瀬戸内の港町に輝く朱塗りの宝塔
尾道水道から港に入ると、真っ先に目に飛び込んでくる朱色の美しい塔があります。それが国宝・浄土寺多宝塔です。鎌倉時代末期の1328年(元徳元年)に建立されたこの塔は、約700年もの間、瀬戸内の要港・尾道のシンボルとして、また仏教建築の最高傑作のひとつとして、訪れる人々を魅了し続けてきました。
高野山金剛三昧院、滋賀県の石山寺とともに日本三大多宝塔に数えられるこの塔は、その優美な姿と完璧なプロポーション、そして鮮やかな朱塗りの外観で知られています。方形の初重と円形の二重という異なる幾何学形態を見事に調和させた建築美は、日本の中世建築技術の粋を今に伝える貴重な文化遺産です。
多宝塔とは - 日本独自の仏教建築の結晶
多宝塔は、日本で独自に発展した二重の仏塔で、主に密教寺院で建立されました。「多宝」という名前は、仏教の尊い教えを数多く納めるという意味を持ちます。インドのストゥーパから発展した五重塔とは異なり、多宝塔は日本の建築美意識と仏教思想が融合した独創的な建築様式です。
浄土寺の多宝塔は高さ20.5メートル。初重は三間四方の方形平面を持ち、二重は円形平面という、建築的に極めて難易度の高い構造を実現しています。本瓦葺きの屋根は、優雅な反りを持ちながら、重厚感と軽やかさを併せ持つ絶妙なバランスで設計されています。この複雑な構造を支えるのは、精緻な木組み技術と、当時の大工たちの卓越した技術力でした。
建築の技と仏教美術の融合
多宝塔の内部には、真言宗の本尊である大日如来像が安置されています。そして壁面を彩るのは、真言八祖像と呼ばれる真言宗の八人の高僧を描いた極彩色の壁画です。これらの壁画は、鎌倉時代の仏教絵画の高い水準を示す貴重な作例として、建築と一体となって神聖な空間を創り出しています。
建築的な見どころとして、初重の組物は二手先、上重の組物は四手先という異なる技法を用い、構造的な安定性と視覚的な美しさを両立させています。中備えには精巧な彫刻を施した蟇股(かえるまた)を配し、木鼻(きばな)と呼ばれる装飾的な部材にも緻密な彫刻が施されています。1936年の修理工事の際には、相輪(そうりん)と呼ばれる塔頂部から多数の経巻や仏具が発見され、この塔が単なる建築物ではなく、仏教の教えを守り伝える聖なる空間であったことが改めて確認されました。
国宝指定の価値と意義
浄土寺多宝塔が国宝に指定された理由は、その卓越した歴史的・芸術的価値にあります。1328年という建立年代が明確で、鎌倉時代末期の建築技術の到達点を示す作例として極めて重要です。また、創建当初の姿をほぼ完全に保っている点も高く評価されています。
この多宝塔の建立には、尾道の豊かな経済力が背景にありました。1325年の火災で焼失した後、尾道の有徳人(裕福な商人)である道蓮・道性夫妻の寄進により再建されたという歴史は、中世における尾道の繁栄ぶりを物語っています。瀬戸内海の海運で栄えた港町・尾道だからこそ、これほどの規模と質を持つ仏教建築を建立し、維持することができたのです。多宝塔は、宗教建築としての価値だけでなく、尾道という都市の歴史と文化を体現する記念碑的な存在なのです。
多宝塔の魅力と見どころ
浄土寺多宝塔の最大の魅力は、その完璧なプロポーションと色彩美にあります。朱塗りの鮮やかな外観は、青空や緑の山々を背景に映え、特に朝夕の斜光を受けるときには、まるで炎のように輝いて見えます。軒先の優美な反りは、建物全体に軽やかさと上昇感を与え、相輪の金色の輝きが天空への憧れを表現しています。
季節ごとに異なる表情を見せるのも多宝塔の魅力です。春には桜のピンクと朱色のコントラストが美しく、秋には紅葉の赤や黄色と調和して、まさに錦絵のような光景を作り出します。また、仏教の伝統に従って塔の周りを時計回りに巡る「右繞(うにょう)」を行うと、見る角度によって変化する塔の姿を楽しむことができ、同時に心が落ち着く瞑想的な体験ができます。
写真愛好家にとっても、この多宝塔は絶好の被写体です。特に、本堂や阿弥陀堂との配置関係、背景の山並みとの調和など、どの角度から撮影しても絵になる構図が得られます。
浄土寺の文化財群
浄土寺は、推古天皇24年(616年)に聖徳太子が開創したと伝えられる中国地方屈指の古刹です。多宝塔と並んで国宝に指定されている本堂(1327年建立)は、平安時代の和様を基調としながら、鎌倉時代に中国から導入された建築様式を取り入れた折衷様式の傑作として知られています。
その他にも、重要文化財の阿弥陀堂、山門、方丈、庫裏・客殿など、中世から近世にかけての優れた建造物が立ち並んでいます。特筆すべきは、境内全体が国の文化財に指定されていることで、これは全国でも2例しかない極めて稀な指定です。また、奥庭にある茶室「露滴庵」は、豊臣秀吉の伏見城から移築されたと伝えられる由緒ある建物で、桃山時代の茶の湯文化を今に伝えています。
周辺情報と尾道の魅力
尾道は「坂の町」「文学の町」として知られ、狭い路地や石段、山腹に点在する古寺が独特の景観を作り出しています。浄土寺を起点に、全長約2.5キロメートルの「尾道古寺めぐり」コースでは、25の寺院を巡ることができます。このコースを歩くと、尾道という町が持つ歴史の重層性と、瀬戸内海との関わりの深さを肌で感じることができるでしょう。
浄土寺山の頂上にある奥の院(浄土寺山展望台)からは、尾道水道と点在する島々を一望できます。特に夕暮れ時の景色は格別で、瀬戸内海に沈む夕日が水面を金色に染める光景は、多くの文学作品や映画の舞台となってきました。
グルメの面では、尾道ラーメンが有名です。瀬戸内海の小魚から取った出汁と醤油ベースのスープに、背脂を浮かせた独特の味わいは、多くのラーメンファンを魅了しています。また、尾道は「しまなみ海道」の本州側起点でもあり、瀬戸内海の島々を自転車で巡るサイクリングの聖地としても知られています。全長約70キロメートルのサイクリングロードは、世界中からサイクリストが訪れる人気のコースです。
よくある質問
- 多宝塔を見学するのに最適な時期はいつですか?
- 多宝塔は年間を通じて美しいですが、特に桜の季節(3月下旬~4月上旬)と紅葉の季節(11月)がおすすめです。また、朝夕の斜光を受ける時間帯は、朱塗りの塔が最も美しく輝きます。
- 多宝塔の内部は見学できますか?
- 通常は内部の公開はしていませんが、特別公開日や事前申込により、大日如来像や真言八祖の壁画を拝観できる場合があります。詳細は寺務所にお問い合わせください。
- 東京や大阪から浄土寺へのアクセスは?
- 東京からは新幹線で福山駅まで約3時間半、そこからJR山陽本線で尾道駅まで約20分です。大阪からは約2時間で到着します。尾道駅から浄土寺へは徒歩約25分、バスで約10分です。
- 拝観料はいくらですか?
- 通常拝観は大人600円、小中学生300円です。宝物館は別途400円が必要です。20名以上の団体には割引があります。
- 外国人観光客向けのガイドはありますか?
- 境内には英語の案内パンフレットが用意されています。より詳しい説明を希望される場合は、尾道観光協会を通じて通訳ガイドを手配することも可能です。
基本情報
| 名称 | 浄土寺多宝塔 |
|---|---|
| 文化財指定 | 国宝 |
| 建立年 | 1328年(元徳元年)鎌倉時代末期 |
| 高さ | 20.5メートル |
| 建築様式 | 二重多宝塔、本瓦葺 |
| 所在地 | 〒722-0043 広島県尾道市東久保町20-28 |
| アクセス | JR尾道駅より徒歩約25分 / バス「浄土寺下」下車すぐ |
| 拝観時間 | 9:00~17:00(4月~9月)、9:00~16:30(10月~3月) |
| 拝観料 | 大人600円、小中学生300円 |
| 問い合わせ | TEL: 0848-37-2361 |
参考文献
- 文化遺産オンライン - 浄土寺多宝塔
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/148321
- 日本遺産尾道市公式WEBサイト
- https://nihonisan-onomichi.jp/bunkazai04_jodoji/
- 真言宗泉涌寺派大本山 浄土寺公式サイト
- https://ermjp.com/j/temple/
- 尾道観光協会「おのなび」
- https://www.ononavi.jp/sightseeing/temple/detail.html?detail_id=25
- 尾道七佛めぐり公式サイト
- https://shichibutsu.jp/temple/joudoji.php
最終更新日: 2025.11.06
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