昭和6年指定 ― 熔岩台の中に生じた隧道

大根島の熔岩隧道は、島根県松江市八束町遅江の大根島にある溶岩洞窟で、昭和6年(1931年)7月31日に国の天然記念物に指定された。通称は幽鬼洞。管理団体は松江市で、昭和7年(1932年)1月8日に指定されている。読みは「だいこんじまのようがんずいどう」。昭和27年(1952年)3月29日には特別天然記念物に格上げされたと伝えられる。

文化庁の指定解説は文語体で、島の成り立ちから説き起こす。大根島は中海の中央に位置する周回約10キロメートルの小島で、中央に大塚山(標高42メートル)があり、そこから四方へ緩く下って10メートル内外の低い台地をなす。全体が暗灰色多孔質の玄武岩からなり、中海の海底に噴出した玄武岩の熔岩台であることが分かる。本隧道はこの熔岩台の中に生じたものである。

解説の結びが、この隧道の指定理由を言い切っている。旧新二洞は元は入口で互いに連続し、西南から東北へ延びる玄武岩中の一つの熔岩隧道であって、富士山麓の熔岩流中の熔岩隧道と異なり、熔岩台の中にも熔岩隧道を生じ得るという新事実を示すものである、と。

第二熔岩隧道と正反対の指定理由

同じ大根島には、別に指定された大根島第二熔岩隧道(竜渓洞)がある。二つの指定解説を並べると、理由が正反対であることに気づく。

第二熔岩隧道の解説(昭和10年)は、洞形や洞底の縄状熔岩を挙げたうえで、これらは富士山麓の熔岩隧道とほとんど軌を一にする、と結ぶ。富士山と同じだから価値がある、という論理である。

一方この熔岩隧道の解説(昭和6年)は、富士山麓の熔岩流中の隧道と異なり、熔岩台中にも隧道が生じ得ることを示す新事実だ、と結ぶ。富士山と違うから価値がある、という論理である。

4年の間に評価の軸が入れ替わったわけではない。同じ島の二つの洞が、それぞれ別の理由で富士山麓と比較され、一方は類似で、他方は相違で認められた。溶岩隧道という同じ種類の地形が、成因の違いによって二通りに評価された例として読める。

旧洞と新洞 ― 環状と直線

開口部は島の東方、遅江の海岸近くにある。この口は隧道の天井の一部が墜落してできたもので、ここから西南へ向かって環状をなす部分を旧洞と呼ぶ。入口は環の東北部にあたり、環の西隅からは別の洞穴が西南へ延びる。

環状部の全長は約100メートル。天井は高いところで2.5メートルに及ぶが、低いところはわずか1メートルで、匍匐してようやく通れる。洞底には泥土が厚く堆積し、ところどころ水を湛えて深いところは膝まで没する。

大正15年(1926年)夏、旧洞と反対の方向にもう一つの洞穴が発見され、新洞と名づけられた。文化庁の解説は昭和元年夏と記すが、昭和改元は同年12月25日であるため、実際には大正15年の夏にあたる。新洞は東北へ緩く傾斜しながらほぼ直線状に延び、入口から62メートルまでは入れるが、その先は泥土と水にふさがれて究めることができない。

ただし洞奥で波の音が聞こえること、洞端から10メートル隔てた海岸近くで井戸を掘ったところ底に洞穴があったことから、この洞穴が海中に通じていることが分かった。洞が海へ抜けているという事実が、島全体が海底に噴出した熔岩台だという理解と結びついている。

ガス溜まりという成因の報告

指定解説は隧道の形と位置を記すが、どのようにできたかには踏み込んでいない。この点は後年の調査で議論されている。

平成15年から16年(2003年から2004年)にかけて富士山火山洞窟研究会(現・火山洞窟学会)が実施した調査で、この隧道は溶岩流の内部が流れ去ってできたものではなく、溶岩流中の火山ガスが集まって空洞をつくり、それらが連結してトンネル状になったものだと報告された。開口部は、ガス圧が薄い天井を突き破った際に崩壊してできたと考えられている。

この成因は、第二熔岩隧道が溶岩流の内部流動によるとされるのと対照的である。同じ島の二つの洞が、指定理由だけでなく成因の説明でも対をなしている。

ガス集積による洞窟形成は溶岩洞窟としては珍しいとされるが、この報告は昭和6年の指定理由には含まれない。指定後に加わった理解として区別しておく。

見学 ― 立入禁止

幽鬼洞は落盤の危険があるため立入禁止となっている。見学は外観のみで、開口部の位置と周囲の地形を確かめることはできるが、内部に入ることはできない。

溶岩隧道の内部を体験したい場合は、同じ島の第二熔岩隧道(竜渓洞)がガイドツアーで公開されている。ただし別の指定であり、成因も指定理由も異なる。両方の解説を読んだうえで竜渓洞に入ると、目の前の洞がなぜ「富士山と同じ」と評され、入れない幽鬼洞がなぜ「富士山と違う」と評されたのかが分かる。

所在は八束町遅江。松江市街から車で約30分、江島大橋を渡って島へ入る。問い合わせは松江市文化財課(0852-55-5523)へ。

Q&A

Q大根島の熔岩隧道はいつ指定されましたか。
A昭和6年(1931年)7月31日に国の天然記念物に指定され、管理団体の松江市は昭和7年1月8日に指定されました。通称は幽鬼洞、読みは「だいこんじまのようがんずいどう」です。昭和27年(1952年)3月29日に特別天然記念物へ格上げされたと伝えられます。
Q大根島の熔岩隧道の指定理由は何ですか。
A文化庁の解説は、旧洞と新洞が元は連続した一つの熔岩隧道であり、富士山麓の熔岩流中の隧道と異なって熔岩台の中にも隧道が生じ得るという新事実を示す、と結んでいます。富士山と違うから価値がある、という論理です。
Q第二熔岩隧道(竜渓洞)とはどう違いますか。
A別の指定で、指定理由が正反対です。第二熔岩隧道は富士山麓の隧道と軌を一にするとして評価され、この熔岩隧道は富士山麓と異なる点で評価されました。成因も、第二が溶岩流の内部流動、こちらがガス溜まりの連結と説明され、対をなしています。
Q旧洞と新洞はどのような構造ですか。
A旧洞は開口部から西南へ環状をなす部分で全長約100メートル、天井は2.5メートルから1メートルで低いところは匍匐が要ります。新洞は大正15年(1926年)夏に発見され、東北へほぼ直線に延びて62メートルまで入れます。洞奥で波の音が聞こえ、海中に通じていることが分かっています。
Q大根島の熔岩隧道は見学できますか。
A落盤の危険があるため立入禁止で、外観のみです。内部を体験したい場合は、同じ島の第二熔岩隧道(竜渓洞)がガイドツアーで公開されています。ただし別の指定で、指定理由も成因も異なります。問い合わせは松江市文化財課(0852-55-5523)へ。

基本情報

名称大根島の熔岩隧道(だいこんじまのようがんずいどう)/通称 幽鬼洞
所在地島根県松江市八束町遅江
指定区分天然記念物(特別天然記念物に格上げと伝えられる)
指定年1931年(昭和6年)7月31日 指定/管理団体は松江市(1932年1月8日)
員数1件
寸法旧洞は環状部全長約100メートル、天井は高いところ2.5メートル、低いところ1メートル。新洞はほぼ直線状で入口から62メートルまで通行可。洞底に泥土が堆積し深いところは膝まで水没。玄武岩の熔岩台中に生じた隧道
所有者管理団体 松江市
公開状況落盤の危険があるため立入禁止。外観のみ見学可

参考文献

文化遺産オンライン 大根島の熔岩隧道
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/206153
松江市 竜渓洞(大根島第二熔岩隧道)
https://www.city.matsue.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkasportsbu_bunkazaika/rekishi_bunkazai/3/1/1/ryukeido.html
島根半島・宍道湖中海ジオパーク 大根島火山
https://kunibiki-geopark.jp/
大根島観光協会 熔岩隧道
https://kankou-daikonshima.jp/tourist_info/lava_tunnels/lava_tunnels_01

最終更新日: 2026.09.02