1口の太刀 ― 1957年に国宝
太刀〈銘光世作(名物大典太)〉は、東京都目黒区駒場4-3-55にある平安時代の工芸品で、1956年(昭和31年)6月28日に重要文化財となり、1957年(昭和32年)2月19日に国宝に指定された。員数は1口、所有は公益財団法人前田育徳会である。
重要文化財から国宝まで8か月ほどしかない。線刻釈迦三尊等鏡像と短刀〈銘吉光〉の4か月、文祢麻呂墓出土品の4か月に次ぐ短さになる。
国宝となった1957年2月19日は、蝶螺鈿蒔絵手箱と同じ日である。
寸法にカンマが混じっている
寸法の欄に、書き方の誤りがある。
身長66.0 反2,7(㎝)、とある。
反りの値が2,7となっている。前の身長66.0は点で書かれているのに、こちらだけカンマである。小数点であるべきところにカンマが入っている。
ここまで記録の破損をいくつか見てきた。阿高・黒橋貝塚では文字が〓に置き換わり、二子山石器製作遺跡では母岩が母岸となり、蝶螺鈿蒔絵手箱ではローマ字が混入していた。
それらは文字の誤りだった。本件は句読点の誤りになる。破損の型としては四つ目である。
本稿は2.7センチメートルと解して記す。
一人の作者に、三つの呼び名がある
名称と解説とで、作者の呼び方が違う。
名称は太刀〈銘光世作(名物大典太)〉である。銘は光世、通称は大典太とされる。作者の欄も光世である。
ところが解説はこう始まる。初代三池典太の有銘完存の作はほとんど現存していない。
三池典太という呼び方が出てくる。光世、三池典太、そして通称の大典太。一つの記録のなかに三つの呼び名がある。
太刀〈銘三条(名物三日月宗近)〉では、銘の三条が人名ではなく、伝承が宗近という人物に結びつけていた。太刀〈銘正恒〉では、同名の刀工が複数いた。
本件は逆で、一人の作者が複数の呼び名をもつ。銘、姓名、通称のどれで呼ぶかによって文面が変わる。
所在は東京都であり、金沢ではない
所在地の記載を確かめておきたい。
文化庁の記録は、東京都目黒区駒場4-3-55とする。所有は公益財団法人前田育徳会である。
旧来の記述には、金沢の石川県立美術館で鑑賞できるとするものが見られる。記録の所在地とは合わない。
曜変天目茶碗では、二つの記録が丸の内と世田谷で食い違い、館の移転によると考えられた。蝶螺鈿蒔絵手箱では、県の欄が千葉県で住所が東京都だった。
本件は記録どうしの食い違いではなく、旧来の記述が記録と合わない。本稿は文化庁の記録に従い、東京都目黒区と記す。
鑑賞
所有は公益財団法人前田育徳会である。館が保管する刀であり、常設で公開される性格のものではない。
形は細かく記される。鎬造、丸棟、重ね薄く、身幅広く、鋒猪首、腰反高く踏ん張りがある、とある。
茎についても、茎生ぶ、先浅い栗尻、鑢目勝手下がり、目釘孔二、とされる。茎は削られておらず、目釘孔は二つである。短刀〈銘吉光〉は四つ、太刀〈銘三条〉は二つだった。
彫物も記される。表裏に幅広く浅い棒樋を巧みに搔き流し、表に添樋を搔き流す、とある。刀身に溝が彫られている。
伝来は、豊臣秀吉から前田家に移り、以来同家において第一の宝刀として伝えられた、とされる。所有者の前田育徳会は、その家に由来する。展示の予定は変わることがあるため、訪問前に確認したい。
Q&A
- この太刀はいつ指定されましたか。
- 1956年(昭和31年)6月28日に重要文化財、1957年(昭和32年)2月19日に国宝へ指定されました。あいだは8か月ほどで、蝶螺鈿蒔絵手箱と同じ日に国宝となっています。
- 寸法に誤りがあるのですか。
- 反りの値が「反2,7」と書かれ、小数点であるべきところにカンマが入っています。身長は「66.0」と点で書かれており、この箇所だけ異なります。本稿は2.7センチメートルと解しています。
- 作者は誰ですか。
- 作者の欄は光世とします。一方、解説は「初代三池典太の有銘完存の作はほとんど現存していない」と記します。銘の光世、三池典太、通称の大典太と、一つの記録に三つの呼び名があります。
- どこにあるのですか。
- 文化庁の記録は東京都目黒区駒場4-3-55とし、所有は公益財団法人前田育徳会です。旧来の記述に金沢の美術館とするものが見られますが、記録の所在地とは合いません。
- どのように伝わったのですか。
- 文化庁は「豊臣秀吉から前田家に移り、以来同家において第一の宝刀として伝えられた」と記します。室町時代以来、天下五剣の一つに挙げられ、享保名物牒に所載されるともされます。
基本情報
| 名称 | 太刀〈銘光世作(名物大典太)〉(たち めいみつよさく めいぶつおおでんた) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都目黒区駒場4-3-55 |
| 指定区分 | 国宝(工芸品) |
| 指定年 | 1956年(昭和31年)6月28日 重要文化財/1957年(昭和32年)2月19日 国宝 |
| 員数 | 1口 |
| 寸法 | 身長66.0センチメートル、反り2.7センチメートル。ただし記録は反りの値をカンマで記す。鎬造、丸棟、重ね薄く、身幅広く、鋒猪首。茎は生ぶ、目釘孔は2つ。作者は光世、時代は平安 |
| 所有者 | 公益財団法人前田育徳会 |
| 公開状況 | 館が保管する刀で、常設の公開ではない |
参考文献
- 文化遺産オンライン 太刀〈銘光世作(名物大典太)/〉
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/189036
- 石川県立美術館
- https://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
- 文化庁 文化財の紹介 美術工芸品
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/bijutsu_kogei/
最終更新日: 2026.09.05