油伝味噌東蔵:明治の名工が遺した土蔵建築の傑作

栃木県栃木市の嘉右衛門町。日光例幣使街道沿いに広がるこの歴史的な町並みに、ひときわ風格を漂わせる土蔵群が佇んでいます。油伝味噌東蔵は、明治時代に建造された2階建ての土蔵造で、2004年に国の登録有形文化財に指定されました。240年以上の歴史を持つ老舗味噌蔵の一角を成すこの建築物は、当時の商家の繁栄と職人技の粋を今に伝える貴重な文化遺産です。

油屋から味噌蔵へ:天明元年に始まる物語

油伝味噌の歴史は、1781年(天明元年)に遡ります。創業当初は油屋として商いを始め、二代目が油屋を営むかたわら味噌の醸造を開始したことが、現在に続く味噌蔵としての歩みの原点となりました。江戸時代後期から明治時代にかけて、巴波川の舟運と日光例幣使街道の陸運の恩恵を受けた栃木は北関東有数の商都として発展し、油伝味噌もその繁栄の中で事業を拡大していきました。

東蔵をはじめとする現存する建物群は、この商家の隆盛を物語る貴重な遺構です。明治時代から使い続けている木製の樽で天然熟成させる無添加味噌は、創業以来の伝統製法を守りながら、品質の向上にも絶え間なく取り組んできた証でもあります。

登録有形文化財としての価値

油伝味噌東蔵は、2004年(平成16年)2月17日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その建築的特徴は、この地域における明治期の商家建築の優れた事例として高く評価されています。

建物は文庫蔵の西側に東西棟で建ち、桁行4間・梁間2間の切妻造、桟瓦葺の2階建土蔵です。建築面積は33平方メートル。南面には庇を差し掛けて戸前(入口部分)を設け、北側には2間幅規模の下屋を配しています。

特筆すべきは、下屋の北面を構成する凝灰岩造の壁です。この壁は東方の外塀と連続しており、敷地北面に特徴的な屋敷構えを形成しています。地元で産出する凝灰岩を巧みに用いたこの構造は、防火性と美観を兼ね備えた設計であり、当時の商家の財力と美意識を示すものといえるでしょう。

名工・三富清兵衛の技

油伝味噌の土蔵群は、当地で土蔵造の名手として知られた三富清兵衛の手によるものとされています。同じ敷地内にある文庫蔵(1885年建造)には棟札が残されており、三富清兵衛の作であることが確認されています。

文庫蔵は桁行5間・梁間2間半、切妻造・桟瓦葺の内部3階建という堂々たる構えで、石積基礎や防火戸など、その造りの丁寧さで際立っています。東蔵もまた、この名工の技術と美意識が注ぎ込まれた作品であり、両建物を比較しながら鑑賞することで、明治期の土蔵建築の精髄を味わうことができます。

5棟の登録有形文化財が織りなす景観

油伝味噌の敷地内には、東蔵を含む5棟の建物が国の登録有形文化財に指定されています。旧日光例幣使街道に面した店舗兼主屋は、切妻造桟瓦葺の2階建で、正面に下屋庇を設けた伝統的な商家の佇まいを残しています。北半部には出格子窓、南半部には引違建具を設けた開放的な造りが特徴で、当時の商家の姿を今に伝えます。

文庫蔵と向き合う位置に建つ離れは、三代目伝兵衛の隠居所として建設されました。10畳と6畳の2室から成り、主室には畳床と板床を備えた丁寧な造りが施されています。北と南に縁側を配し、北面東寄りに玄関を設けたこの建物は、商家の主人の引退後の暮らしぶりを偲ばせます。

田楽あぶでん:文化財の中で味わう伝統の味

油伝味噌の魅力は、建築遺産としての価値だけにとどまりません。明治後期に建てられた建物を改装した店内では、自家製味噌を使った田楽をいただくことができます。天然木のテーブルと椅子、囲炉裏やダイヤル式の電話など、どこか懐かしさを感じる空間は、明治時代へのタイムスリップを体験させてくれます。

看板メニューの「田楽盛り合わせ」は、豆腐・里芋・こんにゃくの3種を盛り合わせた一品。それぞれの食材に合わせて異なる味噌を塗り分けており、素材の味を引き立てる繊細な味付けが光ります。上新粉で作った「伝兵衛もち」も人気で、柔らかくモチモチとした食感が好評です。麹から作る砂糖不使用・ノンアルコールの甘酒も、ほっとする優しい甘さで訪れる人を癒してくれます。

創業242年目の新たな挑戦:クラフトビール「油伝麦酒」

2023年、油伝味噌は新たな歴史の1ページを開きました。味噌工場の一部を改装してブルワリーを立ち上げ、クラフトビール「油伝麦酒」の醸造を開始したのです。原料には栃木市産の二条大麦を使用し、隠し味として少量の味噌を加えるという独自のレシピで、他にはない味わいを追求しています。

ゴクゴク飲める「蔵の街ラガー」、ホップを効かせた「カエモンエール」など、定番商品に加えて季節限定品も登場。登録有形文化財と庭を眺めながらの一杯は、格別の贅沢です。

嘉右衛門町:栃木県初の重要伝統的建造物群保存地区

油伝味噌が佇む嘉右衛門町は、2012年に栃木県で初めて国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。天正年間(1573-1592)に岡田嘉右衛門によって開発されたこの地は、江戸時代には畠山藩の陣屋が置かれ、日光例幣使街道沿いの商業地として発展しました。

保存地区は旧日光例幣使道沿いの町並みを基本とする東西約320メートル、南北約650メートル、面積約9.6ヘクタールの範囲に及びます。地区内には見世蔵や土蔵をはじめとする江戸末期から昭和前期にかけての伝統的建造物が群として残り、地形に沿って湾曲する道、巴波川、翁島や陣屋跡の緑とともに、特徴的な歴史的風致を形成しています。

「小江戸」栃木の魅力を巡る

栃木市は「蔵の街」「小江戸」として知られ、市内には約400棟もの蔵が残っています。巴波川の舟運で江戸との交易を盛んにした歴史から、川沿いには往時の繁栄を物語る蔵屋敷が並び、現在は遊覧船で川面から町並みを楽しむことができます。船頭が「栃木河岸船頭唄」を披露しながら案内してくれる約30分の船旅は、この街の歴史を肌で感じられる体験です。

油伝味噌周辺には、明治時代の麻問屋の邸宅を公開した「横山郷土館」、江戸時代後期の豪商の屋敷を利用した「塚田歴史伝説館」、山車を展示する「とちぎ山車会館」など、見どころが点在しています。嘉右衛門町から蔵の街大通りまでは徒歩で移動できる距離ですので、ゆっくりと散策しながら小江戸の風情を満喫してください。

訪問のベストシーズン

油伝味噌と嘉右衛門町を訪れるなら、春と秋がおすすめです。3月から5月にかけては「うずまの鯉のぼり」が開催され、1,151匹もの鯉のぼりが巴波川の上を泳ぎます。秋には隔年で開催される「とちぎ秋まつり」で、江戸型人形山車が大通りを練り歩く壮観な光景を目にすることができます。

冬季限定で提供される味噌ラーメンも人気メニューの一つ。詳細は油伝味噌の公式SNSで確認することをおすすめします。

Q&A

Q東蔵の内部を見学することはできますか?
A東蔵をはじめとする土蔵は味噌醸造に使用されているため、内部の見学はできません。ただし、敷地内から外観を眺めることは可能です。また、田楽あぶでんの店舗は明治後期の建物を改装したもので、歴史的な雰囲気の中でお食事を楽しむことができます。
Qおすすめのメニューは何ですか?
A一番人気は「田楽盛り合わせ」です。豆腐・里芋・こんにゃくの3種を盛り合わせ、それぞれに異なる味噌を合わせています。「伝兵衛もち」も人気で、上新粉を使った柔らかいお餅に味噌を塗って焼き上げた一品です。ドリンクには麹の甘酒やクラフトビールがおすすめです。
Q東京からのアクセス方法を教えてください。
A浅草駅から東武日光線で新栃木駅まで特急で約70分。新栃木駅から徒歩約10分(800m)です。JR・東武線栃木駅からは循環バスで「油伝前」下車すぐ。車の場合は東北自動車道栃木ICから約8分(2.8km)、例幣使通り交差点より南へ約100mです。
Q駐車場はありますか?
Aはい、店舗北側に専用駐車場があります。周辺には「とちぎ蔵の街 来街者用無料駐車場」や「栃木市役所 立体駐車場」など、無料で利用できる駐車場もありますので、混雑時にはそちらもご利用いただけます。
Qお土産として味噌やビールを購入できますか?
Aはい、4種類の味噌(味わいや舌触りが異なります)とクラフトビールを購入できます。田楽味噌は家庭でも田楽を楽しめる人気商品です。お中元やお祝い事向けの詰め合わせギフトセットも用意されており、味噌とクラフトビールの組み合わせも可能です。

基本情報

名称 油伝味噌東蔵(あぶでんみそひがしぐら)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 2004年(平成16年)2月17日
建築年代 明治時代(1868-1911年)
構造 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積33㎡
所在地 〒328-0072 栃木県栃木市嘉右衛門町5-26
創業 1781年(天明元年)
営業時間 平日 11:00〜15:30 / 土日祝 11:00〜16:30(販売は10:00〜、ラストオーダーは閉店30分前)
アクセス 東武日光線 新栃木駅より徒歩10分(800m)/JR・東武線 栃木駅より循環バス「油伝前」下車/東北自動車道 栃木ICより車で8分(2.8km)
駐車場 あり(店舗北側)
団体予約 30名様まで可

参考文献

油伝味噌東蔵 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/180006
油伝味噌 – 栃木市観光協会
https://www.tochigi-kankou.or.jp/spot/abudenmiso
栃木市嘉右衛門町伝統的建造物群保存地区 - 栃木市ホームページ
https://www.city.tochigi.lg.jp/soshiki/5/1568.html
油伝味噌文庫蔵 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/150395
油伝味噌店舗兼主屋 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/144441
油伝味噌離れ - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139558
油伝味噌 - 栃木市観光資源データベース「蔵ナビ!」
https://www.tochigi-city-kura-navi.jp/spot/page.php?id=4
嘉右衛門町 (栃木市) - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/嘉右衛門町_(栃木市)
油伝麦酒 - ベリーグッドローカルとちぎ
https://verygoodlocal-tochigi.jp/wpdir/craftbeer/abuden_beer/
栃木市の老舗「油伝味噌」で、味噌ラーメンやクラフトビールを味わう - たびらい観光情報
https://www.tabirai.net/localinfo/article/article-23578/

最終更新日: 2026.01.14

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