岡藩主中川家墓所:仏式と儒式が共存する大名墓所の国指定史跡
大分県竹田市と豊後大野市にまたがる岡藩主中川家墓所は、江戸時代を通じて岡藩を治めた中川家歴代藩主の墓所群です。1997年(平成9年)9月2日に国の史跡に指定されました。碧雲寺墓所、大船山墓所、小富士山墓所の三か所から構成され、仏式の格式高い庭園墓所から、大自然の中に佇む儒式の墓まで、大名の死生観と美意識を如実に物語る貴重な文化遺産です。
約280年にわたり岡藩を統治した中川家の歴代藩主たちが、それぞれの信条や美意識に基づいて選んだ墓所のあり方は、日本の大名文化における葬送思想の多様性を伝える稀有な史跡として高く評価されています。
中川家と岡藩の歴史
中川家の竹田における歴史は、文禄3年(1594年)に中川秀成が豊臣秀吉の命を受け、66,000石で岡城に入城したことに始まります。秀成は、織田信長・豊臣秀吉に仕えた武将・中川清秀の子であり、播磨国三木城(現在の兵庫県)から転封されました。その後の検地により石高は70,000石に改められ、旧豊後国内で最大の藩となりました。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは東軍に属し、徳川家康に所領を安堵されました。以後、中川家は明治維新に至るまで13代にわたり岡藩を治め続け、一度も転封や減封を受けることなく安定した藩政を維持しました。岡藩は良質の米と大豆の産地として知られ、また主要街道沿いに位置したことから多くの旅人が行き交い、城下町竹田は文化と商業の中心地として栄えました。幕末の著名な画家・田能村竹田も岡藩の出身です。
三つの墓所
碧雲寺墓所(竹田市会々)
中川家の主たる墓所は、竹田城下の城北町に位置する碧雲寺にあります。慶長17年(1612年)春、初代藩主・中川秀成が御茶屋の普請として建設に着手しましたが、その年の夏に秀成は完成を見ることなく亡くなりました。2代藩主・久盛が菩提寺として完成させ、秀成が文禄の役(朝鮮出兵)の際に朝鮮から持ち帰った寺額の号をそのまま寺号としました。
碧雲寺には、初代秀成、2代久盛、4代久恒、5代久通、6代久忠、9代久持、11代久教の7名の藩主が葬られています。御成門に続く土塀に囲まれた墓域には、龍吟池(りゅうぎんち)が配され、その北側の山麓に宝塔(変形)や輪塔などの墓塔が整然と並びます。かつて各墓塔には「覆屋(たまや)」と呼ばれる霊廟建物が設けられていました。2代久盛の覆屋は隣接する高流寺(臨済宗妙心寺派)に「金心堂」として移築され、現在も残されています。
現在は万延元年(1860年)の碧雲寺所蔵絵図に基づいて「岡藩主おたまや公園」として美しく整備されており、初夏には龍吟池に睡蓮やカキツバタが咲き誇ります。公園東側の岩壁には、江戸時代初期に刻まれた線彫りの磨崖仏(阿弥陀如来と勢至・観音の両菩薩)も見ることができます。
大船山墓所 ― 3代藩主・久清の墓(竹田市久住町)
三つの墓所のなかで最も劇的な立地を誇るのが、くじゅう連山の大船山中腹、標高約1,400メートル地点に位置する3代藩主・中川久清の墓です。久清は大船山をこよなく愛し、剃髪後には「入山(にゅうざん)」と号しました。足が不自由であったにもかかわらず、「人馬鞍(じんばくら)」という背負い具で家臣に背負われながら何度も登山し、鳥居窪(とりいくぼ)と呼ばれる高原で藩士を率いて軍事演習を行ったと伝えられています。
久清は遺言により、大名の多くが選ぶ仏式ではなく、儒式(儒葬)で鳥居窪を見下ろす地点に葬られました。この墓所は、日本国内で最も標高の高い藩主御廟のひとつとされており、一人の殿様が生涯を通じて愛した自然と一体化するかのような、類まれな立地です。
小富士山墓所 ― 8代藩主・久貞の墓(豊後大野市)
8代藩主・中川久貞の墓は、岡城の南方に位置する小富士山(現在の豊後大野市緒方町付近)に営まれています。久貞もまた遺言により儒葬を選び、この地に葬られました。小富士山からは岡城を一望することができ、「風景絶佳の地」と称されるほどの絶景が広がります。亡くなってなお、自らが治めた城を見守り続けるかのようなこの立地には、藩主の深い愛着が感じられます。
なぜ国の史跡に指定されたのか
岡藩主中川家墓所が1997年に国の史跡に指定された最大の理由は、江戸時代の大名墓所における葬送思想の多様性を見事に示している点にあります。三つの墓所は、それぞれ異なる葬送の形を伝えています。
- 碧雲寺墓所は、庭園を伴う格式高い仏式の墓所であり、宝塔・輪塔による墓塔や覆屋(霊屋)といった大名墓所特有の建築的特色を備えています。
- 大船山墓所と小富士山墓所は、大名としては比較的珍しい儒式の墓であり、寺院の境内ではなく雄大な自然の中に墓を営むという、個人の信条に基づいた選択が反映されています。
- 同一藩主家の墓所でありながら仏式と儒式が共存している点は、江戸時代の知識人・武家層における思想的多様性を如実に示しており、大名の葬送文化を理解する上できわめて重要な資料です。
見どころ・魅力
三つの墓所のうち最もアクセスしやすいのは、竹田市街地にある碧雲寺墓所(おたまや公園)です。手入れの行き届いた史跡公園の中を散策しながら、龍吟池に架かる石橋、藩主たちの墓塔が並ぶ山裾の厳粛な空間、そして岩壁に刻まれた磨崖仏を鑑賞できます。とりわけ初夏の睡蓮やカキツバタの時期は、池畔の風情が格別です。隣接する碧雲寺は臨済宗の禅寺で、毎月第3日曜日の朝に坐禅会(無位の会)が開かれています。境内には樹齢350年を超える椋の巨木もあり、禅寺ならではの静寂に包まれた空気が漂います。
大船山の入山公廟(3代久清の墓所)は、くじゅう連山の登山と組み合わせて訪れることができます。秋の紅葉シーズンには山全体が錦に染まり、標高1,400メートルの高原に佇む藩主の墓所は、他のどの大名墓所とも異なる神秘的な景観を見せてくれます。鳥居窪には倒れた鳥居の跡や小さな観音像が残り、歴史と自然が融合した独特の雰囲気があります。
周辺情報
竹田市には中川家墓所とあわせて訪れたい見どころが数多くあります。
- 岡城跡(国指定史跡) ― 中川家の居城であった岡城は、雄大な石垣が山上に広がる九州屈指の山城跡です。作曲家・滝廉太郎の名曲「荒城の月」のモチーフとなったことで知られ、日本100名城にも選定されています。くじゅう連山を一望するパノラマは圧巻です。
- 竹田城下町(殿町武家屋敷通り) ― 江戸時代の武家屋敷や商家の町並みが残る城下町エリアでは、アーティストのギャラリー、竹細工の工房、隠れキリシタンの歴史を伝えるミステリオ博物館など、歴史と文化を肌で感じる散策が楽しめます。
- 長湯温泉 ― 竹田市街地から車で約20分の長湯温泉は、世界屈指の高濃度炭酸泉として知られています。建築家・藤森照信設計の「ラムネ温泉館」をはじめ、ドイツとの交流から生まれた「御前湯」など個性豊かな温泉施設が点在しています。岡藩時代の宝永3年(1706年)には藩主のための御茶屋も建設された由緒ある温泉地です。
- くじゅう連山 ― 大船山、久住山をはじめとする名峰が連なる九州有数の登山・ハイキングエリアです。くじゅう花公園や久住高原の広大な草原など、四季折々の自然が楽しめます。
- 滝廉太郎記念館 ― 竹田で少年時代を過ごした滝廉太郎の旧宅を整備した記念館。「荒城の月」誕生の背景や廉太郎の生涯を紹介しています。
Q&A
- 岡藩主中川家墓所(おたまや公園)へのアクセス方法は?
- JR豊肥本線「豊後竹田駅」から徒歩約10〜15分、車では約5分です。無料駐車場(普通車約5台分)があります。開園時間は9:00〜17:00、毎週月曜日と12月29日〜1月3日は休園です。入園料は無料です。
- 大船山の3代藩主・久清の墓所は見学できますか?
- はい、ただし登山が必要です。墓所は大船山の標高約1,400メートル地点にあり、岳麓寺方面からの登山道を利用します。往復で数時間かかる中級者向けのコースですので、登山装備・十分な飲料水・天候の確認が不可欠です。特に秋の紅葉シーズンがおすすめです。
- 碧雲寺では御朱印をいただけますか?
- 碧雲寺では御朱印の対応がありますが、ご住職が不在の場合はいただけないこともあります。事前に電話(0974-63-2692)で確認されることをおすすめします。
- おすすめの訪問時期はいつですか?
- おたまや公園は初夏(5〜6月)の睡蓮・カキツバタの季節が特に美しく、春の桜や秋の紅葉も風情があります。大船山墓所は10〜11月の紅葉期が圧巻です。冬は訪問者が少なく、静寂の中で歴史を感じるには最適です。
- 岡城跡と一緒に回ることはできますか?
- はい、おたまや公園と岡城跡は徒歩圏内にあり、半日〜1日で十分に回れます。岡城跡の近戸門側から稲葉川を渡っておたまや公園へ向かうルートが便利です。城下町の武家屋敷通りや滝廉太郎記念館、隠れキリシタン洞窟礼拝堂なども徒歩で巡ることができます。一日の締めくくりに長湯温泉(車で約20分)で疲れを癒すのもおすすめです。
基本情報
| 名称 | 岡藩主中川家墓所(おかはんしゅなかがわけぼしょ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定史跡(1997年〈平成9年〉9月2日指定) |
| 所在地 | 大分県竹田市大字会々・大字入田・久住町、豊後大野市寺原 |
| 碧雲寺墓所(おたまや公園) | 〒878-0011 大分県竹田市大字会々2027-1 |
| 開園時間 | 9:00〜17:00(おたまや公園) |
| 休園日 | 毎週月曜日、12月29日〜1月3日 |
| 入園料 | 無料 |
| 駐車場 | 無料(普通車約5台) |
| アクセス | JR豊肥本線「豊後竹田駅」から徒歩約10〜15分、車で約5分 |
| 問い合わせ | 竹田市商工観光課 TEL: 0974-63-4807 |
参考文献
- 文化遺産オンライン ― 岡藩主中川家墓所
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/162638
- 国指定文化財等データベース ― 岡藩主中川家墓所
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/2901
- 竹田市観光ツーリズム協会 ― 岡藩主おたまや公園
- https://taketa.guide/spots/detail/b87a7dea-200b-4980-bc54-3543ad047fc5
- 竹田市観光ツーリズム協会 ― 入山公廟(中川久清墓所)
- https://taketa.guide/spots/detail/69a32833-03a4-4bfe-a9f1-760226c37350
- 大分県観光情報公式サイト ― 岡藩主おたまや公園
- https://www.visit-oita.jp/spots/detail/6052
- コトバンク ― 岡藩主中川家墓所
- https://kotobank.jp/word/岡藩主中川家墓所-1443488
- Wikipedia ― 岡藩主中川家墓所
- https://ja.wikipedia.org/wiki/岡藩主中川家墓所
最終更新日: 2026.03.12