須賀家住宅北蔵:飛騨の山里に息づく明治の匠の技
岐阜県下呂市萩原町中呂。飛騨川が悠々と流れる山間の静かな集落に、明治時代から変わらぬ姿で佇む土蔵があります。須賀家住宅北蔵(すがけじゅうたくきたぐら)は、平成22年(2010年)に国の登録有形文化財に登録された、明治25年(1892年)建造の2階建て土蔵です。白漆喰の美しい壁面と黒漆喰のアクセントが織りなす端正な外観は、飛騨の匠の技と明治期の建築美学を今に伝えています。
土蔵造りとは?日本の伝統的な防火建築
土蔵(どぞう)は、日本の伝統的な建築様式のひとつで、木骨の外側を厚い土壁で覆い、漆喰(しっくい)で仕上げた建物です。その壁厚は30センチメートルにも及ぶことがあり、優れた耐火性、調湿性、防盗性を備えています。
江戸時代には「火事と喧嘩は江戸の花」と言われるほど火災が多発しましたが、土蔵はたとえ周囲が焼け落ちても中の財産を守り抜いたと伝えられています。米穀、酒、繭、書画骨董など、大切な品々を保管するために欠かせない存在でした。商家では店舗を兼ねた「見世蔵(みせぐら)」として建てられることもあり、富と格式の象徴でもありました。
漆喰は消石灰に海藻から作った糊や麻繊維を混ぜて作られ、その強アルカリ性によりカビの発生を抑制。土壁の通気性と相まって、内部の環境を一定に保つ働きがあります。現代のエコ建築にも通じるサステナブルな建築技術が、すでに江戸時代に確立されていたのです。
須賀家住宅北蔵の建築的特徴
須賀家住宅北蔵は、主屋の北西に南面して建つ土蔵造り2階建ての建物です。桁行5.5メートル、梁間4.5メートル、建築面積は21平方メートル。東西棟の置屋根形式で、屋根は桟瓦葺きとなっています。南側には蔵前(くらまえ)と呼ばれる庇付きの入口空間が設けられています。
外観で最も目を引くのは、白漆喰と黒漆喰のコントラストです。壁面の大部分は純白の白漆喰仕上げで、その清廉な美しさが山里の風景に映えます。一方、軒下に帯状に施された黒漆喰の「鉢巻」は、建物全体を引き締める役割を果たしています。この白と黒の対比は、明治期の土蔵建築に見られる洗練された意匠の典型です。
1階の腰壁部分には「簓子下見(ささらこしたみ)」と呼ばれる技法で板張りが施されています。これは横板を少しずつ重ねて張る方法で、雨水の跳ね返りから土壁を保護すると同時に、意匠的にも美しいアクセントとなっています。南側の入口には木製の引込み戸が設けられ、実用性と美観を兼ね備えた設計となっています。
なぜ登録有形文化財に指定されたのか
須賀家住宅北蔵は、平成22年(2010年)1月15日に国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。つまり、この土蔵が地域の歴史的な風景を形作る重要な要素として認められたのです。
建築年代は棟札(むなふだ)に記録されており、大工棟梁は田口鍬吉と大前定助の両名であることが判明しています。棟札とは建物の棟木に取り付けられる木札で、建築の記念として年月日や関係者名を記したもの。この記録により、明治期の飛騨地方における建築技術や職人の活動を知る貴重な手がかりとなっています。
須賀家は主屋、表蔵、北蔵の3棟がすべて登録有形文化財に登録されており、明治時代の飛騨地方における有力な商家の屋敷構えを総合的に伝える貴重な建築群となっています。
萩原町の魅力:知られざる飛騨の歴史と文化
須賀家住宅北蔵が建つ萩原町は、かつて益田郡の政治・文化の中心地として栄えた歴史ある町です。飛騨街道の宿場町として、越中富山の薬売りや塩ブリなどの物資を運ぶ人々で賑わいました。その面影は今も町のそこかしこに残っています。
下呂温泉や飛騨高山といった全国的に有名な観光地に挟まれた萩原町ですが、観光客で混み合うことは少なく、ゆったりとした時間が流れています。樹齢1500年を超える大杉、室町時代から続く神社仏閣、江戸・明治時代のレトロな街並み。これらが自然豊かな山里の風景と調和し、日本の原風景ともいえる美しさを今に留めています。
毎年4月上旬には町内各所で見事なしだれ桜が咲き誇り、「岩太郎のしだれ桜」をはじめとする桜の名所18カ所を巡る桜めぐりが楽しめます。秋には周囲の山々が紅葉に染まり、冬には雪景色が広がります。四季折々の表情を見せる萩原町は、何度訪れても新たな発見がある場所です。
周辺の見どころ
須賀家住宅北蔵を訪れた際には、ぜひ周辺の歴史・文化スポットも巡ってみてください。
禅昌寺(ぜんしょうじ)は、室町時代創建の臨済宗妙心寺派の名刹です。かつては「天下十刹」のひとつにも数えられた格式高い寺院で、境内には国指定天然記念物の大杉(推定樹齢1200年以上)がそびえ立ちます。茶人・金森宗和が作庭したとされる岐阜県指定名勝「萬歳洞」や、画聖・雪舟が描いたとされる大達磨像など、多くの寺宝を所蔵しています。JR高山線の禅昌寺駅から徒歩すぐという便利な立地も魅力です。
久津八幡宮(くづはちまんぐう)は、飛騨二之宮の論社として知られる古社です。室町時代・応永19年(1412年)に再建された本殿と天正9年(1581年)再建の拝殿は、ともに国の重要文化財に指定されています。本殿の妻には「鳴いたウグイス」、軒先には「水を呼ぶ鯉」と呼ばれる彫刻があり、飛騨の匠の卓越した技術を今に伝えています。
そして、車で約15分南下すれば日本三名泉のひとつ下呂温泉があります。アルカリ性単純泉のなめらかなお湯は「美人の湯」として知られ、歴史散策の後の疲れを癒すのに最適です。
アクセス・訪問のご案内
須賀家住宅北蔵へはJR高山線をご利用ください。下呂駅から高山方面へ1駅の禅昌寺駅が最寄り駅となります。名古屋からは特急「ひだ」で約1時間40分で下呂駅に到着し、そこから普通列車で約7分です。
お車の場合は、中央自動車道・中津川ICから国道257号・41号経由で約1時間10分、東海環状道・美濃加茂ICから約1時間20分です。下呂温泉からは国道41号を北上して約15分の距離にあります。
なお、須賀家住宅は個人の住居であるため、内部の見学は通常できません。外観は公道から鑑賞することができますので、周辺の歴史的景観と合わせてお楽しみください。撮影の際は、プライバシーへの配慮をお願いいたします。
Q&A
- 土蔵造りとはどのような建築ですか?
- 土蔵造りは、木造の骨組みの外側を厚い土壁で覆い、漆喰で仕上げた日本の伝統的な建築様式です。壁厚は30センチメートルに及ぶこともあり、優れた耐火性・調湿性・防盗性を備えています。須賀家住宅北蔵はこの技法で建てられた明治時代の代表的な建築物です。
- 内部を見学することはできますか?
- 須賀家住宅は個人の住居のため、内部の一般公開は行われていません。ただし、白漆喰と黒漆喰のコントラストが美しい外観は公道から鑑賞することができます。周辺の歴史的な街並みと合わせてお楽しみください。
- アクセス方法を教えてください。
- JR高山線の禅昌寺駅が最寄り駅です。下呂駅から高山方面へ1駅(約7分)です。お車の場合は、下呂温泉から国道41号を北上して約15分。中央自動車道・中津川ICからは約1時間10分の距離にあります。
- 周辺にはどのような観光スポットがありますか?
- 近くには樹齢1200年以上の大杉や雪舟の書を所蔵する禅昌寺、国重要文化財の本殿・拝殿を持つ久津八幡宮があります。また、車で約15分南下すれば日本三名泉のひとつ下呂温泉があり、歴史散策と温泉を組み合わせた旅が楽しめます。
- おすすめの訪問時期はいつですか?
- 春(4月上旬)は萩原町名物のしだれ桜が見頃を迎えます。秋(10月〜11月)は周囲の山々の紅葉が美しく、禅昌寺の紅葉ライトアップも人気です。夏は緑豊かな山里の風景、冬は雪景色と、四季それぞれに異なる魅力があります。
基本情報
| 名称 | 須賀家住宅北蔵(すがけじゅうたくきたぐら) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録番号 | 21-0176 |
| 登録年月日 | 平成22年(2010年)1月15日 |
| 建築年 | 明治25年(1892年) |
| 構造 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積21㎡ |
| 規模 | 桁行5.5m × 梁間4.5m |
| 棟梁 | 田口鍬吉、大前定助 |
| 所在地 | 岐阜県下呂市萩原町中呂字沼334 |
| 交通アクセス | JR高山線 禅昌寺駅下車(下呂駅から1駅) |
参考文献
- 文化遺産オンライン - 須賀家住宅北蔵
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/218839
- Weblio辞書 - 須賀家住宅北蔵(国指定文化財等データベース)
- https://www.weblio.jp/content/須賀家住宅北蔵
- 文化庁 - 登録有形文化財(建造物)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
- 飛騨萩原観光協会
- https://hgwt.jp/
- 下呂市公式サイト - 神社・仏閣(下呂地区・萩原地区)
- https://www.city.gero.lg.jp/site/kanko/1241.html
- 久津八幡宮 - 飛騨萩原観光協会
- https://hgwt.jp/sightseeing/139