緒方宮迫東石仏:千年の時を超えて伝わる平安仏教美術の傑作

大分県豊後大野市の緑豊かな丘陵地帯に、平安時代後期から約900年にわたり静かに佇む磨崖仏があります。それが「緒方宮迫東石仏」です。1934年(昭和9年)に国の史跡に指定されたこの磨崖仏は、日本の仏教美術史において極めて貴重な存在として知られています。

有名な臼杵磨崖仏とは異なり、観光客で混み合うことが少ないため、中世の人々が感じたであろう神聖な雰囲気を、現代でもそのまま体験することができる稀有なスポットです。

緒方宮迫東石仏の特徴と見どころ

緒方宮迫東石仏は、平安時代後期の磨崖彫刻として日本屈指の完成度を誇ります。特筆すべきは、構成の完成度の高さと、今なお残る彩色の鮮やかさです。

岩壁に厚肉彫りされた五体の仏像は、見る者を圧倒する荘厳な佇まいです。中央には高さ2.65メートルの大日如来坐像が鎮座し、向かって右に不動明王、左に持国天(天部像)の立像が脇侍のように控えています。さらにその左右の側壁には、阿形・吽形の仁王像が威厳ある姿で刻まれており、仏龕全体で一つの曼荼羅的世界観を表現しています。

朱色や黄色の彩色が今でも部分的に残っており、造立当時の華やかな姿を想像させてくれます。これほど彩色が残る平安時代の磨崖仏は全国的にも珍しく、当時の仏教美術を知る上で貴重な資料となっています。

源平合戦の英雄・緒方惟栄との深い縁

この磨崖仏の造立には、源平合戦で活躍した豪族・緒方惟栄(おがたこれよし)が深く関わっていたと伝えられています。通称「緒方三郎」として知られる惟栄は、この地方一帯を支配した緒方荘の荘官であり、悲劇の英雄・源義経の盟友としても歴史に名を残す人物です。

『平家物語』にも登場する惟栄は、地元豪族の姫と蛇神の子孫であるという神秘的な出生伝説を持ち、源頼朝の挙兵後には平家に対して反旗を翻し、九州における平家追討に大きく貢献しました。この磨崖仏は、そんな惟栄の篤い仏教信仰と、乱世における平和への祈りが込められた作品なのかもしれません。

興味深いことに、江戸時代になると中央の大日如来は薬師如来として信仰されるようになりました。天保10年(1839年)に奉納された石灯籠には「初薬師」の銘が刻まれており、当時は病気平癒の仏として、さらには牛馬の守護神「牛神」としても崇められていたことがわかります。

阿蘇の大噴火が生んだ石のキャンバス

緒方宮迫東石仏が刻まれた岩盤は、約9万年前の阿蘇山の大噴火によって形成された溶結凝灰岩です。この大噴火で発生した火砕流は、現在の豊後大野市一帯を覆い尽くし、冷えて固まることで独特の地質景観を生み出しました。

溶結凝灰岩は、露出した直後は比較的柔らかく加工しやすい一方、風化とともに硬化する性質を持っています。このため、精緻な彫刻が可能であると同時に、長い年月を経ても形を保つことができるのです。同じ火山性の地質は、近隣の名瀑「原尻の滝」でも見ることができます。

なお、仏像の左側には2基の磨崖宝塔が刻まれていますが、これらは本尊よりも後の室町時代初期に追刻されたものです。

拝観のポイントとおすすめの季節

緒方宮迫東石仏は、駐車場から約100メートル、丘陵地の南斜面に位置しています。現在は覆屋(保護施設)が設けられており、風雨から仏像を守りながらも、間近でその荘厳な姿を拝観することができます。

訪問の際には、約500メートル離れた「緒方宮迫西石仏」もあわせて参拝されることをおすすめします。西石仏は、釈迦如来・阿弥陀如来・薬師如来の三尊が等しい高さで並ぶ珍しい構成で、東石仏とは異なる仏教的世界観を表現しています。両方とも1934年に同時に国史跡に指定されました。

拝観のベストシーズンは、新緑が美しい春、または紅葉に彩られる秋です。平日の午前中であれば、訪れる人も少なく、静寂の中で千年前の祈りの空間に浸ることができるでしょう。

周辺のおすすめ観光スポット

緒方宮迫東石仏のある豊後大野市緒方地区は、歴史と自然の見どころが凝縮されたエリアです。

「原尻の滝」は、田園地帯に突如として現れる幅120メートル、落差20メートルの大瀑布で、「東洋のナイアガラ」とも称されています。「日本の滝百選」にも選定されており、滝の上を歩いて渡ることもできる珍しいスポットです。春には周辺でチューリップ祭りも開催されます。

豊後大野市全域は「おおいた豊後大野ジオパーク」として認定されており、阿蘇の火山活動が生み出した独特の地形や、日本一の径を誇る石造アーチ橋など、地質と歴史の両面から楽しめる散策ルートが整備されています。

磨崖仏巡りを楽しみたい方には、国宝に指定されている「臼杵石仏」や、同じく国史跡の「犬飼石仏」もおすすめです。大分県は「磨崖仏の宝庫」として知られており、緒方宮迫東石仏はその代表的な存在の一つです。

Q&A

Q緒方宮迫東石仏へのアクセス方法は?
AJR豊肥本線・緒方駅から徒歩約30分、車で約7分です。車でお越しの場合は、大分自動車道・大分米良ICから約42kmです。現地には約10台分の無料駐車場があります。
Q拝観料はかかりますか?
A緒方宮迫東石仏の拝観は無料です。年中いつでも見学できますが、照明設備はないため、日中の明るい時間帯の訪問をおすすめします。
Q東石仏と西石仏の違いは何ですか?
A東石仏は大日如来を中心に不動明王・持国天・仁王像の計5体で構成されています。一方、西石仏は釈迦如来・阿弥陀如来・薬師如来の3体が同じ高さで並ぶ珍しい構成です。両方とも1934年に国史跡に指定されており、約500メートルの距離にあるため、ぜひ両方を訪れてください。
Q周辺で食事ができる場所はありますか?
A車で約10分の「道の駅 原尻の滝」には、地元の食材を使ったレストランや物産館があります。豊後牛や新鮮な野菜など、大分ならではのグルメを楽しむことができます。
Q足が不自由でも見学できますか?
A駐車場から石仏までは約100メートルですが、石段や不整地を通る必要があります。足元が不安な方は十分ご注意ください。特に雨天時は滑りやすくなりますので、歩きやすい靴でのお越しをおすすめします。

基本情報

名称 緒方宮迫東石仏(おがたみやさこひがしせきぶつ)
文化財指定 国指定史跡(昭和9年1月22日指定)
時代 平安時代後期(本尊)/室町時代初期(磨崖宝塔)
本尊 大日如来坐像(像高2.65m)
構成 大日如来、不動明王、持国天、仁王像(阿形・吽形)の計5体
所在地 〒879-6631 大分県豊後大野市緒方町久土知
アクセス JR緒方駅より徒歩約30分/大分自動車道 大分米良ICより約42km
駐車場 あり(約10台/無料)
拝観料 無料
お問い合わせ 豊後大野市社会教育課文化財係 TEL: 0974-42-4141
座標 北緯32度57分48.3秒 東経131度27分30.8秒

参考文献

緒方宮迫東石仏 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%92%E6%96%B9%E5%AE%AE%E8%BF%AB%E6%9D%B1%E7%9F%B3%E4%BB%8F
緒方宮迫東石仏 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/212030
緒方宮迫東石仏 - ニッポン旅マガジン
https://tabi-mag.jp/ot0713/
国指定史跡 - 豊後大野市公式サイト
https://www.bungo-ohno.jp/docs/2015030100048/
みどころ紹介 -C 石への祈り- - おおいた豊後大野ジオパーク
https://www.bungo-ohno.com/geosaite/page_3/
緒方惟栄 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%92%E6%96%B9%E6%83%9F%E6%A0%84
宮迫東・西石仏 - 豊後大野市観光協会
https://sato-no-tabi.jp/news/20250912spot-ogata/

最終更新日: 2026.01.28

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