1棟の工場 ― 1962年に重要文化財
旧集成館機械工場は、鹿児島県鹿児島市吉野町9698番地ノ1にある江戸時代の建造物で、1962年(昭和37年)6月21日に重要文化財に指定された。国宝ではなく、重要文化財としての指定である。所有は株式会社島津興業である。
員数は1棟である。石造、建築面積977.5平方メートル、一階建、桟瓦葺とされる。年代の欄は江戸/慶応元年(1865年)である。
八ツ沢発電所施設、ニッカウヰスキー余市蒸溜所施設、旧小西家住宅に続く、株式会社が所有する4件目の重要文化財になる。
同じ場所が、重要文化財と史跡の二つで指定されている
一つの敷地に、二つの制度が重なっている。
本件は建造物としての重要文化財である。指定は1962年6月21日である。
一方、同じ場所は旧集成館 附寺山炭窯跡 関吉の疎水溝として史跡にも指定されている。こちらは1959年2月25日で、3年早い。
旧筑後川橋梁(筑後川昇開橋)では、登録文化財から重要文化財へ移っていた。あちらは同じ物件が順に移る形である。
本件は建造物と史跡という別の区分で、同時に指定されている。福田家住宅では、土蔵と土地が追加して指定された。あちらは同じ区分での追加である。
史跡の名称には附という語が入り、ふりがなも中黒で区切られる。附は本体に添えて指定するものをいう。
解説の分量が、二つの記録で正反対である
同じ対象について、一方は空で、他方は詳しい。
重要文化財としての記録は、解説の欄に何も書かれていない。
一方、史跡としての記録は長い。集成館は島津斎彬の創設命名にかかる施設で、軍備充実及び殖産興業のため営んだ、いわば綜合的な工場集団とも称すべきもので、その技術は洋式に則った、と始まる。
反射炉、熔鉱炉、鑚開台の設置から、硝子、陶磁器、農具、刀剣、氷白糖、地雷、水雷の製造まで挙げられる。ガス及び電気の試験も行っている、と続く。
桑実寺本堂では解説の欄が空だった。越後国頸城郡絵図では詳細解説参照の一句だった。
本件は、同じ対象について別の制度の記録が詳しく補っている。建造物の欄が空でも、史跡の欄を読めば経緯が分かる。
寸法が、二つの単位で別々に記される
建物の大きさが、記録によって違う書き方になる。
重要文化財の記録は、石造、建築面積977.5平方メートル、一階建、桟瓦葺とする。
一方、史跡の記録は、機械製造工場は寄棟造の石造平家建で正面約42間、奥行約7間、極めて細長い建物である、とする。
平方メートルと間で、単位が違う。しかも史跡の記録には約が付いている。
若戸大橋では、寸法の欄と解説文とで橋長の精度が分かれていた。あちらは同じ単位のなかでの差である。
本件は単位そのものが違う。屋根も、重要文化財の記録は桟瓦葺、史跡の記録は寄棟造とし、述べる部分が分かれている。
見学
所在は鹿児島県鹿児島市吉野町9698番地ノ1である。史跡の記録は、集成館の敷地は磯邸の西に隣り、背後に山を負い、前面は海に面する、とする。
建てられた経緯も記される。文久3年(1863年)7月薩英戦争のため反射炉を除き焼失、とある。
そのあと、ついで機械製造工場を作ることになり、元治元年(1864年)10月工場の建築に着手し、慶応元年4月、轆轤台、鉋台、捻製作、道具等の据付を終った、と続く。
旧名手本陣妹背家住宅では、火災で類焼したあとに新築された。本件は戦争で焼けたあとに建てられている。
内部は広濶な部分及びこれと間仕切をもって境した部分の2室から成っている、とされる。現在は博物館として使われており、見学については所有者の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 旧集成館機械工場はいつ指定されましたか。
- 1962年(昭和37年)6月21日に重要文化財へ指定されました。国宝ではなく重要文化財で、員数は1棟、所有は株式会社島津興業です。
- 史跡にも指定されているのですか。
- はい。同じ場所が「旧集成館 附寺山炭窯跡 関吉の疎水溝」として1959年2月25日に史跡へ指定されています。重要文化財より3年早い指定です。
- 大きさはどのくらいですか。
- 記録によって単位が違います。重要文化財の記録は建築面積977.5平方メートル、史跡の記録は正面約42間、奥行約7間とします。
- いつ建てられたのですか。
- 史跡の記録は「元治元年10月工場の建築に着手し、慶応元年4月…据付を終った」とします。文久3年の薩英戦争による焼失のあとの建設です。
- 集成館とは何ですか。
- 史跡の記録は「島津斎彬の創設命名にかかる施設で、軍備充実及び殖産興業のため営んだ、いわば綜合的な工場集団とも称すべきもの」と記します。
基本情報
| 名称 | 旧集成館機械工場(しゅうせいかんきかいこうじょう)/同じ場所が史跡にも指定されている |
|---|---|
| 所在地 | 鹿児島県鹿児島市吉野町9698番地ノ1 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物・近代その他)/国宝ではない/同じ場所は1959年に史跡へも指定 |
| 指定年 | 1962年(昭和37年)6月21日 重要文化財 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 重要文化財の記録は石造、建築面積977.5平方メートル、1階建、桟瓦葺とする。史跡の記録は寄棟造の石造平家建で正面約42間、奥行約7間、極めて細長い建物とし、内部は2室からなるとする。年代は慶応元年(1865年) |
| 所有者 | 株式会社島津興業 |
| 公開状況 | 博物館として使われており、見学は所有者の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 旧集成館機械工場
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/163192
- 文化遺産オンライン 旧集成館 附寺山炭窯跡 関吉の疎水溝
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139834
- 尚古集成館
- https://www.shuseikan.jp/about/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.07