2棟の住宅 ― 1975年に重要文化財

二階堂家住宅(鹿児島県肝属郡)は、鹿児島県肝属郡肝付町大字新富字森ノ下5595番地1にある建造物で、1975年(昭和50年)6月23日に重要文化財に指定された。国宝ではなく、重要文化財としての指定である。

員数は2棟である。名称は二階堂家住宅 おもて なかえとも記され、全角の空白で二つの棟の名が並ぶ。ふりがなも、にかいどうけじゅうたく おもて なかえと、空白ごと再現される。

肝付町は所有者として記録されるが、当サイトの記録では所有者名の欄が空である。

二つの棟で、建てられた年が90年違う

同じ住宅のなかで、時代区分をまたいで年が離れている。

文化遺産オンラインは、年代を、おもて:文化6年(1809年)、なかえ:明治22年(1899年)とする。

90年の開きがある。しかも、おもては江戸、なかえは明治にあたる。

それでいて、時代の欄は江戸である。なかえの年は明治でありながら、区分は江戸のままになっている。

福田家住宅では、主屋が17世紀前期、蔵が1818年と1823年頃で、約200年の開きがあった。あちらはいずれも江戸のうちである。

旧名手本陣妹背家住宅では、一つの主屋の居室部と座敷部で27年違った。本件は棟ごとに分かれ、時代区分をまたぐ点で異なる。

建てられた年が、記録によって三通りになる

おもての年について、記録が食い違う。

文化遺産オンラインは、おもて:文化6年(1809年)と特定する。

一方、肝付町は、はっきりとした建築年代は不明ですが、文化7年(1810年)頃の建築といわれています、と記す。

不明と断ったうえで、1810年頃という伝えを添えている。文化6年と文化7年で1年ずれ、しかも一方は頃が付く。

盛安寺客殿では、同じページの見出しと本文で半世紀ずれていた。羽馬家住宅では、90年幅と12年幅に分かれた。

本件は、確定年、不明という断り、頃を付けた概数の三つが並ぶ。久米寺多宝塔でも、文化庁が伝承、霊場会が確定年だった。あちらは二通りである。

山括弧で、棟ごとに構造が書き分けられる

構造の欄が、二つの部分に分かれている。

文化遺産オンラインは、〈おもて〉:桁行8.9メートル、梁間7.0メートル、寄棟造、茅葺、南面及び東面庇付、竹葺、北面庇附属、竹葺、と記す。

続けて、〈なかえ〉:桁行8.9メートル、梁間6.0メートル、寄棟造、茅葺、おもてとの取合部を含む、とする。

山括弧が棟の名を囲み、そのあとに寸法と構造が続く。桁行はどちらも8.9メートルで等しく、梁間が7.0メートルと6.0メートルで異なる。

刀〈金象嵌銘来国光スリ上/本阿(花押)〉では、山括弧が銘を囲んでいた。日本書紀神代巻〈上下〉では巻の構成を示していた。

本件は棟の名を囲む使われ方になる。山括弧の用法として四通り目にあたる。屋根は本体が茅葺、庇が竹葺で、一棟のなかで葺き方が分かれる。

見学

所在は鹿児島県肝属郡肝付町大字新富字森ノ下5595番地1である。名称の括弧には肝属郡とあり、所在地の欄と一致する。

旧名手本陣妹背家住宅では、名称の括弧が旧地名のままだった。本件は括弧と所在地が食い違わない。

二棟の関係も記される。なかえの構造に、おもてとの取合部を含む、とあり、二棟の接続部をなかえの側に数えている。

肝付町は、「おもて」の棟と「なかえ」の棟からなり、これらが直交した雁行型の寄棟造の二棟造が特長です、と記す。

見学については、肝付町が見学料と開館時間を定めている。大人300円、小人150円、未就学児は無料で、午前8時30分から午後5時まで、年末年始が閉館とされる。料金や時間は変わることがあるため、訪問前に確認したい。

Q&A

Q二階堂家住宅はいつ指定されましたか。
A1975年(昭和50年)6月23日に重要文化財へ指定されました。国宝ではなく重要文化財で、員数は2棟です。
Qいつ建てられたのですか。
A棟によって違います。文化遺産オンラインはおもてを文化6年(1809年)、なかえを明治22年(1899年)とし、90年の開きがあります。
Q肝付町の記録とは違うのですか。
A違います。肝付町は「はっきりとした建築年代は不明ですが、文化7年(1810年)頃の建築といわれています」と記します。
Qどのような構造ですか。
Aおもてが桁行8.9メートル・梁間7.0メートル、なかえが桁行8.9メートル・梁間6.0メートルです。いずれも寄棟造・茅葺で、庇は竹葺です。
Q見学できますか。
Aできます。肝付町は見学料を大人300円、小人150円、未就学児無料とし、開館時間を午前8時30分から午後5時、年末年始を閉館としています。

基本情報

名称二階堂家住宅(鹿児島県肝属郡)(にかいどうけじゅうたく おもて なかえ)/全角の空白で2つの棟名が並ぶ
所在地鹿児島県肝属郡肝付町大字新富字森ノ下5595番地1
指定区分重要文化財(建造物・住居建築)/国宝ではない
指定年1975年(昭和50年)6月23日 重要文化財
員数2棟
寸法おもては桁行8.9メートル、梁間7.0メートル、寄棟造、茅葺、南面及び東面庇付が竹葺、北面庇附属も竹葺。なかえは桁行8.9メートル、梁間6.0メートル、寄棟造、茅葺で、おもてとの取合部を含む。年代はおもてが1809年、なかえが1899年
所有者肝付町。当サイトの記録では所有者名の欄が空
公開状況見学料は大人300円、小人150円、未就学児無料。開館は8.30から17.00で、年末年始は閉館

参考文献

文化遺産オンライン 二階堂家住宅 おもて なかえ
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/177793
肝付町 二階堂家住宅
https://kimotsuki-town.jp/soshiki/rekishiminzoku/1/2/1649.html
肝付町立歴史民俗資料館
https://kimotsuki-town.jp/soshiki/rekishiminzoku/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.10