1幅の曼荼羅 ― 2006年に重要文化財

絹本著色春日補陀落山曼荼羅図は、東京都港区南青山6-5-1にある鎌倉時代の絵画で、2006年(平成18年)6月9日に重要文化財に指定された。員数は1幅、所有は公益財団法人根津美術館である。

2006年という指定年は、ここまで扱った物件のなかで最も新しい部類にあたる。萬福寺の2024年、八坂神社の2020年に次ぐ。

指定が新しいだけあって、記録も詳しい。ここまで見てきた「新しい指定ほど記録が詳しい」という傾向に沿っている。

同じ一幅に、二つの記録がある

この作品には、文化遺産オンラインに二つの記録がある。一つは文化庁の国指定文化財等データベースに由来するもの、もう一つは所蔵館である根津美術館が提供するものである。

二つは同じ一幅を扱いながら、書いている内容が違う。

文化庁の記録は信仰の背景を述べる。鎌倉時代初期の南都では貞慶を中心に観音信仰が鼓吹され、これが十一面観音を本地仏とする春日四宮の信仰と融合したとみられる、とある。

所蔵館の記録は画面の細部を述べる。四周を海に囲まれた補陀落山には、麓に殿舎や舟、人物を、山中には瞑想する羅漢や徘徊する獅子などが描きこまれる、とある。

片方は何を背景に描かれたかを、もう片方は何が描かれているかを担っている。二つを読んで初めて全体が分かる。

寸法は所蔵館の記録にしかない

記録の差は、寸法にも及ぶ。

文化庁の記録に寸法はない。所蔵館の記録は、絹本着色、縦98.8センチメートル、横55.0センチメートルとする。

ここまで扱った物件では、文化庁の記録に寸法がないことが多かった。所蔵館の記録が補っている例は、これが分かりやすい形で現れたものである。

紙本墨画鳥獣人物戯画では断簡の記録が寸法を持ち、紙本著色西行法師行状絵詞でも断簡の記録が段ごとの寸法を記していた。いずれも別の物件の記録だった。本件は同じ一幅について二つの記録が並ぶ点が違う。

絵の構成は、下段が春日社と御蓋山を一円とする春日宮曼荼羅、上段がたなびく霞を隔てた補陀落山浄土とされる。山上には半跏する十一面観音を皆金色身で表し、金色の光を放つ、とある。

「類例をみない」は所蔵館の記録にある

評価の言葉も、二つの記録で違う。

文化庁の記録は、本図はこのような信仰の所産として貴重である、とする。信仰史のなかでの位置づけを評価している。

所蔵館の記録は、他に類例をみない作品として貴重である、とする。他の作品との比較で評価している。

ここまで「唯一」「最古」といった記述が旧記事にあるとき、文化庁の記録に見当たらないことが多かった。本件では、類例をみないという評価が所蔵館の記録に確かにある。文化庁の記録にはない。

どちらの記録に基づく評価かを示すことが、この場合は重要になる。所蔵館の記録は、驚くほど細密な描写は、当時の貴族階級の趣向に合わせたものだろう、とも述べる。だろうという推量である。文化庁の記録も、融合したとみられる、と推量で書く。

鑑賞

所在は東京都港区南青山6-5-1で、所有は公益財団法人根津美術館である。館が所蔵する絵画であり、常設で公開される性格のものではない。

絵は光に弱く、公開期間が限られるのが通例である。1幅であるから、出陳されれば全体を見ることができる。

縦98.8センチメートル、横55.0センチメートルという寸法は、掛幅としては大きすぎない。細密な描写を見るには近づく必要がある。

展示の予定は変わることがあるため、訪問前に館の案内で確認したい。

Q&A

Q絹本著色春日補陀落山曼荼羅図はいつ指定されましたか。
A2006年(平成18年)6月9日に重要文化財に指定されました。員数は1幅、所在は東京都港区南青山6-5-1、所有は公益財団法人根津美術館です。
Qなぜ記録が二つあるのですか。
A文化遺産オンラインには、文化庁の国指定文化財等データベースに由来する記録と、所蔵館である根津美術館が提供する記録の二つがあります。前者は信仰の背景を、後者は画面の細部と寸法を述べており、内容が補い合っています。
Q何が描かれていますか。
A文化庁の記録は「画面上半分に補陀落山上の十一面観音、下半分に春日社頭をあらわす」とします。所蔵館の記録はさらに詳しく、補陀落山の麓に殿舎や舟、人物、山中に瞑想する羅漢や徘徊する獅子が描きこまれるとします。
Q大きさは分かりますか。
A所蔵館の記録に縦98.8センチメートル、横55.0センチメートルとあります。文化庁の記録に寸法はありません。
Q類例のない作品なのですか。
A所蔵館の記録に「他に類例をみない作品として貴重である」とあります。文化庁の記録にこの評価はなく、そちらは「このような信仰の所産として貴重である」とします。どちらの記録に基づく評価かを分けて読む必要があります。

基本情報

名称絹本著色春日補陀落山曼荼羅図(けんぽんちゃくしょくかすがふだらくせんまんだらず)
所在地東京都港区南青山6-5-1
指定区分重要文化財
指定年2006年(平成18年)6月9日 重要文化財
員数1幅
寸法所蔵館の記録によれば絹本着色、縦98.8センチメートル、横55.0センチメートル。文化庁の記録に寸法はない。画面上半分に補陀落山上の十一面観音、下半分に春日社頭をあらわす。鎌倉時代
所有者公益財団法人根津美術館
公開状況館が所蔵する絵画で、常設の公開ではない。絵は光に弱く公開期間が限られる

参考文献

文化遺産オンライン 絹本著色春日補陀落山曼荼羅図(文化庁の記録)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/171331
文化遺産オンライン 春日補陀落山曼荼羅(所蔵館の記録)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/146504
根津美術館 公式サイト
https://www.nezu-muse.or.jp/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.05