1棟の客殿 ― 1952年に国宝
勧学院客殿は、滋賀県大津市園城寺町にある桃山時代の建造物で、1901年(明治34年)3月27日に重要文化財となり、1952年(昭和27年)11月22日に国宝に指定された。員数は1棟、指定番号は00079、所有は園城寺である。
年代は慶長5年、西暦1600年とされる。重要文化財となった日は園城寺新羅善神堂と同じ、国宝となった日は文祢麻呂墓出土品と同じである。
名称に園城寺の三字が入らない。園城寺金堂、園城寺新羅善神堂とは違い、勧学院という院の名だけで立っている。所有者は園城寺である。
同じ寺で、三つ目の種別が現れる
種別の欄は、近世以前/住宅とする。
園城寺金堂は近世以前/寺院、園城寺新羅善神堂は近世以前/神社だった。本件で三つ目になる。
一つの寺の建物が、寺院、神社、住宅と三つの種別に分かれている。所有者はいずれも園城寺である。
客殿は人を迎える建物であり、住まいの系統に属する。三井寺は、光浄院客殿とともに書院造の代表的遺構として知られています、と記す。書院造は住宅の様式である。
歓喜院では国宝・重要文化財・登録有形文化財という三つの区分が一つの境内に並んだ。あちらは指定の等級の違いである。本件を含む園城寺の三件は、建物の性格による分類の違いになる。
本体と中門が、まとめて1棟と数えられる
構造の欄に、二つの建物が書かれている。
桁行七間、梁間七間、一重、入母屋造、妻入、正面軒唐破風付 中門 桁行一間、梁間一間、一重、切妻造 総こけら葺、とある。
客殿の寸法に続けて、中門の寸法が記される。それでいて員数は1棟である。
姫路城イ、ロ、ハ、ニの渡櫓では、四つの建物が一つの名でまとめられ、それぞれ1棟と数えられていた。青井阿蘇神社では5棟が別々に数えられた。
本件は本体と門が一つの棟として扱われている。数える単位が物件ごとに違う。
障壁画は建物を離れ、複製は国外にある
この建物の内部について、三井寺の記録が二つのことを伝える。
まず、内部は三列九室からなり、南列の大床のある一之間と二之間には狩野光信による華麗な障壁画が描かれています、とある。
続けて、現在は文化財収蔵庫で収蔵展示されており、とされる。障壁画は建物から離れ、別の施設で展示されている。
金銅鳳凰は建物から取りはずされて工芸品になった。瑞龍寺の香合は修理で外した古材から作られた。本件は、外されたものが元の姿のまま別の場所で展示されている。
さらに、一之間は、昭和60年(1985年)にニューヨークのメトロポリタン美術館に再現されています、とある。
摸本、模造、復元品という区分をここまで見てきた。国外に部屋そのものが再現されている例は初めてになる。
参拝
所在は滋賀県大津市園城寺町で、所有は園城寺である。境内に建つ建物であり、公開は寺の定めによる。
三井寺は、勧学院は正和元年(1312年)の創建で、三井寺の学問所として「碩学の名室」と称されました、と記す。
現在の客殿については、豊臣秀吉による闕所後、慶長5年(1600年)に毛利輝元によって建立されました、とする。年代欄の1600年は、この建立の年にあたる。
国指定文化財等データベースの解説文の欄は空である。園城寺金堂、園城寺新羅善神堂に続いて三件目になる。附指定はないと明記される。
内部の拝観については寺の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 勧学院客殿はいつ指定されましたか。
- 1901年(明治34年)3月27日に重要文化財、1952年(昭和27年)11月22日に国宝へ指定されました。員数は1棟、指定番号は00079、所有は園城寺です。
- なぜ種別が住宅なのですか。
- 客殿が人を迎える建物で、住まいの系統に属するためです。三井寺は「光浄院客殿とともに書院造の代表的遺構」と記します。園城寺の建物は寺院、神社、住宅の三つの種別に分かれています。
- 中門も含まれるのですか。
- はい。構造の欄は客殿の寸法に続けて「中門 桁行一間、梁間一間、一重、切妻造」を記します。それでいて員数は1棟で、本体と門がまとめて数えられています。
- 障壁画は見られますか。
- 三井寺は、狩野光信による障壁画が一之間と二之間に描かれていたとしたうえで、「現在は文化財収蔵庫で収蔵展示されており」と記します。障壁画は建物を離れ、別の施設にあります。
- 国外に複製があるのですか。
- あります。三井寺は「一之間は、昭和60年(1985年)にニューヨークのメトロポリタン美術館に再現されています」と記します。部屋そのものが国外で再現されています。
基本情報
| 名称 | 勧学院客殿(かんがくいんきゃくでん)/名称に園城寺の三字は入らない |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県大津市園城寺町 |
| 指定区分 | 国宝(建造物)/種別の欄は近世以前・住宅/指定番号00079/附指定はない |
| 指定年 | 1901年(明治34年)3月27日 重要文化財/1952年(昭和27年)11月22日 国宝 |
| 員数 | 1棟(客殿と中門を合わせて) |
| 寸法 | 桁行7間、梁間7間、一重、入母屋造、妻入、正面軒唐破風付。中門は桁行1間、梁間1間、一重、切妻造。総こけら葺。年代は慶長5年、西暦1600年。時代は桃山。解説文の欄は空 |
| 所有者 | 園城寺 |
| 公開状況 | 境内に建つ建物で、公開は寺の定めによる。障壁画は文化財収蔵庫で収蔵展示されている |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 勧学院客殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1331
- 三井寺文化遺産ミュージアム 勧学院客殿
- https://miidera-museum.jp/cultural-property/contents/14/
- 三井寺 勧学院
- https://miidera1200.jp/kangaku-in/
- 総本山三井寺 公式サイト
- https://www.shiga-miidera.or.jp/
最終更新日: 2026.09.05