明治二十一年、上野の警察署として建てられた

北泉家住宅主屋(旧上野警察署庁舎)は、三重県伊賀市上野丸之内にある明治21年(1888年)建築の木造平屋建の建物で、平成9年(1997年)12月12日に国の登録有形文化財となった(告示は翌平成10年1月8日)。

建築面積は130平方メートル。屋根は瓦葺の寄棟造で、四方に均等に流れる穏やかな屋根面をもつ。ところが入口の上だけは扱いが違う。小さな切妻屋根を正面に突き出し、そこに玄関があることを示す。落ち着いた寄棟の量塊に、鋭い妻面をひとつだけ差し込む。この対比が外観の骨格をつくっている。

壁面に目を移すと、開口部は縦長の上下窓である。障子や引違い戸ではなく、上下に開閉する洋式の窓が並ぶ。しかも一つひとつに独特の小庇が取り付く。加えて隅柱をはじめとする部材には彩色が施されていた。明治21年の伊賀の町で、この外観は明らかに異国のものとして受け取られたはずである。

疑洋風建築と紹介されることが多い。在来の木造技術で育った大工が、図版や伝聞をたよりに西洋の官庁建築を組み立てた結果であり、和にも洋にも収まりきらない。その収まりきらなさが、いま評価される理由になっている。

建設地は現在地ではない。もとは上野城内の東大手にあり、昭和13年(1938年)に丸之内の現在地へ移築された。

「造形の規範となっているもの」という登録理由

登録有形文化財は、重要文化財や国宝とは別の制度である。指定制度が国の選定によって強い規制と手厚い修理補助を伴うのに対し、登録制度は平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられた、届出を基本とするゆるやかな枠組みで、築後おおむね50年を経た建造物を広く対象とする。外観を大きく変更する際に届け出れば、所有者は活用の自由をかなりの程度保つ。

本件の登録基準は「造形の規範となっているもの」。文化庁データベースの解説文は、その理由を短く記す。三重県内各地の警察署庁舎の範となったといわれる建物である、と。一つの郡部の町に建った庁舎が、県内の他の町の手本になった。

登録番号は24-0014、三重県で14番目、全国では第7回登録にあたる。登録制度の発足から一年半ほどしか経っていない時期である。明治の官庁建築の大半がすでに失われていた1990年代後半に、この建物を早い段階で拾い上げた判断は的確だった。

そして、この制度の軽さが建物のその後を決めている。指定文化財であれば、昭和13年に個人住宅へ転用することも、令和8年(2026年)に展示施設へ改装することも容易ではなかった。使われ続けることを許す仕組みが、結果としてこの建物を残した。

令和八年、伊賀陶芸館「丸之内倶楽部」として開く

戦後長らく、この建物は個人の住まいであった。観光情報の多くはいまも「一般住宅につき外部からのみ見学可」と記している。状況が変わったのは2026年4月13日である。伊賀陶芸館「丸之内倶楽部」として改装され、開館した。

きっかけは、伊賀在住の陶芸家が抱いた不足感だった。鎌倉時代以来の焼物の産地でありながら、いま作陶している作家の作品をまとめて常設で見られる場所が伊賀にない。以前から気に入っていたこの建物に目を留め、所有者に打診したところ、主屋の保存活用を望んでいた所有者の賛同を得た。建物は十年ほど誰も住んでいなかったという。2025年秋に改装へ着手し、内壁とトイレを修復、部屋をつなげて展示空間を確保し、台所を厨房に改め、外壁を塗り直した。

館内には伊賀焼の作家ら15人ほどの作品が並び、購入もできる。ティールームを併設する。入館無料、開館は午前11時から午後5時、水曜と木曜が休館。開設からまだ日が浅く、個人運営の施設でもあるため、訪問前に確認しておきたい。伊賀市教育委員会文化財課(0595-47-1285)でも案内を受けられる。

外観の撮影は道路から自由に行える。館内は販売作品を展示しているので、現地の指示に従うこと。

交通は良い。伊賀鉄道の西大手駅から徒歩約1分、距離にして65メートルほど。伊賀観光の起点となる上野市駅からも徒歩10分足らずである。上野公園の縁にあたり、復興天守、伊賀流忍者博物館、芭蕉翁記念館はいずれも数分の距離にある。わざわざ足を延ばす場所ではなく、既存の散策路の途中に組み込める。

名称について一点。案内板や地図には、北泉家住宅主屋、旧上野警察署庁舎、丸之内倶楽部のいずれかが記されている。作られた時期が違うだけで、指しているのは同じ一棟である。

Q&A

Q北泉家住宅主屋(旧上野警察署庁舎)は内部を見学できますか。開館時間と入館料は。
A2026年4月13日から伊賀陶芸館「丸之内倶楽部」として公開されています。入館無料、午前11時から午後5時まで、水曜・木曜が休館です。それ以前は個人の住宅で外観のみの見学だったため、古い観光情報には「内部非公開」と記載されたままのものがあります。
Q北泉家住宅主屋(旧上野警察署庁舎)へのアクセス方法を教えてください。
A所在地は三重県伊賀市上野丸之内1-2です。伊賀鉄道伊賀線の西大手駅から徒歩約1分、上野市駅からも徒歩10分足らずで着きます。車の場合は上野公園周辺の有料駐車場を利用します。
Q北泉家住宅主屋はなぜ「旧上野警察署庁舎」とも呼ばれるのですか。
A明治21年(1888年)に上野の警察署庁舎として、上野城内の東大手に建てられたためです。昭和13年(1938年)に現在地へ移築され、その後は北泉家の住宅として使われました。文化財としての登録名称は住宅名を主とし、旧用途を括弧で添える形になっています。
Q北泉家住宅主屋(旧上野警察署庁舎)は重要文化財や国宝ですか。
Aいずれでもなく、登録有形文化財です。平成8年の文化財保護法改正で設けられた別枠の制度で、外観の大きな変更に届出を求める一方、規制と補助は指定文化財より軽く設定されています。この軽さが、住宅から展示施設への転用を可能にしました。
Q北泉家住宅主屋(旧上野警察署庁舎)の見どころはどこですか。
A三点あります。寄棟造の大屋根に対して入口だけ小さな切妻屋根を突き出す構成、縦長の上下窓に一つずつ付く小庇、そして隅柱などに施された彩色です。明治21年の在来大工が、和の材料と技術で洋風官庁建築の像をどう組み立てたかが読み取れます。

基本情報

名称北泉家住宅主屋(旧上野警察署庁舎)/きたいずみけじゅうたくしゅおく
所在地三重県伊賀市上野丸之内1-2
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 24-0014 登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成9年(1997年)12月12日登録/平成10年(1998年)1月8日告示
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積130平方メートル。明治21年(1888年)建築、昭和13年(1938年)移築
所有者個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況2026年4月13日より伊賀陶芸館「丸之内倶楽部」として公開。入館無料、11時から17時、水曜・木曜休館。変更の可能性があるため事前確認を推奨

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース ― 北泉家住宅主屋(旧上野警察署庁舎)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000412
文化遺産オンライン ― 北泉家住宅主屋(旧上野警察署庁舎)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/165722
観光三重 ― 北泉家住宅主屋(旧上野警察署庁舎)
https://www.kankomie.or.jp/spot/3090
伊賀タウン情報YOU ― 焼物の魅力発信拠点に 文化財で常設展示 伊賀・丸之内倶楽部(2026年4月26日)
https://www.iga-younet.co.jp/2026/04/26/114105/

最終更新日: 2026.08.10