鳥羽山洞窟:古代日本の葬送儀礼を伝える貴重な史跡
長野県上田市、依田川の清流を見下ろす断崖に口を開ける鳥羽山洞窟。この国指定史跡は、古墳時代に行われた独特の葬送儀礼「曝葬」の痕跡を今に伝える、日本でも稀有な考古学遺跡です。内陸部にありながら海人(あま)との関連が指摘されるこの神秘的な洞窟は、古代日本の文化交流や人々の移動を考える上で、極めて重要な手がかりを提供しています。
鳥羽山洞窟とは
鳥羽山洞窟(とばやまどうくつ)は、標高843.9メートルの鳥羽山西側斜面の断崖に位置する洞窟遺跡です。千曲川の支流である依田川右岸に面し、川床から約15メートルの高さに西向きに開口しています。間口約25メートル、奥行約15メートルの規模を持ち、開口部より奥行きが狭い「半洞窟」的な様相を呈しています。
この洞窟は、頁岩質礫岩の露頭に形成された自然の空洞であり、地元では古くから「勝手岩」と呼ばれ、人々に親しまれてきました。依田川の名勝「飛魚(とびうお)」付近に位置し、武石川が依田川に合流する地点の近くにあります。周囲には鳥羽山の岩肌がそびえ、その中でひときわ大きな口を開けているのがこの洞窟です。
国指定史跡となった理由
鳥羽山洞窟は、1972年(昭和47年)に「鳥羽山洞穴遺跡」の名称で長野県指定史跡となり、1978年(昭和53年)1月27日には国の史跡に指定されました。この指定の背景には、複数の時代にわたる顕著な遺構・遺物の存在と、古墳時代における独特の葬送儀礼の発見があります。
最も注目されるのは、古墳時代中期(5世紀中頃)に行われていた「曝葬(ばくそう)」と呼ばれる埋葬方法です。通常、この時代の有力者は古墳と呼ばれる墳墓に埋葬されましたが、鳥羽山洞窟を利用した人々は、遺体を埋めずに洞窟内の石敷きの上に安置するという、全く異なる葬法を実践していました。
この曝葬は、沖縄や東南アジアにかけて見られる崖葬(がいそう)と類似しており、日本の内陸部でこのような葬法が確認されたことは極めて珍しく、考古学的に大きな意義を持っています。
発掘調査と出土遺物
1966年(昭和41年)、当時長野県丸子実業高等学校(現・長野県丸子修学館高等学校)に勤務していた関孝一氏と同校生徒らが依田川流域の遺跡調査を行っていた際、この洞窟から多量の土器類が散布しているのを発見しました。この発見を契機に、丸子町教育委員会を調査主体として、関孝一氏と國學院大學の永峯光一教授を主任とする調査団が組織されました。
1966年から1968年にかけて計3次にわたる発掘調査が実施され、縄文時代から近世に至る幅広い年代の遺構と遺物が出土しました。特に注目されたのは、洞窟内一面に広がる古墳時代の敷石遺構です。依田川の河原石を用い、洞奥中央部から岩庇線まで扇形に敷き詰められたこの遺構は、傾斜面に沿って4段5面のテラス状に構築されています。
検出された人骨には3つの類型があります。石敷面上あるいは石囲い中に安置された状態のもの、複数の人骨が集積された状態のもの(主に脛骨を束ねた集骨)、そして細かく砕けた焼骨群です。これらは曝葬の様々な段階や変容を示すものと考えられています。
出土した副葬品は多種多様で、土師器・須恵器などの土器類、鉄剣・鉄斧・馬具・工具などの鉄器類、滑石製の勾玉や小玉、ガラス製小玉、琴柱型石製品、石釧、銅釧などが含まれます。特に、二重𤭯(はそう)と呼ばれる特殊な須恵器や、意図的に折り曲げられた鉄剣などは、祭祀・儀礼的な性格を示す重要な遺物として注目されています。
海人集団との関連性
鳥羽山洞窟で確認された曝葬という葬法は、和歌山県田辺市の磯間岩陰遺跡、神奈川県三浦市の大浦山洞窟遺跡、千葉県館山市の大寺山洞穴遺跡など、太平洋沿岸の海蝕洞窟で行われていた葬送事例と多くの類似点を持っています。
調査を行った関孝一氏は、これらの沿岸部の事例との比較から、長野県小県郡という内陸部にも海人集団が進出してきた可能性を指摘しています。出土品の中にハマグリの貝殻が含まれていることも、この仮説を裏付ける証拠のひとつです。
この発見は、古墳時代における人々の移動や文化交流が、従来考えられていたよりも活発であった可能性を示唆しており、古代日本社会の理解に新たな視点を提供しています。
鳥羽山洞窟の見学
鳥羽山洞窟は、上田市腰越地区の鳥羽山山麓に位置しています。依田川の名勝「飛魚」付近にあり、武石川が依田川に合流する地点の近くです。対岸からは断崖に大きく口を開けた洞窟の姿を望むことができます。
洞窟は川床から約15メートルの高さにあり、また貴重な遺跡を保護するため、洞窟内部への直接のアクセスは制限されています。しかし、対岸や周辺の地点から、その壮大な景観を楽しむことができます。
出土遺物をご覧になりたい方には、上田市立丸子郷土博物館の訪問をお勧めします。同館では、鳥羽山洞窟から出土した土器類、鉄器、装身具などの副葬品が展示されており、曝葬についての詳しい解説も行われています。
周辺の観光スポット
鳥羽山洞窟の見学と併せて、丸子地域の魅力的な観光スポットを訪れることができます。この地域は複数の温泉地に恵まれ、古くから湯治場として多くの人々に親しまれてきました。
鹿教湯温泉(かけゆおんせん)は、洞窟から約10キロメートルの距離にある歴史ある温泉地です。文殊菩薩が鹿に姿を変え、信仰深い猟師に温泉の場所を教えたという伝説から「鹿が教えた湯」の名が付きました。元禄時代から湯治場として賑わい、特に中風(脳卒中後遺症)に効能があるとして知られています。現在は国民保養温泉地に指定され、近代的な医療施設も完備した健康増進の温泉として多くの方に利用されています。
別所温泉は、信州最古の温泉といわれ、平安時代の和歌集にもその名が登場する歴史ある湯処です。弱アルカリ性の単純硫黄泉は美肌の湯として知られ、温泉街には3つの外湯と歴史的建造物が点在しています。
丸子地域はまた、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にも登場する木曽義仲の挙兵の地としても知られ、明治から大正期にかけては「生糸の町・丸子」として世界にその名を広めた歴史もあります。
訪問のベストシーズン
鳥羽山洞窟は年間を通じて見学可能ですが、春から秋にかけてが最も快適な季節です。特に秋は周囲の山々が美しい紅葉に彩られ、断崖に口を開ける洞窟の景観がいっそう印象的になります。春は新緑が美しく、依田川の清流とのコントラストが楽しめます。
冬季は積雪や厳しい寒さのため、訪問には注意が必要です。丸子郷土博物館は通年で開館しているため、季節を問わず出土遺物の見学が可能です。
Q&A
- 鳥羽山洞窟の「曝葬」とはどのような埋葬方法ですか?
- 曝葬(ばくそう)は、遺体を地中に埋めずに洞窟内の石敷きの上に安置し、自然に風化させる葬法です。鳥羽山洞窟では、依田川の河原石を扇形に敷き詰めた4段のテラス上に遺体が置かれていました。この葬法は沖縄や東南アジアの崖葬と類似しており、日本の内陸部で確認されたことは極めて珍しく、考古学的に大きな意義があります。
- 洞窟の内部に入ることはできますか?
- 国指定史跡の保護のため、洞窟内部への直接のアクセスは制限されています。対岸や周辺から洞窟の外観を見学することは可能です。出土遺物をご覧になりたい場合は、上田市立丸子郷土博物館を訪問されることをお勧めします。同館では副葬品の展示と曝葬についての詳しい解説が行われています。
- 鳥羽山洞窟へのアクセス方法を教えてください。
- 北陸新幹線上田駅から千曲バス鹿教湯温泉行きに乗車し、「飛魚(とびうお)」バス停で下車、徒歩約3分です。車の場合は、上信越自動車道東部湯の丸ICから約50分です。周辺に専用駐車場はありませんので、ご注意ください。
- どのような遺物が発見されていますか?
- 土師器・須恵器などの土器類、鉄剣・鉄斧・馬具などの鉄器類、滑石製の勾玉や小玉、ガラス製小玉、琴柱型石製品、石釧、銅釧など多種多様な副葬品が出土しています。特に二重𤭯(はそう)と呼ばれる特殊な須恵器や、意図的に折り曲げられた鉄剣など、祭祀・儀礼に関連する遺物が注目されています。また、内陸部でありながらハマグリの貝殻も発見されており、海人集団との関連を示唆しています。
- 周辺にはどのような観光スポットがありますか?
- 洞窟から約10kmの距離に鹿教湯温泉があり、国民保養温泉地として知られる名湯を楽しめます。また、信州最古の温泉である別所温泉、出土遺物を展示する丸子郷土博物館、依田川の名勝「飛魚」などがあります。丸子地域は木曽義仲ゆかりの地でもあり、歴史探訪も楽しめます。
基本情報
| 名称 | 鳥羽山洞窟(とばやまどうくつ) |
|---|---|
| 指定 | 国指定史跡(昭和53年1月27日指定) |
| 所在地 | 〒386-0403 長野県上田市腰越字鳥羽山429 |
| 洞窟の規模 | 間口:約25m、奥行:約15m、川床からの高さ:約15m |
| 地質 | 頁岩質礫岩(西向きに開口) |
| 主な時代 | 縄文時代、弥生時代、古墳時代(5世紀中期が主)、近世 |
| 発掘調査 | 1966年・1967年・1968年の計3次 |
| 見学料 | 無料(外観見学のみ) |
| 最寄りバス停 | 飛魚(とびうお)バス停より徒歩約3分 |
| 関連施設 | 上田市立丸子郷土博物館(出土遺物を展示) |
参考文献
- 鳥羽山洞窟 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/210200
- 鳥羽山洞窟 - 上田市の文化財
- https://museum.umic.jp/bunkazai/document/dot111.php
- 史跡鳥羽山洞窟遺跡の曝葬 - 上田市立丸子郷土博物館
- https://museum.umic.jp/maruko/archaeology/story6.html
- 鳥羽山洞窟 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E7%BE%BD%E5%B1%B1%E6%B4%9E%E7%AA%9F
最終更新日: 2026.01.28
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