多賀城創建期の瓦を焼いた窯跡 ― 1976年に史跡

大吉山瓦窯跡は、宮城県大崎市古川小林字浦越にある窯跡で、1976年(昭和51年)3月31日に国の史跡に指定された。管理団体は大崎市である。

大崎市によれば、この遺跡は1972年(昭和47年)に開田に伴う農道工事が行われた際に発見された。そのとき出土した重弁蓮華文軒丸瓦が、多賀城跡から出土した創建期の瓦と同じタイプであった。

そこから、多賀城の創建時にふかれた瓦を生産した窯の一つであることが明らかになった。宮城県は、この窯の製品が創建時の多賀城・多賀城廃寺などに供給されており、古代陸奥国の官窯として設置されたものと考えられるとする。

指定から45年後に初めて発掘された

この遺跡の記録は、二つの時点で大きく異なる。

宮城県の記載はこうである。5基ほどが並んでいるものと見られている。未調査なので詳細は不明であるが、断面観察の結果、窯の構造は地下式窖窯と推定される。

史跡に指定されながら、長く発掘されていなかった。基数も「5基ほど」と幅をもち、構造も断面の観察からの推定にとどまっていた。

大崎市によれば、令和3年度から5年度(2021年度から2023年度)にかけて、本遺跡ではじめてとなる発掘調査が行われた。1976年の指定から45年が経っている。

調査の結果、瓦を作った窯が6基と木炭を作った窯が1基見つかった。窯のまわりには灰原があり、窯からかき出した灰や失敗品の瓦が見つかった。

推定は「5基ほど」、実際は瓦窯6基に木炭窯1基。推定より多く、しかも瓦以外の窯も含まれていた。

多賀城にない瓦が出た

大崎市は、この調査の大きな成果として一点の瓦を挙げる。

平瓦の凸面、すなわち瓦を屋根にふいた際に下になる面に、蓮の花が陽刻された陽出蓮華文平瓦が出土した。瓦の表面いっぱいに蓮の花の模様が規則的につけられている。

大崎市はこう記す。このような模様のある瓦は多賀城では見つかっていない新種の瓦である。

多賀城に瓦を供給した窯から、多賀城にない瓦が出た。この窯の製品が多賀城だけに向けられていたわけではないことを示す。

大崎市は続けて、今後、多賀城や本遺跡の周辺の遺跡で調査が進めば、この瓦がどこへ運ばれて使われたかが分かるかもしれないとする。行き先はまだ分かっていない。

採集された瓦に文字がある

宮城県は、採集された遺物として重弁蓮華文軒丸瓦、アーチ形の蓮華文鬼板、平瓦、丸瓦を挙げる。

そのうち鬼板の左脚部には「小田建万呂」の陽刻がある。人名が瓦に刻まれている。

また丸瓦には「下」「毛」の箆書が認められる。箆書は焼く前の粘土にへらで書いたものである。

陽刻と箆書では、記す時点も方法も違う。陽刻は型に彫り込んで焼き出すもので、箆書は成形後に書き入れる。宮城県はこれらが何を意味するかまでは記していない。

立地については、江合川に沿って南東に延びる標高約50メートルの丘陵東側斜面とされる。斜面を利用した地下式の窖窯が推定されている。

見学

宮城県は見学について自由と記す。屋外の遺跡であり、立ち入りに制限はない。

ただし発掘調査は2023年度に終わっており、調査後の現地がどう整備されているかは変わる可能性がある。訪問前に大崎市の案内で現在の状況を確認したい。

出土した瓦は現地ではなく、東北歴史博物館などで保管・展示されている場合がある。陽出蓮華文平瓦を見たい場合は、施設の側を調べることになる。

交通は東北自動車道の古川インターチェンジから車で10分、東北新幹線の古川駅から車で15分である。

Q&A

Q大吉山瓦窯跡はいつ史跡に指定されましたか。
A1976年(昭和51年)3月31日です。管理団体は大崎市で、所在は宮城県大崎市古川小林字浦越。1972年に開田に伴う農道工事の際に発見された遺跡です。
Qどのような窯だったのですか。
A宮城県は、この窯の製品が創建時の多賀城・多賀城廃寺などに供給されており、古代陸奥国の官窯として設置されたものと考えられるとします。発見時に出土した重弁蓮華文軒丸瓦が、多賀城跡から出土した創建期の瓦と同じタイプでした。
Q窯は何基あるのですか。
A宮城県は「5基ほどが並んでいるものと見られている。未調査なので詳細は不明である」としますが、大崎市によれば2021年度から2023年度の発掘調査で瓦を作った窯が6基と木炭を作った窯が1基見つかりました。推定より多く、瓦以外の窯も含まれていました。
Q発掘で何が分かったのですか。
A大崎市は、平瓦の凸面に蓮の花が陽刻された「陽出蓮華文平瓦」が出土したことを大きな成果とし、このような模様のある瓦は多賀城では見つかっていない新種の瓦であると記します。この瓦がどこへ運ばれて使われたかは、まだ分かっていません。
Q見学できますか。
A宮城県は見学を自由としています。屋外の遺跡ですが、発掘調査後の現地の整備状況は変わる可能性があるため、訪問前に大崎市の案内で確認してください。出土した瓦は東北歴史博物館などで保管・展示されている場合があります。

基本情報

名称大吉山瓦窯跡(だいきちやまかわらがまあと)
所在地宮城県大崎市古川小林字浦越
指定区分史跡(記念物)
指定年1976年(昭和51年)3月31日 史跡
員数文化庁データベースの員数欄は空欄
寸法江合川に沿って南東に延びる標高約50メートルの丘陵東側斜面に立地する。宮城県は5基ほどと見て地下式窖窯と推定するが、大崎市によれば発掘調査で瓦窯6基と木炭窯1基が確認された。奈良時代
所有者管理団体は大崎市
公開状況宮城県は見学を自由とする。屋外の遺跡

参考文献

文化遺産オンライン 大吉山瓦窯跡
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137684
宮城県 指定文化財〈史跡〉大吉山瓦窯跡
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/bunkazai/kuni-siseki17.html
大崎市 大吉山瓦窯跡 新たに見つかった謎の瓦
https://www.city.osaki.miyagi.jp/shisei/soshikikarasagasu/kyoikuiinkaijimukyoku/bunkazaika/oosakinotakara/19440.html
東北歴史博物館 多賀城跡の解説
https://www.thm.pref.miyagi.jp/kenkyusyo/explanation_tagajoato.html

最終更新日: 2026.09.04