1棟の仏堂 ― 2017年に国宝
専修寺如来堂は、三重県津市一身田町にある江戸時代中期の建造物で、1961年(昭和36年)6月7日に重要文化財となり、2017年(平成29年)11月28日に国宝に指定された。員数は1棟、所有は宗教法人専修寺である。
重要文化財から国宝まで56年が経っている。2017年11月28日の国宝は、北海道白滝遺跡群出土品の2023年に次いで新しい。
構造は桁行五間、梁間四間、一重もこし付、入母屋造、本瓦葺である。年代の欄は1748年とする。
外は禅宗様、内は真宗本堂である
様式が、外側と内側で分かれている。
文化庁は、外観を禅宗様とする一重裳階付形式の仏堂として我が国で現存最大級の規模をもち、と記す。
続けて、一方で、内部の平面構成は真宗本堂に一般的な形式を保持しており、巧妙な軸部構成により独創的で斬新な内部空間を構築している、とする。
外から見れば禅宗の様式、内に入れば真宗の本堂の形である。
崇福寺大雄宝殿では、初重が明末清初の影響、上の重が和様と、階で様式が分かれていた。浄土寺本堂では、和様に唐様と天竺様が混ぜられていた。
本件は、外皮と中身で分かれている。同じ建物で、外と内が別の系統に属している。
記録自身が、隣の堂と対比している
評価の一文に、別の建物との比較が含まれる。
和様を基調とする御影堂と明瞭な対比をみせる、とある。
専修寺御影堂も同じ寺の国宝である。1961年6月7日の重要文化財、2017年11月28日の国宝で、如来堂と二段階とも同じ日である。
その御影堂が和様、如来堂が禅宗様とされ、記録が二棟を並べて対比している。
崇福寺大雄宝殿と崇福寺第一峰門は、同じ解説文を共有していた。赤絲威鎧は春日大社の同名の鎧と東西の双璧とされた。
本件は、同じ寺の二棟が様式の違いで対比される。両堂により壮大な本山伽藍の中枢をなしている、とも記される。
費用の出所も、二棟で違う
誰の力で建ったかが、それぞれの記録に書かれている。
如来堂については、門信徒からの寄進により建立され、とある。
御影堂については、津藩主藤堂家の庇護のもと寛文六年(1666年)に建立された、とされる。
一方は信徒からの寄進、他方は藩主の庇護である。同じ寺の二棟で、費用の出所が分かれている。
大善寺本堂では、甲斐と信濃の二国から家ごとに十文を徴収したことが記録されていた。歓喜院聖天堂では、庶民信仰によって実現したとされた。
本件は、二棟を並べたときに出所の違いが見える例になる。
参拝
所在は三重県津市一身田町で、所有は宗教法人専修寺である。境内に建つ建物であり、外観は参拝の際に見ることができる。
工期についても記される。発願から25年後の延享元年(1744年)に上棟された、とある。
発願から上棟まで25年である。大善寺本堂は着手から落成まで6年だった。本件のほうがはるかに長い。
ただし発願の年は書かれていない。年代の欄は1748年で、上棟の1744年とは4年の差がある。上棟と完成の違いと読める。
評価は、我が国の近世寺院建築における到達点を示す貴重な遺構として、深い文化史的意義を有している、とされる。内部の拝観については寺の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 専修寺如来堂はいつ指定されましたか。
- 1961年(昭和36年)6月7日に重要文化財、2017年(平成29年)11月28日に国宝へ指定されました。あいだは56年で、同じ寺の御影堂も二段階とも同じ日です。
- どのような様式ですか。
- 外と内で違います。文化庁は「外観を禅宗様とする一重裳階付形式の仏堂」としつつ、「内部の平面構成は真宗本堂に一般的な形式を保持しており」と記します。
- 御影堂との違いは何ですか。
- 文化庁は「和様を基調とする御影堂と明瞭な対比をみせる」と記します。御影堂が和様、如来堂が禅宗様で、記録が二棟を並べて対比しています。
- 誰が建てたのですか。
- 文化庁は如来堂を「門信徒からの寄進により建立され」とし、御影堂を「津藩主藤堂家の庇護のもと」とします。同じ寺の二棟で費用の出所が分かれています。
- 建てるのにどれくらいかかったのですか。
- 文化庁は「発願から25年後の延享元年(1744年)に上棟された」と記します。ただし発願の年は書かれていません。年代の欄は1748年です。
基本情報
| 名称 | 専修寺如来堂(せんじゅじにょらいどう)/同じ寺の専修寺御影堂も国宝 |
|---|---|
| 所在地 | 三重県津市一身田町 |
| 指定区分 | 国宝(建造物・宗教建築) |
| 指定年 | 1961年(昭和36年)6月7日 重要文化財/2017年(平成29年)11月28日 国宝 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行5間、梁間4間、一重もこし付、入母屋造、もこし背面すがる破風付葺きおろし、もこし正面向拝3間、軒唐破風付、本瓦葺。年代の欄は1748年で、発願から25年後の1744年に上棟された。時代は江戸中期 |
| 所有者 | 宗教法人専修寺 |
| 公開状況 | 境内に建つ建物で、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は寺の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 専修寺如来堂
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/174532
- 文化遺産オンライン 専修寺御影堂
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/146491
- 津市 高田本山専修寺
- https://www.info.city.tsu.mie.jp/www/senjuji/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.06