一括の出土品 ― 1995年に重要文化財
山梨県鋳物師屋遺跡出土品は、山梨県南アルプス市野牛島2727にある縄文時代の考古資料で、1995年(平成7年)6月15日に重要文化財に指定された。国宝ではなく、重要文化財としての指定である。所有は南アルプス市である。
ふりがなの欄は、やまなしけんいもじやいせきしゅつどひんである。鋳物師屋を「いもじや」と読む。
文化庁は、本件は、鋳物師屋遺跡から出土した縄文時代中期前半の資料一括である、と記す。
員数が「一括」で、数を示さない
いくつあるかが、員数の欄に書かれていない。
員数の欄は、一括である。数と単位ではなく、まとまりとしてのみ示されている。
ここまで、1棟、1口、11点、1鋪、1幅などと、数と単位で記されてきた。角屋家貿易関係資料は11点で、内訳も四つの単位で数えられていた。
本件は数が入っていない。出土品がまとまりで扱われ、個々を数え上げない書き方になっている。
そのかわり、解説文のなかに内訳が並ぶ。完形の土器類三〇箇、土偶残欠二二箇、土製耳飾一箇、土製円盤一〇二箇、石器類四六箇、そして円錐形の土偶一箇である。
数は漢数字で書かれる。石谷家住宅では建築面積が漢数字だった。本件は点数が漢数字になっている。
内訳の合計と、市の数え方が3点違う
いくつを指定したかについて、二つの数が並ぶ。
文化庁の解説にある内訳を足すと、土偶1、土器30、土偶残欠22、耳飾1、円盤102、石器46で、202になる。
一方、南アルプス市は、発見された考古資料のうち205点が一括で国の重要文化財に指定されました、と記す。
202と205で、3点の差がある。
猪形土製品では、寸法の項目が記録によって違い、弘前市だけが前脚長を加えていた。あちらは項目の数の違いである。
本件は総数そのものが違う。員数の欄が一括で数を示さないため、どちらが正しいかは記録からは決められない。人手による確認をお願いしたい。
時代の細かさが、記録によって違う
縄文時代のいつごろかが、二通りに書かれる。
文化庁は、縄文時代中期前半の資料一括である、とする。
南アルプス市は、縄文時代中期中葉の住居址27軒、と記す。
前半と中葉で、指す時期がずれる。中期をさらに分けたときの、前のほうと真ん中にあたる。
羽馬家住宅では、文化庁が90年幅、南砺市が12年幅と、絞り込みの細かさが違った。あちらは幅の広さである。
本件は同じ細かさでありながら、指す位置が違う。鳴無神社では、時代の欄が江戸中期で解説が江戸初期の系統としていた。
鑑賞
所在は山梨県南アルプス市野牛島2727で、所有は南アルプス市である。
出土の状況も記される。文化庁は、そのほとんどが竪穴住居跡内からの出土である、とする。
南アルプス市は、平成4年(1992年)2月より翌年2月末まで、下市之瀬の工業団地造成事業に伴う発掘調査が実施され非常に多くの遺構や遺物が発見されました、と記す。
約13,000平方メートルを調査し、縄文時代中期中葉の住居址27軒、平安時代の住居址112軒が発見された、とも続く。縄文と平安の二つの時代の跡が重なっている。
市は海外への貸出の履歴も記録しており、イタリアやマレーシアの博物館に出ている。市が保管する資料であり、常設で公開される性格のものではない。訪問前に確認したい。
Q&A
- この出土品はいつ指定されましたか。
- 1995年(平成7年)6月15日に重要文化財へ指定されました。国宝ではなく重要文化財で、所有は南アルプス市です。
- 何点あるのですか。
- 員数の欄は「一括」で数を示しません。文化庁の解説の内訳を足すと202、南アルプス市は205点とし、3点の差があります。
- どのような内訳ですか。
- 文化庁は円錐形の土偶1箇、完形の土器類30箇、土偶残欠22箇、土製耳飾1箇、土製円盤102箇、石器類46箇と漢数字で記します。
- いつごろのものですか。
- 記録によって違います。文化庁は縄文時代中期前半とし、南アルプス市は中期中葉とします。
- どのように発掘されたのですか。
- 南アルプス市は「平成4年(1992年)2月より翌年2月末まで、下市之瀬の工業団地造成事業に伴う発掘調査が実施され」と記します。約13,000平方メートルを調査しています。
基本情報
| 名称 | 山梨県鋳物師屋遺跡出土品(やまなしけんいもじやいせきしゅつどひん) |
|---|---|
| 所在地 | 山梨県南アルプス市野牛島2727 |
| 指定区分 | 重要文化財(美術品・考古資料)/国宝ではない |
| 指定年 | 1995年(平成7年)6月15日 重要文化財 |
| 員数 | 一括。数は示されない。文化庁の内訳を足すと202、南アルプス市は205点とする |
| 寸法 | 内訳は円錐形の土偶1箇、完形の土器類30箇、土偶残欠22箇、土製耳飾1箇、土製円盤102箇、石器類46箇で、いずれも漢数字で記される。ほとんどが竪穴住居跡内からの出土。時代は文化庁が縄文時代中期前半、南アルプス市が中期中葉とする |
| 所有者 | 南アルプス市 |
| 公開状況 | 市が保管する資料で、常設の公開ではない |
参考文献
- 南アルプス市 鋳物師屋遺跡出土品
- https://www.city.minami-alps.yamanashi.jp/docs/imojiya_iseki.html
- 文化遺産オンライン 山梨県鋳物師屋遺跡出土品
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/159631
- 南アルプス市 ふるさと文化伝承館
- https://www.city.minami-alps.yamanashi.jp/sisetsu/shisetsu/bunkazai-densyokan/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.10