安宅英一氏のもとに集められた「安宅コレクション」に加わり、同コレクション最初の国宝指定物件となりました。安宅産業の経営破綻後、住友グループ21社の英断によって大阪市に寄贈され、これを記念して1982年に大阪市立東洋陶磁美術館が開館したという、まさに同館の象徴的存在です。

魅力と見どころ

鉄斑の「景色」を読む

展示ケースの前で少し時間をかけ、ゆっくりと鉄斑の流れを目で追ってみてください。一つとして同じ形、同じ色合いの斑文はありません。輪郭のはっきりとしたものもあれば、釉のなかに溶け込むように滲んだものもあり、それぞれが独自の表情を持っています。古来、茶人たちはこうした見立ての世界を「景色」と呼び、一器のなかに宇宙を見いだしてきました。

横から眺めるシルエット

正面だけでなく、ぜひ横や斜めからも姿をご覧ください。胴部の量感、頸部のしなやかな絞り、わずかに開いた口、そして大きく丁寧に仕上げられた高台。これらが組み合わさって生まれる輪郭は、堂々としていながら同時にどこか軽やかで、見る位置によって印象が大きく変わります。

自然光のもとで味わう釉色

大阪市立東洋陶磁美術館は、世界で初めて自然採光による陶磁器展示を本格的に導入した美術館として知られています。2024年4月のリニューアルでは、自然光に近いLED照明も全館に導入され、青磁の翠色がより鮮やかに、時間とともに微妙に変化する光のなかで楽しめるようになりました。

もう一つの国宝「油滴天目茶碗」

同館が誇るもう一つの国宝、南宋時代の「油滴天目茶碗」もぜひあわせてご覧ください。漆黒の釉面に銀色や青の斑文が散る茶碗で、油滴天目の最高峰として世界的に名高い作品です。中国陶磁の頂点をなす二点を一度に鑑賞できる機会は、世界でもこの美術館以外にありません。

周辺情報 — 中之島を歩く

美術館は中之島という、堂島川と土佐堀川に挟まれた細長い島の一角にあります。鑑賞後は、周辺の歴史的建造物や緑豊かな公園を散策するのもおすすめです。

  • 大阪市中央公会堂:美術館のすぐ西隣に建つ、大正7年(1918)竣工の赤煉瓦のネオ・ルネサンス建築。国の重要文化財にも指定されています。
  • 中之島公園:島全体に広がる緑豊かな公園で、季節ごとに咲くバラ園や水辺の遊歩道が魅力。
  • 大阪府立中之島図書館:明治37年(1904)建築のネオ・バロック様式の建物で、ドーム状の閲覧室は必見。
  • 大阪市立科学館・国立国際美術館:中之島西側に位置し、美術館から徒歩約15分。
  • 北浜・淀屋橋エリア:レトロなカフェや川沿いの店舗、歴史ある金融街の建築が残る趣のある界隈。

ご来館にあたって

飛青磁花生は同館の常設コレクションの中核をなす作品ですが、繊細な保存環境を保つため常時展示されているわけではありません。お越しの際は、事前に公式ウェブサイトで展示中かどうかをご確認のうえ、お出かけいただくことをおすすめいたします。

Q&A

Q飛青磁花生はいつでも見ることができますか?
A常設コレクションの中核作品ではありますが、保存上の配慮から常時展示されているわけではありません。展示替えや特別展により展示状況が変わるため、ご来館前に必ず大阪市立東洋陶磁美術館の公式ウェブサイトで展示中かどうかをご確認ください。
Qこの花生はどこで作られたのですか?
A中国・浙江省の龍泉窯で、元時代(14世紀)に作られたと考えられています。龍泉窯は中国を代表する青磁の名窯で、その製品は日本だけでなく東南アジアや中近東にも輸出されていました。
Q中国で作られた作品が、なぜ日本の国宝に指定されているのですか?
A日本の文化財制度では、国内で作られたものだけでなく、海外で作られた後に日本にもたらされ、長く日本の文化のなかで大切に伝えられてきた作品も保護の対象となります。本作は中世に日本に請来され、鴻池家から安宅コレクションへと、世代を超えて日本人によって守り継がれてきたことから、日本の文化遺産の一部として国宝に指定されています。
Q「玉壺春」とはどういう意味ですか?
A玉壺春(ぎょっこしゅん)は、中国・元時代に流行した瓶の器形のひとつです。胴部がふっくらと膨らみ、頸部が細く絞られ、口がわずかに開く優美な姿が特徴で、もとは酒器として使われましたが、日本では花を生ける花生として愛されました。
Q館内で写真撮影はできますか?
A作品や展覧会によって撮影の可否が異なります。フラッシュなしの個人撮影が許可される場合もありますが、借用作品や一部の国宝は撮影できない場合もあります。各展示室の表示をご確認のうえ、不明な場合はスタッフにおたずねください。

基本情報

指定名称 飛青磁花生(とびせいじはないけ)
指定区分 国宝(工芸品・陶磁)
制作国・時代 中国・元時代(14世紀)/南宋〜元とする説もあり
龍泉窯(中国・浙江省)
寸法 高27.3cm、胴径14.5cm
品質・形状 玉壺春形の瓶。青磁釉に鉄斑文(胴13、口辺5、高台3)を散らす
指定年月日 重要文化財:昭和16年(1941)7月3日/国宝:昭和27年(1952)3月29日
伝来 江戸時代・大坂の鴻池家伝来 → 安宅コレクション → 住友グループ21社より大阪市に寄贈
所蔵 大阪市立東洋陶磁美術館(〒530-0005 大阪市北区中之島1-1-26)
所有者 大阪市
開館時間 9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始、展示替え期間
アクセス 京阪中之島線「なにわ橋」駅1号出口すぐ/Osaka Metro御堂筋線・京阪本線「淀屋橋」駅、Osaka Metro堺筋線・京阪本線「北浜」駅から各約400m

参考文献

飛青磁花生 とびせいじはないけ - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/159265
大阪市立東洋陶磁美術館 公式ウェブサイト
https://www.moco.or.jp/
新着情報 - 国宝 飛青磁花生 | 大阪市立東洋陶磁美術館
https://www.moco.or.jp/whatsnew/newarrival/3484/
友の会通信 149号 | 大阪市立東洋陶磁美術館
https://www.moco.or.jp/journal/149/
国宝-工芸|飛青磁花生[大阪市立東洋陶磁美術館] | WANDER 国宝
https://wanderkokuho.com/201-00339/
大阪市立東洋陶磁美術館 | OSAKA-INFO
https://osaka-info.jp/spot/museum-oriental-ceramics-osaka/

最終更新日: 2026.05.06