三棟のうち、通りから見える唯一の建物

下津家住宅長屋門(しもずけじゅうたくながやもん)は、三重県津市一身田町字寺町にある江戸末期(1830年から1868年頃)の長屋門で、平成26年(2014年)4月25日に登録有形文化財(建造物)となった。文化庁の国指定文化財等データベースは、木造平屋建、瓦葺、建築面積65平方メートル、平成21年(2009年)改修、員数1棟と記録する。

この敷地では平成26年に三棟がまとめて登録された。大正期の離れ珂雪園と、庭内に建つ8平方メートルの外待合は、いずれも塀の内側にあって通行人の目には触れない。長屋門だけが例外である。真宗高田派本山専修寺の門前を東西に走る通りに北面し、徒歩で参詣に向かう者はその全長に沿って歩くことになる。

長屋門は、独立した門ではなく、細長い建物の一部を刳り抜いて門口とする形式をとる。武家屋敷に始まり、門口の両脇は家臣の部屋や納戸、厩などに充てられた。境界の塀と居住部分が一つの構造物になっている。65平方メートルという建築面積は門としては大きいが、その大半は門口ではなく長屋の部分である。

屋根は入母屋造、葺材は桟瓦。入母屋は切妻より格上とされる屋根形式であり、桟瓦は江戸期に普及した一枚物の軽量な瓦である。いずれも、武家でも公家でもない家が建てうる範囲の、上限に近い選択と言ってよい。

窓という語彙

この建物が読めるようになるのは正面である。門口は西寄りに設けられ、板扉を吊る。その西脇に潜りが開く。日常は潜りを使い、儀礼や大きな出入りのときに板扉を開ける。寺院の山門や城門と同じ論理を、一軒の屋敷の寸法に落とし込んだものだ。

腰は簓子下見板張。横板を張り、簓子と呼ばれる刻みを入れた竪桟で押さえる仕上げで、武家屋敷や土蔵に多い。耐久性が高く、正面に強い横方向の縞を与えるため、遠目にもよく効く。

そして開口部である。門口の両脇には物見格子が設けられ、内側から門前の様子を確認できる。正面にはさらに与力窓と無双窓が配される。与力窓は縦の桟を粗く並べた窓で、江戸の職制における与力にその名が由来する。無双窓は固定の竪羽目と可動の竪羽目を重ね、片方を滑らせるだけで格子状の開口が板壁に変わる仕組みをもつ。

並べてみれば、これらはすべて視線を制御する装置である。内から外は見え、外から内は見えにくい。しかも用いられている語彙は、町家のそれではなく、武家と役所の建築から来ている。誰が住んでいる家なのかを、正面が申告している。

寺侍という身分と、寺内町の骨格

文化庁の解説文は、この長屋門が「寺内町の寺侍の屋敷構えを良好に伝える」と評価する。短い一文だが、背後にある社会史は薄くない。

寺内町は、浄土真宗の寺院を核として成立した自治都市を指す。多くは環濠をめぐらせ、領主の支配とは別の原理で町の運営が行われた。一身田はその形をよく残す例で、旧町域をほぼ一周する濠が現在も追える。中心の専修寺は所領と財政と行政実務をもつ大規模な宗教機関であり、その規模の組織は、実務を担う侍身分の家臣を抱えた。

寺侍とは、したがって、身分と作法は武士でありながら、仕える先が大名ではなく寺院である者を指す。長屋門はその両義性をそのまま形にしている。意匠の語彙は武家のものであり、住所は門前町の通りであり、正面が向いているのは城ではなく本山の参道である。

年代は江戸末期、1830年から1868年の間とされる。徳川政権の最後の四十年ほどに当たる。平成21年(2009年)に改修が行われ、その五年後に登録された。老朽化した建物に手を入れる過程でその価値が評価され、評価が登録につながる。地方の登録有形文化財にはよくある順序である。

一身田を歩く ― 見学と経路

長屋門の外観は、町並みの一部であるから、いつでも無料で通りから見ることができる。ただしその奥は個人の住宅であり、内部の公開はなく、見学施設もない。公道からの撮影に制限はないが、寺町は幅の狭い生活道路である。静かに通り過ぎるのが妥当な作法だろう。

専修寺までは徒歩数分、拝観料は不要で、両御堂は早朝から午後半ばまで開かれている。御影堂と如来堂は平成29年(2017年)11月28日に国宝建造物に指定された。三重県で初めての建造物の国宝であり、県内では54年ぶりの国宝指定でもあった。寛文6年(1666年)に完成した御影堂は畳780枚を敷き、延享元年(1744年)に上棟した如来堂は門信徒の寄進によって建てられ、外観に禅宗様をとりながら平面は真宗本堂の形式を保つ。境内にはこのほか11棟の重要文化財が建ち並ぶ。

最初に立ち寄るなら、専修寺の南東にある一身田寺内町の館がよい。入館無料で、寺内町の成り立ちを模型とパネルで解説し、地元のほっとガイド会への申し込みも受け付ける。周囲の路地に残る門や外壁が、どの時代のものかを歩きながら教えてもらえる。旧町域を一巡するなら、急がずに一、二時間を見ておきたい。

最寄りはJR紀勢本線の一身田駅で徒歩10分足らず。伊勢鉄道の東一身田駅も同程度、近鉄名古屋線の高田本山駅からは15分ほどである。専修寺の駐車場は境内の西側にあるため、車で訪れる場合は駅からの経路とは逆向きに寺内町を歩くことになる。

Q&A

Q下津家住宅長屋門は見学できますか。
A外観であれば通りから自由に見ることができます。専修寺の門前通りに北面しており、時間の制限も料金もありません。ただし奥の住宅は個人所有で非公開のため、内部の見学はできません。
Q下津家住宅長屋門はいつ建てられたものですか。
A江戸末期、1830年から1868年頃の建築とされます。平成21年(2009年)に改修が行われ、平成26年(2014年)4月25日に登録有形文化財となりました。登録番号は24-0168です。
Q下津家住宅長屋門の見どころはどこですか。
A入母屋造桟瓦葺の屋根、西寄りの門口に吊られた板扉とその脇の潜り、簓子下見板張の腰、そして開口部です。門口両脇の物見格子に加え、与力窓と無双窓が正面に配されています。
Q下津家住宅長屋門が伝える「寺侍」とは何ですか。
A寺院に仕えた侍身分の家臣を指します。文化庁の解説文は、この長屋門が寺内町における寺侍の屋敷構えを良好に伝えると評価しています。
Q下津家住宅長屋門へのアクセスと周辺の見どころを教えてください。
A三重県津市一身田町字寺町749、JR紀勢本線一身田駅から徒歩10分足らずです。徒歩数分の専修寺は拝観無料で国宝2棟を有し、無料の一身田寺内町の館では地図やボランティアガイドの案内が受けられます。

基本情報

名称下津家住宅長屋門(しもずけじゅうたくながやもん)
所在地三重県津市一身田町字寺町749
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 24-0168
指定年平成26年(2014年)4月25日登録(第77回)
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積65平方メートル
所有者個人(文化庁データベースでは非公表)
公開状況外観のみ公道から見学可(住宅内部は非公開)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「下津家住宅長屋門」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009978
文化遺産オンライン「下津家住宅長屋門」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/241745
三重県「専修寺御影堂・如来堂の国宝指定について官報告示されました」
https://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/m0046300076.htm
津市観光協会「一身田寺内町の館」
https://tsukanko.jp/spot/s762/

最終更新日: 2026.08.07