値が付けられなかった刀
寛永のはじめ、加賀本阿弥家の光瑳は、前田家に伝わる一振りの刀に金八百枚、あるいは二万貫という途方もない代付けを主張した。ところが本阿弥本家十代の光室は、この刀に値をつけることはできないとして、折紙の発行そのものを断った。名物刀の台帳である『享保名物帳』には、この一振りについて代価が「不知代」、すなわち値段不明と記されている。
それが、名物「富田江」と呼ばれる刀である。銘はなく、刃長は64.8センチ。越中の刀工・郷義弘の作と極められている。義弘の確かな作は数えるほどしか残らず、その名は長らく「手に入らぬもの」の代名詞だった。昭和31年に国宝へ指定され、現在は東京の前田育徳会が所蔵する。
確証の取れない刀工・郷義弘
郷義弘は、十四世紀の南北朝期に越中、いまの富山県で鍛刀した。相州正宗の高弟とされる正宗十哲の一人に数えられ、正宗・粟田口吉光とならんで天下三作の一人にも挙げられる。
しかし義弘は早世したと見られ、自ら銘を切ることはなかったらしい。在銘の作は一振りも残らず、真作と極められた刀も極端に少ない。鑑定家たちはこの難しさを「郷とお化けは見たことがない」という言い回しに込めた。真の郷とされる刀は、作者自身の銘ではなく、代々の目利きの判断だけに支えられている。
富田江には、その評価を築いた特徴がそろう。鍛えは小板目がよく約み、地沸が厚くつく。刃文は浅い湾れに互の目を交え、足や葉がよく入り、匂は深く小沸を交え、ところどころに金筋がかかる。地と刃のどちらも明るく冴え、古来この冴えこそが郷とそれ以外を分ける目安とされてきた。
国宝に指定された理由
現存する郷義弘の作のなかで、富田江は稲葉江とともに、出来と健全さの両面から双璧と評される。江戸期には「天下一」の号を負い、文化9年(1812年)に本阿弥長根が名物帳を増補した際にも、まさしくその言葉で称えられている。
刀身は大きく磨り上げられている。大磨上と呼ばれるこの加工によって、もとは長い刀でありながら、銘を欠いた現在の姿になった。茎の先は栗尻に仕立てられ、目釘孔が二つあく。磨上げを受けてなお、年代のわりに健全さを保ち、義弘の身上である明るく働きの多い地刃がそのまま残っている。
戦前の制度のもとでは昭和11年(1936年)9月、侯爵前田利建の名義で指定を受けた。戦後、現行の文化財保護法が施行されたのち、昭和31年(1956年)6月28日に国宝へと指定し直された。
城主から前田家の蔵へ
刀号の「富田」は、豊臣秀吉の重臣で、のちに伊勢津城主となった富田左近、すなわち富田一白に由来する。この刀がもと左近の所持であったと伝わり、その名が刀につけられた。なお、加賀前田家の同名の家臣の蔵刀とする異説もあるが、所蔵側の記録は秀吉の側近とする説をとる。
堀秀政が富田家から代金十六枚でこれを買い受け、秀吉へ献上した。慶長3年(1598年)に秀吉が没すると、その遺物として加賀の前田利長へ贈られる。利長はさらに将軍徳川秀忠へ献上したが、寛永9年(1632年)に秀忠が没すると、その遺物として今度は前田利常が拝領した。以後この刀は前田家に伝わり、現在は同家の文物を守る前田育徳会の所蔵となっている。
刀を見るには、そして駒場の周辺
前田育徳会は、旧加賀藩主前田家の什宝や、尊経閣文庫の典籍を、東京・目黒の駒場に守り伝えている。育徳会自体は公開施設を持たないため、富田江が常時展示されることはない。公開はおもに特別展の機会に限られ、前田家ゆかりの金沢にある石川県立美術館や、京都国立博物館などで折々に出品されてきた。実見を望む人は、駒場へ足を運ぶ前に、各館の展覧会情報を確認しておきたい。
駒場の一帯は、それ自体が訪ねる価値のある場所である。旧前田侯爵邸の敷地は現在の駒場公園となり、昭和初期に建てられた洋館と和館がいまも残り、内部を見学できる。すぐ近くには日本民藝館が建つ。刀剣そのものに関心があるなら、上野の東京国立博物館が国宝・重要文化財の刀剣を常設で展示しており、正宗とその周辺の作も含めて、この系譜を間近で学ぶ確かな手がかりになる。
Q&A
- なぜ「富田江」と呼ばれるのですか。
- 「富田」は、初期の所持者であった富田左近(富田一白)に由来します。「江」は刀工の郷義弘を指します。著名な刀を所持者の名で呼ぶのは、名物帳における通例でした。
- 有名な刀工の作なのに、なぜ無銘なのですか。
- 大磨上げによって刀身が大きく短くされ、銘の入っていたはずの茎が切り落とされたためです。加えて郷義弘自身も銘を切らなかったとみられ、在銘の作は現存しません。
- 富田江を直接見ることはできますか。
- 常時の公開はありません。前田育徳会は常設の展示施設を持たないため、石川県立美術館などでの特別展に折々出品される機会に限られます。訪問前に各館の予定をご確認ください。
- 郷義弘の刀はなぜそれほど希少なのですか。
- 早世して在銘の作を残さず、真作と極められた刀もごくわずかだからです。その希少さから「郷とお化けは見たことがない」という言い回しが生まれました。
- 稲葉江とはどう違うのですか。
- どちらも郷義弘作の国宝で、現存最高の二振りとされます。稲葉江は刃長約70.9センチとやや長く、金象嵌の極めがあり、来歴も異なります。現在は山口県の柏原美術館が所蔵します。
基本情報
| 指定名称 | 刀〈無銘義弘(名物富田江)〉 |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(工芸品・刀剣) |
| 時代 | 南北朝時代(14世紀) |
| 作者 | 越中・郷義弘(伝) |
| 寸法 | 刃長64.8cm、反り1.4cm、員数1口 |
| 形状 | 鎬造、庵棟、中鋒少し延びる。大磨上、無銘、目釘孔二 |
| 指定年月日 | 旧制度 昭和11年9月18日/国宝 昭和31年6月28日 |
| 所有者 | 公益財団法人前田育徳会 |
| 所在地 | 東京都目黒区駒場4-3-55 |
| 公開状況 | 常設展示なし。特別展で折々に公開 |
References
- 文化遺産オンライン(NII)/刀〈無銘義弘(名物富田江)〉
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/197520
- 文化庁/国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/475
- WANDER 国宝/刀 無銘義弘(名物 富田江)[前田育徳会]
- https://wanderkokuho.com/201-00475/
最終更新日: 2026.06.12