1棟の本堂 ― 1953年に国宝
浄土寺本堂は、広島県尾道市東久保町にある鎌倉時代後期の建造物で、1913年(大正2年)4月14日に重要文化財となり、1953年(昭和28年)3月31日に国宝に指定された。員数は1棟、所有は浄土寺である。
同じ寺の浄土寺多宝塔は、1901年(明治34年)3月27日の重要文化財である。12年の開きがある。それでいて国宝となった日は、両者とも1953年3月31日で同じである。
構造は桁行五間、梁間五間、一重、入母屋造、向拝一間、本瓦葺である。年代の欄は鎌倉後期/1327とする。
同じ火災で焼け、16年ずれて再建された
浄土寺本堂と浄土寺多宝塔は、同じ出来事を経ている。
本堂の解説は、本堂は正中二年の火災後貞和元年に再建された建物で、と記す。
多宝塔の解説も、多宝塔は正中二年(1325年)の火災で焼失したが、元徳元年(1329年)に再建された、とする。
正中二年は1325年である。同じ年の火災で二棟とも焼けている。
再建の年は違う。多宝塔は元徳元年、1329年である。本堂の貞和元年は1345年にあたる。16年の開きがある。
塔が先に建ち、本堂が後になった。同じ火災から立ち直る順番が、記録から読み取れる。
年代の欄と解説の再建年が、また食い違う
浄土寺多宝塔で見た食い違いが、本堂でも起きている。
年代の欄は1327年とする。解説は貞和元年、すなわち1345年の再建とする。18年の差がある。
多宝塔では年代の欄が1319年、解説の再建が1329年で10年の差だった。同じ寺の二棟で、いずれも年代欄のほうが古い。
観心寺金堂では二つの記録が1年ずれ、崇福寺第一峰門では51年違った。それらは別々の記録どうしの食い違いである。
浄土寺の二棟は、一つの記録のなかで年代欄と解説文が違う年を指している。同じ寺で二件続いていることになる。
本稿は両方を記す。どちらが正しいかは判断しない。
三つの様式が混ざっている
建て方について、解説は三つの様式を挙げる。
和様を基調として唐様、天竺様を混用したいわゆる折衷様式に属し、とある。
和様が基調にあり、そこに唐様と天竺様が混ぜられている。折衷様式という呼び名が与えられている。
崇福寺大雄宝殿では、初重が明末清初建築の影響、上の重が和様と、階によって様式が分かれていた。あちらは上下で分かれている。
浄土寺本堂は分かれず、一つの建物のなかで混ざっている。
評価も二重に限定される。瀬戸内海沿岸諸地方に存するこの種建築の代表的なものである。又年代の確証あるものとしては最古の例に属する、とある。地域と建築の種類を限ったうえでの代表、そして年代の確証があるものに限ったうえでの最古である。
参拝
所在は広島県尾道市東久保町で、所有は浄土寺である。境内に建つ建物であり、外観は参拝の際に見ることができる。
浄土寺多宝塔は同じ境内にあり、三間多宝塔、本瓦葺で、員数は1基とされる。本堂は1棟で、単位が違う。
境内には他にも記録された建物がある。浄土寺阿弥陀堂、浄土寺 露滴庵、浄土寺 裏門といった名が並ぶ。浄土寺庭園や浄土寺宝篋印塔も記録されている。
関連作品には、同じ折衷様式に属するとされる明王院本堂や西郷寺本堂などが挙がる。
内部の拝観については寺の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 浄土寺本堂はいつ指定されましたか。
- 1913年(大正2年)4月14日に重要文化財、1953年(昭和28年)3月31日に国宝へ指定されました。同じ寺の多宝塔は重要文化財の日が12年早く、国宝の日は同じです。
- 多宝塔と同じ火災で焼けたのですか。
- はい。どちらの解説も正中二年(1325年)の火災に触れます。再建は多宝塔が元徳元年(1329年)、本堂が貞和元年(1345年)で、16年の開きがあります。
- いつ建てられたのですか。
- 記録が食い違います。年代の欄は1327年とし、解説は貞和元年(1345年)の再建とします。18年の差があり、多宝塔でも同様に10年の差がありました。
- どのような建て方ですか。
- 文化庁は「和様を基調として唐様、天竺様を混用したいわゆる折衷様式に属し」と記します。三つの様式が一つの建物のなかで混ざっています。
- 何が評価されているのですか。
- 文化庁は「瀬戸内海沿岸諸地方に存するこの種建築の代表的なものである。又年代の確証あるものとしては最古の例に属する」と記します。地域と種類、確証の有無を限ったうえでの評価です。
基本情報
| 名称 | 浄土寺本堂(じょうどじほんどう)/愛媛県松山市の浄土寺本堂は別の物件 |
|---|---|
| 所在地 | 広島県尾道市東久保町 |
| 指定区分 | 国宝(建造物・宗教建築)/同じ境内の浄土寺多宝塔も国宝 |
| 指定年 | 1913年(大正2年)4月14日 重要文化財/1953年(昭和28年)3月31日 国宝 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行5間、梁間5間、一重、入母屋造、向拝1間、本瓦葺。年代の欄は1327年とするが、解説は1325年の火災後、貞和元年の再建とする。和様を基調に唐様と天竺様を混用した折衷様式。時代は鎌倉後期 |
| 所有者 | 浄土寺 |
| 公開状況 | 境内に建つ建物で、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は寺の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 浄土寺本堂(広島県尾道市)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/176362
- 文化遺産オンライン 浄土寺多宝塔
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/148321
- 文化遺産オンライン 浄土寺本堂(愛媛県松山市・重要文化財)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/196000
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.05