三重の楼閣 ― 1951年に国宝
本願寺飛雲閣は、京都府京都市下京区堀川通花屋町下る本願寺門前町の本願寺にある建物で、1951年(昭和26年)6月9日に国宝に指定された。それに先立つ1897年(明治30年)12月28日には重要文化財となっている。員数は1棟、指定番号は00005、所有は本願寺である。附指定はない。
文化庁は種別を近世以前/住宅とする。寺の境内にありながら、寺院ではなく住宅の分類である。時代は桃山、年代は桃山/1573年から1614年とする。
寸法は南面および北面25.8メートル、東面11.8メートル、西面12.5メートル、三重、こけら葺である。
東面と西面で0.7メートル違う
寸法の記録に注意したい。
南面と北面は同じ25.8メートルである。ところが東面は11.8メートル、西面は12.5メートルで、0.7メートルの差がある。
南北は揃い、東西は揃わない。旧来この建物は左右非対称と語られてきたが、その非対称は文化庁の寸法欄に数値として現れている。
0.7メートルは、感覚で気づくかどうかという幅である。平面が正確な長方形ではないことになる。
文化庁は理由を記していない。敷地の条件によるのか、意図した設計なのかは、記録からは分からない。
三層それぞれに部屋の名がある
構造及び形式等の欄には、階ごとに部屋の名が列挙されている。
一階は招賢殿、八景之間、船入之間、入側、縁、茶室。二階は歌仙之間、階段、廻縁、中二階階段室。三階は摘星楼、階段室より成る。
上へ行くほど区画が減る。一階に6つ、二階に4つ、三階に2つである。三階は摘星楼と階段室だけになる。
船入之間という名が、使い方を示している。舟が入る部屋という意味であり、水に面した建物であることが名前から読める。
摘星楼は星を摘む楼の意である。三階の名が、高さを言い表している。招賢殿、八景之間、歌仙之間もそれぞれ由来をもつが、文化庁は名を挙げるにとどめている。
南禅寺方丈、瑞巖寺本堂に続き、構造及び形式等の欄に部屋の名が並ぶ例である。ただしこの建物は、階ごとに区画が示される点が異なる。
文化庁の記録にないこと
この建物についても、旧来さまざまな由来が語られてきた。
文化庁の解説文の欄は空である。構造及び形式等と寸法、指定の日付以外に、評価の言葉は記録されていない。
旧来の記述に「聚楽第からの移築」とするものが見られるが、文化庁の記録にこの記載はない。年代欄も「桃山/1573年から1614年」と41年の幅にとどまる。
「金閣・銀閣と並ぶ京都三名閣の一つ」とする記述も見られるが、文化庁の記録に他の建物との比較はない。
本稿は記録に基づき、構造、寸法、部屋の構成を中心に記すにとどめる。
拝観
本願寺は京都市下京区堀川通花屋町下るにある。飛雲閣は通常公開されていない建物であり、拝観の可否は寺の運用による。
特別拝観の期間が設けられることがあるため、訪問前に本願寺の案内で公開の有無を確認したい。
見どころは三層の構成である。一階6区画、二階4区画、三階2区画という減り方と、南北25.8メートルに対して東西が11.8メートルと12.5メートルという平面が、この建物の姿を決めている。
屋根は三重のこけら葺である。こけら葺は薄く割った板を重ねて葺く方法で、瓦でも檜皮でもない。
Q&A
- 本願寺飛雲閣はいつ国宝に指定されましたか。
- 1951年(昭和26年)6月9日です。それに先立つ1897年(明治30年)12月28日に重要文化財となっています。員数は1棟、指定番号は00005、所有は本願寺で、附指定はありません。
- 左右非対称というのは本当ですか。
- 文化庁の寸法欄は南面および北面を25.8メートル、東面を11.8メートル、西面を12.5メートルとします。南北は揃う一方、東西には0.7メートルの差があり、平面が正確な長方形ではありません。理由は記録されていません。
- どのような部屋がありますか。
- 一階は招賢殿、八景之間、船入之間、入側、縁、茶室、二階は歌仙之間、階段、廻縁、中二階階段室、三階は摘星楼と階段室より成ります。上へ行くほど区画が減り、三階は2つだけです。
- なぜ種別が住宅なのですか。
- 文化庁は種別を近世以前/住宅とします。寺の境内にありながら、寺院ではなく住宅として分類されています。船入之間という部屋名も、水に面した建物であることを示しています。
- 聚楽第からの移築ですか。
- 文化庁の解説文の欄は空で、移築についての記載はありません。年代欄も桃山の1573年から1614年と41年の幅にとどまります。本稿は記録に基づき、構造、寸法、部屋の構成を中心に記しています。
基本情報
| 名称 | 本願寺飛雲閣(ほんがんじひうんかく) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市下京区堀川通花屋町下る本願寺門前町 本願寺 |
| 指定区分 | 国宝(建造物・近世以前/住宅)/指定番号00005/附指定はない |
| 指定年 | 1897年(明治30年)12月28日 重要文化財/1951年(昭和26年)6月9日 国宝 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 南面および北面25.8メートル、東面11.8メートル、西面12.5メートル、三重、こけら葺。1階は招賢殿、八景之間、船入之間、入側、縁、茶室、2階は歌仙之間、階段、廻縁、中2階階段室、3階は摘星楼と階段室より成る。桃山時代 |
| 所有者 | 本願寺 |
| 公開状況 | 通常公開されていない。特別拝観の期間が設けられることがある |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 本願寺飛雲閣
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1815
- 本願寺 飛雲閣
- https://www.hongwanji.kyoto/see/hiunkaku.html
- 本願寺 公式サイト
- https://www.hongwanji.kyoto/
- 文化庁 文化財の紹介
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/
最終更新日: 2026.09.05