越川橋梁:一度も列車が走らなかった北海道最大のコンクリート鉄道橋

世界自然遺産・知床半島の付け根に位置する斜里町の山間部に、一度も列車を迎えることなく80年以上の時を刻み続ける巨大な構造物があります。通称「越川橋梁」、正式名称「第一幾品川橋梁」は、全長147メートル、高さ21.7メートルの10連アーチを持つ、北海道最大のコンクリート鉄道橋です。

1940年(昭和15年)に完成したこの橋は、戦時下の物資不足のため鉄筋を使用せずに建造された無筋コンクリート橋という、土木史上でも稀有な存在です。周囲の河畔林に溶け込むようにたたずむその姿は、時代に翻弄された鉄道計画の夢と、建設に命を捧げた人々の記憶を今に伝えています。

根北線建設の夢と背景

越川橋梁の物語は、知床半島を横断して北見地方と根室地方を結ぶという壮大な鉄道計画に始まります。根北線(こんぽくせん)と名付けられたこの路線は、オホーツク海沿岸の森林開発、入植地の拡大、農産物の輸送、そして北方警備のための輸送路確保という多目的を担って構想されました。

1937年(昭和12年)に建設が予算化され、翌1938年(昭和13年)に着工。工事現場は、周囲数キロメートルに民家すらない北海道の山間奥地でした。厳しい自然環境の中、資材や食料の輸送すら困難を極める状況下で、労働者たちは懸命に工事を進めました。

しかし、当時は第二次世界大戦へと向かう戦時体制下。鋼材は軍需物資として優先的に使用され、民生用の鉄筋は極度に不足していました。そこで採用されたのが、鉄筋を使用しない無筋コンクリートでの建設という、当時としても挑戦的な工法でした。一説には、鉄筋の代わりに竹を使用した「竹筋コンクリート」が採用されたとも伝えられています。

登録有形文化財としての価値

越川橋梁は1998年(平成10年)7月23日、国の登録有形文化財に登録されました(登録番号:第01-0006号)。この登録の背景には、橋梁が持つ複数の歴史的・技術的価値があります。

第一に、戦時下という特殊な状況下で生み出された土木技術の記録としての価値です。鉄筋を使用せずに、これほどの規模の橋梁を建設するには、アーチ構造に対する深い理解と、コンクリート工学の高度な知識が必要でした。当時の技術者たちが困難な条件下でいかに創意工夫を凝らしたかを、この橋は物語っています。

第二に、北海道最大のコンクリート鉄道橋という規模の価値です。10連のアーチが織りなす優美な曲線は、80年以上の歳月を経てなお、見る者を圧倒する存在感を放っています。1973年(昭和48年)に国道工事のため橋脚2本が撤去されましたが、残された構造は今なお当時の雄姿を伝えています。

第三に、未成線の遺構という歴史的希少性です。完成しながら一度も使用されることなく残された鉄道橋は、日本の近代化の過程で世界情勢がいかに地域の発展計画に影響を与えたかを示す、生きた歴史の教材と言えます。

建設に携わった人々の記憶

越川橋梁は、その技術的価値とともに、建設に携わった労働者たちの記憶を伝える場所でもあります。当時の建設工事は「タコ労働」と呼ばれる過酷な労働形態によって行われました。「タコ」とは、ストレス下で自らの足を食べるタコの習性になぞらえた呼び名で、借金などにより身動きが取れなくなった労働者たちを指しました。

記録によれば、この橋梁の建設工事で11名の労働者が命を落としたと伝えられています。彼らの存在は、郷土史研究の中で「殉難者」として記録され、知床博物館などの地域の機関によって記憶が継承されています。

越川橋梁を訪れることは、北海道開拓の歴史の光と影の両面に触れることでもあります。現在私たちが享受しているインフラの多くが、こうした犠牲の上に成り立っていることを、この橋は静かに問いかけています。

未完の鉄道計画

1940年(昭和15年)、越川橋梁は見事に完成しました。しかし、同年に太平洋戦争の激化により物資不足が深刻化し、根北線の建設工事は中断を余儀なくされます。線路が橋に到達することはありませんでした。

戦後、1957年(昭和32年)になってようやく根北線の一部が開通しました。斜里駅(現・知床斜里駅)から越川駅までの12.8キロメートルが営業を開始しましたが、この区間には越川橋梁は含まれていませんでした。橋の先、根北峠を越えて標津方面へ延びるはずだった区間は、ついに建設されることはありませんでした。

開通した区間も、国道244号の整備による自動車交通の発達に押され、1970年(昭和45年)に廃止されます。こうして根北線は完全に姿を消し、越川橋梁だけが、実現しなかった鉄道網の夢を今に伝える存在として残されることとなりました。

訪問のご案内

現在、越川橋梁は河畔林の中に静かにたたずんでいます。そのコンクリートアーチは自然環境と調和し、まるで古代遺跡のような神秘的な雰囲気を醸し出しています。鉄道ファンはもちろん、歴史愛好家や写真家にとっても魅力的な訪問先となっています。

訪問に適した季節は、目的によって異なります。晩春から秋にかけて(5月〜10月)は、緑豊かな森に囲まれた橋の姿を楽しめます。特に紅葉の季節(9月下旬〜10月)は、色づいた木々とコンクリートの灰色のコントラストが見事です。冬は雪に覆われた幻想的な景観が広がりますが、積雪による道路状況には注意が必要です。

安全上の理由から橋梁への直接の立ち入りはできませんが、周辺の展望スポットからその全容を眺めることができます。静寂の中にそびえるアーチの連なりは、80年以上の時を超えて訪れる人々の心に深い印象を残します。

周辺の観光情報

越川橋梁のある斜里町は、世界自然遺産・知床半島への玄関口として知られています。橋梁の見学と合わせて、この地域ならではの自然や文化を楽しむことができます。

斜里町立知床博物館は、知床の自然と歴史に関する資料を展示しており、根北線の歴史についても触れることができます。橋梁建設の背景を理解する上で、訪問前後に立ち寄ることをお勧めします。

知床五湖は、知床半島を代表する景勝地です。原生林に囲まれた5つの湖を巡る遊歩道では、エゾシカやヒグマなどの野生動物に出会えることもあります。オシンコシンの滝は、日本の滝百選にも選ばれた壮大な滝で、海岸沿いの道路から気軽にアクセスできます。

ウトロ温泉は、知床観光の拠点となる温泉リゾートです。オホーツク海を望む露天風呂、新鮮な海の幸を提供する飲食店、そして知床半島を巡る観光船の発着港として、多くの観光客で賑わいます。

Q&A

Qなぜ越川橋梁は一度も使われなかったのですか?
A越川橋梁は1940年(昭和15年)に完成しましたが、同年、太平洋戦争の激化により物資不足が深刻化し、根北線の建設工事が中断されました。線路は橋に到達することなく、戦後も橋を含む区間は建設されませんでした。1957年に開通した根北線の一部区間(斜里〜越川間)にも橋梁は含まれず、この区間も1970年に廃止されたため、橋は一度も列車を迎えることなく現在に至っています。
Q橋の上を歩くことはできますか?
A安全上の理由から、橋梁への直接の立ち入りは禁止されています。建設から80年以上が経過しており、また1973年に橋脚の2本が撤去されています。周辺には展望スポットがあり、そこから橋の全容を安全に眺めることができます。
Q越川橋梁の建築的な特徴は何ですか?
A全長147メートル、高さ21.7メートルの10連アーチ橋で、北海道最大のコンクリート鉄道橋です。最大の特徴は、戦時下の鋼材不足のため、鉄筋を使用せずに建設された「無筋コンクリート橋」であることです。一説には竹筋が使用されたとも言われています。このような技術的特徴と歴史的背景から、1998年に国の登録有形文化財に登録されました。
Q越川橋梁へのアクセス方法を教えてください。
A橋梁は北海道斜里郡斜里町越川地区にあります。JR知床斜里駅から車で約15分です。公共交通機関での直接アクセスは難しいため、レンタカーまたはタクシーのご利用をお勧めします。最寄りの空港は女満別空港で、そこから斜里町までは車で約1時間30分〜2時間です。
Q訪問に最適な季節はいつですか?
A晩春から秋(5月〜10月)がアクセスしやすく、緑豊かな森に囲まれた橋の姿を楽しめます。特に紅葉の季節(9月下旬〜10月)は、色づいた木々とコンクリートのコントラストが美しいのでお勧めです。冬は雪景色の中の橋という幻想的な光景を見られますが、北海道内陸部の厳しい積雪により道路状況が困難になる場合があります。

基本情報

名称 旧国鉄根北線越川橋梁(きゅうこくてつこんぽくせんこしかわきょうりょう)
正式名称:第一幾品川橋梁(だいいちいくしながわきょうりょう)
所在地 北海道斜里郡斜里町字越川245番8他
構造 無筋コンクリート造り10連アーチ式
規模 延長:147メートル/高さ:21.7メートル
竣工年 1940年(昭和15年)
文化財登録 登録有形文化財(1998年7月23日登録)
登録番号:第01-0006号
所有者 斜里町
アクセス JR知床斜里駅より車で約15分
見学 外観見学自由(橋梁への立ち入り不可)

参考文献

旧国鉄根北線越川橋梁 | 斜里町立知床博物館
https://shiretoko-museum.jpn.org/shizen_rekishi/bunkazai/kompokusen/
旧国鉄根北線越川橋梁 | 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/113637
越川橋梁 | Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/越川橋梁
越川橋梁 | 北海道Style
https://hokkaido-travel.com/spot/visiting/ho0530/

最終更新日: 2026.01.28

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