1棟の仏堂 ― 2017年に国宝
専修寺御影堂は、三重県津市一身田町にある江戸時代中期の建造物で、1961年(昭和36年)6月7日に重要文化財となり、2017年(平成29年)11月28日に国宝に指定された。員数は1棟、所有は宗教法人専修寺である。
この二つの日は、同じ寺の専修寺如来堂とまったく同じである。二棟が二段階とも同じ日に指定されている。
年代の欄は1666年とする。文化庁は、津藩主藤堂家の庇護のもと寛文六年(1666年)に建立された、我が国に現存する近世建築において屈指の規模を有する大型仏堂である、と記す。
桁行も梁間も九間で、正方形である
専修寺御影堂の平面の数字は、縦横で揃っている。
桁行九間、梁間九間、一重、入母屋造、とある。どちらも九間である。
園城寺金堂は七間と七間、園城寺新羅善神堂は三間と三間、大笹原神社本殿も三間と三間だった。いずれも正方形の平面である。
九間と九間は、ここまで扱ったなかで最も大きい正方形になる。
同じ寺の専修寺如来堂は、桁行五間、梁間四間で揃っていない。金剛峯寺不動堂は、左右の脇間の大きさまで違っていた。
一つの寺で、正方形の堂と揃わない堂が並び建っていることになる。
「指標となる」という評価の言い方
専修寺御影堂の評価は、他を測る役割として述べられる。
近世仏堂の大型化や多様化の指標となる大規模建築として、深い文化史的意義を有している、とある。
指標である。何かを測るための目盛りとして位置づけられている。
明王院本堂は、様式混合の時期を示す基準となる作である、とされた。基準という語である。
大笹原神社本殿は、中世の神社建築としてもっとも傑作の一である、とされた。最上級と限定が同居する言い方である。
本件は指標という語を使う。ものさしとしての評価に、三つ目の言い方が加わったことになる。
伽藍は、長い時間をかけて整えられた
専修寺御影堂を含む寺の建物が順に建った経過も記される。
現在の伽藍は万治元年(1658年)の寺地拡大ののちに順次整えられた、とある。
御影堂の建立は1666年で、寺地の拡大から8年後になる。
専修寺如来堂の年代の欄は1748年である。寺地拡大から90年、御影堂から82年が経っている。
同じ伽藍の中枢をなす二棟が、80年以上離れて建てられたことになる。
浄土寺では、1325年の火災のあと多宝塔が1329年、本堂が1345年に再建され、16年の開きがあった。本件はそれよりはるかに長い。
参拝
所在は三重県津市一身田町で、所有は宗教法人専修寺である。境内に建つ建物であり、外観は参拝の際に見ることができる。
内部についても記される。壮大な堂内は、建登せ柱や組物などを、その構造特性や意匠性に配慮して効率的かつ効果的に配置し、優れた大空間を実現している、とある。
建登せ柱は、下から上まで通した長い柱をいう。大きな空間を支えるための工夫である。
装飾についても、多彩な装飾を施した荘厳な内陣など、各所に壮麗な信仰の空間を創出する、とされる。
評価は、阿弥陀信仰の広がりの中で独自の発展を遂げた高田派の仏堂の特徴を明瞭に示し、と続く。内部の拝観については寺の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 専修寺御影堂はいつ指定されましたか。
- 1961年(昭和36年)6月7日に重要文化財、2017年(平成29年)11月28日に国宝へ指定されました。同じ寺の如来堂も二段階とも同じ日です。
- どのような平面ですか。
- 桁行9間、梁間9間で正方形です。ここまで扱ったなかで最も大きい正方形の平面にあたります。同じ寺の如来堂は桁行5間、梁間4間で揃っていません。
- いつ建てられたのですか。
- 文化庁は「津藩主藤堂家の庇護のもと寛文六年(1666年)に建立された」と記します。万治元年(1658年)の寺地拡大から8年後にあたります。
- 如来堂とはどれくらい離れて建てられたのですか。
- 如来堂の年代の欄は1748年で、御影堂の1666年から82年が経っています。同じ伽藍の中枢をなす二棟が、80年以上離れて建てられています。
- 何が評価されているのですか。
- 文化庁は「近世仏堂の大型化や多様化の指標となる大規模建築として、深い文化史的意義を有している」と記します。他を測る目盛りとして位置づけられています。
基本情報
| 名称 | 専修寺御影堂(せんじゅじみえいどう)/同じ寺の専修寺如来堂も国宝 |
|---|---|
| 所在地 | 三重県津市一身田町 |
| 指定区分 | 国宝(建造物・宗教建築) |
| 指定年 | 1961年(昭和36年)6月7日 重要文化財/2017年(平成29年)11月28日 国宝 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行9間、梁間9間、一重、入母屋造、背面軒下張出付、向拝3間、東面張出付、桁行1間、梁間1間、入母屋造、妻入、本瓦葺。年代の欄は1666年で、万治元年の寺地拡大から8年後にあたる。時代は江戸中期 |
| 所有者 | 宗教法人専修寺 |
| 公開状況 | 境内に建つ建物で、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は寺の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 専修寺御影堂
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/146491
- 文化遺産オンライン 専修寺如来堂
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/174532
- 津市 高田本山専修寺
- https://www.info.city.tsu.mie.jp/www/senjuji/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.06