旧崇広堂:武士教育の息吹が今に残る場所

忍者の里として名高い伊賀上野の城下町。その一角に、江戸時代の教育の姿を今に伝える貴重な遺構が静かに佇んでいます。国史跡・旧崇広堂です。観光客で賑わう忍者博物館や伊賀上野城から少し離れたこの場所には、200年以上前に藩士の子弟たちが学問に励んだ空気が、そのまま残されています。歴史の重みを肌で感じながら、江戸時代の武士教育の世界へ足を踏み入れてみませんか。

崇広堂の誕生:学問への志を込めて

文政4年(1821年)、伊勢津藩10代藩主・藤堂高兌(とうどう たかさわ)によって、崇広堂は創建されました。津にあった藩校・有造館の支校として設立され、伊賀・大和・山城の領地に住む藩士の子弟たちの教育を担いました。本校への通学が困難な地域の子弟たちにも、質の高い教育を届けようという藩主の願いが込められていたのです。

「崇広堂」という名称は、中国の古典『書経』周官篇の一節「功崇惟志、業廣惟勤(功を崇くするは惟れ志なり、業を廣くするは惟れ勤なり)」に由来します。「志を高く持てば功績は上がり、勤勉であれば事業は広がる」という教えは、ここで学ぶ若者たちへの期待を込めたものでした。崇広堂は明治4年(1871年)の廃藩置県まで藩校として機能し、多くの人材を輩出しました。

国史跡指定の理由:全国でも稀少な藩校遺構

昭和5年(1930年)11月19日、旧崇広堂は国の史跡に指定されました。さらに平成6年(1994年)には追加指定を受け、その文化財としての価値が改めて認められています。

江戸時代、全国各地に藩校は存在しましたが、その建物が現存するものは極めて稀です。旧崇広堂は、講堂・門・寮舎などが一体となって残る貴重な事例であり、藩校教育の実態を建築から読み解くことができる稀有な史跡です。三重県内において現存する唯一の藩校建築であることも、その価値を高めています。

創建当時の姿をほぼそのまま残す講堂をはじめ、御成門・表門・有恒寮・小玄関・台所棟などが現存しており、江戸時代の教育施設がどのように構成されていたかを体感することができます。

見どころ:建築と歴史の宝庫

旧崇広堂の中心をなすのは、72畳の広さを誇る講堂です。創建当時そのままの姿を残すこの大広間に立てば、かつて若き藩士たちが儒学の教えを受け、書を学び、武士としての心構えを磨いた厳粛な雰囲気が伝わってきます。木造建築の温かみと、学問の場としての凛とした空気が調和した空間は、時を超えた感動を与えてくれます。

また、歴史資料からは、敷地内にかつて剣術や槍術の道場が併設されていたことが確認できます。藤堂家に代々仕えた剣術指南役・津田家が教えた新陰流の道場もあり、文武両道の教育が実践されていたことがわかります。

そして、この場所で最も注目すべき宝物が、「崇廣堂」と記された扁額です。その揮毫者は、江戸時代屈指の名君として知られる米沢藩主・上杉鷹山(上杉治憲)。質素倹約と産業振興、教育改革によって藩の財政を立て直した鷹山の筆による扁額は、崇広堂の格式を物語る逸品です。

上杉鷹山の偉業:なぜ彼の書が飾られているのか

上杉鷹山は、宝暦元年(1751年)に生まれ、17歳で米沢藩主となりました。当時の米沢藩は膨大な借金を抱え、領民も困窮を極めていましたが、鷹山は自ら率先して質素な生活を送りながら、大胆な財政改革と産業振興を推し進めました。

「なせば成る なさねば成らぬ何事も 成らぬは人のなさぬなりけり」という有名な言葉は、鷹山が家臣に示した教訓です。また、藩校・興譲館を設立して教育を振興するなど、学問を重視した姿勢でも知られています。

崇広堂の扁額に鷹山の書が選ばれたことは、教育を重んじる藩主たちの間に、改革の志を共有するネットワークが存在していたことを示唆しています。米国のジョン・F・ケネディ大統領が「最も尊敬する日本人」として鷹山の名を挙げたというエピソードも、その偉業の国際的な評価を物語っています。

訪問ガイド:赤門をくぐって歴史の世界へ

旧崇広堂を訪れると、まず目に入るのが「赤門」の愛称で親しまれる朱塗りの表門です。この門をくぐると、現代の喧騒から切り離された静謐な空間が広がります。手入れの行き届いた庭園、歴史を刻んだ木造建築の美しさ、そして学問の場としての荘厳な雰囲気が、訪れる人を迎えてくれます。

講堂の縁側に腰掛け、庭を眺めながら過ごす時間は格別です。季節ごとに表情を変える庭の風景、鳥のさえずり、木々を渡る風の音。忙しい日常を忘れ、心静かに歴史と向き合うひとときを過ごすことができます。

現在、旧崇広堂では講話会やコンサート、美術展なども開催されており、文化発信の場としても活用されています。夏の「真夏の夜のステンドグラス展」や「怪談寄席」など、この歴史的空間ならではのユニークなイベントも人気を集めています。

周辺観光:伊賀上野の魅力を満喫

旧崇広堂は、伊賀上野の豊かな観光資源の中に位置しています。すぐ近くには、藤堂高虎が築いた伊賀上野城がそびえ立ちます。高さ約30メートルを誇る高石垣は日本有数の高さを誇り、白く美しい天守閣は「白鳳城」とも呼ばれています。城内は資料館となっており、藤堂家ゆかりの品々を見ることができます。

忍者文化に興味があれば、上野公園内の伊賀流忍者博物館は必見です。くノ一(女忍者)による忍者屋敷の案内や、迫力満点の忍術実演ショー、手裏剣打ち体験など、大人も子どもも楽しめるコンテンツが充実しています。

また、伊賀上野は俳聖・松尾芭蕉の生誕地でもあります。芭蕉の旅姿をかたどった八角形の俳聖殿、芭蕉翁生家、蓑虫庵など、ゆかりの地を巡れば、俳句の世界への理解が深まることでしょう。

城下町の風情が残る街並みの散策もおすすめです。碁盤目状に整備された道は江戸時代の町割りをそのまま残しており、「三重の小京都」とも称されます。町屋を改装したカフェや雑貨店も点在し、伊賀牛や名物の「かたやき」といった地元グルメも楽しめます。

アクセスと訪問のコツ

旧崇広堂へは、伊賀鉄道上野市駅から徒歩約10分。西大手駅からはさらに近く、気軽にアクセスできます。お車の場合は、名阪国道の上野ICまたは上野東ICから約5分です。

ゆったりと歴史に浸りたい方には、午前中の早い時間帯がおすすめです。人も少なく、静かな環境で見学を楽しむことができます。上野公園周辺の観光スポットと組み合わせて、1日かけてじっくり伊賀上野を巡るプランも魅力的です。

専用駐車場はありませんので、お車でお越しの際は上野公園駐車場(有料)など周辺の公共駐車場をご利用ください。

Q&A

Q旧崇広堂とはどのような場所ですか?
A旧崇広堂は、文政4年(1821年)に伊勢津藩10代藩主・藤堂高兌によって創建された藩校(藩士子弟の教育機関)です。国の史跡に指定されており、72畳の講堂をはじめ、創建当時の建物が現存しています。全国的にも稀少な藩校遺構として、江戸時代の教育の姿を今に伝えています。
Q上杉鷹山の扁額が掲げられている理由は?
A上杉鷹山は、江戸時代を代表する名君として知られ、財政破綻寸前だった米沢藩を改革によって立て直しました。教育振興にも熱心で、藩校・興譲館を設立しています。崇広堂の扁額に鷹山の書が用いられたことは、教育を重んじる当時の藩主たちの間に、改革の志を共有するネットワークがあったことを示しています。
Q見学にどのくらい時間がかかりますか?
Aじっくり見学する場合で30分〜1時間程度です。講堂でゆっくり過ごしたり、庭園を眺めたりする時間を含めると、1時間以上かけて楽しむこともできます。近くの伊賀上野城や忍者博物館と組み合わせて、半日〜1日かけて周辺を巡るのもおすすめです。
Q旧崇広堂と忍者の関係は?
A旧崇広堂自体は忍者の訓練施設ではなく、藩士の子弟を教育する学校でした。ただし、伊賀は日本を代表する忍者発祥の地であり、同じ地域で武士の教育と忍者の技術が育まれたという歴史的背景があります。近くの忍者博物館と合わせて訪れることで、伊賀の武の文化をより深く理解することができます。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A四季を通じて楽しめます。春は近くの城址で桜が美しく、秋は紅葉が庭園を彩ります。夏には夜間特別開館やステンドグラス展などのイベントも開催されます。観光客で混雑する主要スポットに比べ、落ち着いた雰囲気で見学できるのも魅力です。

基本情報

名称 史跡旧崇広堂(しせき きゅうすうこうどう)
文化財指定 国史跡(昭和5年11月19日指定、平成6年追加指定)
創建 文政4年(1821年)
創建者 藤堂高兌(とうどう たかさわ)伊勢津藩10代藩主
創建目的 津藩校・有造館の支校として藩士子弟の教育
名称の由来 『書経』周官篇「功崇惟志、業廣惟勤」より
扁額揮毫 上杉鷹山(米沢藩9代藩主)
所在地 〒518-0873 三重県伊賀市上野丸之内78-1
開館時間 9:00〜16:30
休館日 火曜日(祝日を除く)、12月29日〜1月3日
入館料 大人300円(団体200円)、小学生以上高校生以下100円(団体60円)※団体は20名以上
障がい者割引 無料(各種障がい者手帳提示)
アクセス(電車) 伊賀鉄道上野市駅から徒歩約10分
アクセス(車) 名阪国道 上野ICまたは上野東ICから約5分
駐車場 なし(上野公園駐車場(有料)等を利用)
電話 0595-24-6090
管理運営 公益財団法人伊賀市文化都市協会

参考文献

史跡旧崇広堂 | 伊賀上野観光協会
https://www.igaueno.net/?p=102
史跡旧崇広堂 – 施設案内 | 伊賀市文化都市協会
https://www.bunto.com/shisetsu/?p=411
史跡旧崇広堂 | 観光三重
https://www.kankomie.or.jp/spot/3161
崇広堂 | Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/崇広堂
旧崇広堂 | 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/162951
国史跡 旧崇広堂 | 伊賀ポータル
https://www.igaportal.co.jp/store/20814
旧崇広堂庭園 | おにわさん
https://oniwa.garden/sukodo-iga-mie/
上杉鷹山 | 米沢観光NAVI
https://www.yonezawa-kankou-navi.com/person/yozan.html
伊賀名張を歩く | 観光三重
https://www.kankomie.or.jp/special/iganabari/spot/

最終更新日: 2025.12.05

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