久津八幡神社の夫婦スギ──飛騨の地に千五百年を見つめてきた二本の巨木
岐阜県下呂市萩原町、飛騨川沿いの静かな山里に佇む久津八幡宮。その本殿の左後方に、まるで時間そのものが姿を現したかのように、二本の巨大なスギが寄り添って立っています。「夫婦スギ」と呼ばれるこの二本の老樹は、推定樹齢およそ1,200年から1,500年。日本最古級の巨樹として、昭和3年(1928年)に国の天然記念物に指定されました。本殿の建立よりもはるか以前からこの地に根を下ろし、数えきれないほどの春と冬、嵐と祈りを見つめ続けてきた、生きた歴史の証人といえる存在です。
歴史的背景
夫婦スギの物語は、久津八幡宮そのものの歴史と深く結びついています。社伝によれば、久津八幡宮の創祀は仁徳天皇65年(377年)にまで遡るとされ、勅命を受けた武振熊命が、両面宿儺を討伐する途中、この地に応神天皇の御霊を奉祀したことに始まると伝えられています。やがてこの神社は飛騨国二宮、南飛騨総鎮守として広く崇敬を集めるようになりました。
平安時代末期の平治元年(1159年)には、源義朝の長男・源義平が飛騨に入国した際に、鎌倉の鶴岡八幡宮の御神霊を勧請したと伝えられています。現在の本殿は室町時代の応永19年(1412年)、飛騨国領主の白井太郎俊国によって再建されたもの。拝殿は安土桃山時代の天正9年(1581年)、飛騨の領主であった三木自綱によって建立されました。これら二棟の建造物はいずれも国の重要文化財に指定されており、本殿と拝殿、そして夫婦スギが揃って今に伝わる稀有な境内空間を形づくっています。
夫婦スギはこれらの社殿が建つよりもはるか以前から、この地に立っていたと考えられています。樹齢の推定には幅がありますが、最も古い見積もりに従えば、これらの巨樹は平安京の華やかな貴族文化が花開く以前、すでに堂々たる古木として境内を見守っていたことになります。
国指定天然記念物となった理由
夫婦スギは、昭和3年(1928年)11月30日に国の天然記念物として指定されました。その指定理由は、単に巨木であることに留まりません。
まず特筆すべきは、その圧倒的な規模です。本殿に向かって左後方に並び立つこの二本のうち、奥に立つ通称「雄スギ」は、根元の幹周囲が約12メートル、目通り幹周囲は10.7メートル、樹高は約25メートル。前方の「雌スギ」は目通り幹周囲が約8.9メートル、樹高24.7メートルと記録されており、ともに日本有数のスギの巨樹として知られています。幹を一周するには、大人が数人手をつないでようやく囲めるほどの太さで、その姿はまさに圧巻です。
さらに、二本の巨樹がほぼ同じ場所で千年以上にわたって共存してきたこと自体が、植物学的にきわめて貴重な事例です。台風、強風、雪害、地震といった数々の自然災害を乗り越えて今も生き続ける姿は、飛騨の森林環境と巨樹のたくましさを物語る貴重な研究対象となっています。これまでの台風や強風などにより、幹や枝には多くの損傷が見受けられますが、それすらも長い歴史の刻印として、この夫婦スギの威厳を一層深めています。
そして忘れてはならないのが、文化的・信仰的な価値です。「夫婦」と称される雄雌一対の巨樹は、日本古来の自然崇拝の伝統と深く結びついており、地域の人々から長く神聖視されてきました。
魅力と見どころ
夫婦スギに対面した参拝者の多くは、まずその存在感に圧倒され、しばし足を止めて見上げます。本殿のすぐ後ろにそびえる雄スギは、深い縦の溝を刻んだ巨大な幹に、千年を超える歳月の積み重ねを宿しています。その手前に立つ雌スギは、雄スギに比べてやや細身ながら、決して見劣りすることのない堂々たる姿を見せます。
とりわけ目を引くのが、雌スギの幹に見られる乳房のようなコブです。古くから地域の人々はこのコブに、子授け・安産・子育てのご利益を願ってきました。今でも、二本の木の根元に静かに手を合わせる参拝者の姿が絶えません。
また、二本のスギの梢には、昭和9年(1934年)の室戸台風で幹の上部が折れた痕跡が残されています。この傷もまた、夫婦スギが歩んできた歴史と、自然の力を受け止めながら立ち続ける姿を物語る、かけがえのない一部です。
境内を訪れた際には、夫婦スギとともに二棟の国指定重要文化財もぜひご覧ください。応永19年(1412年)建立の本殿は、中世建築の代表的様式である三間社流造、こけら葺で、その南側の妻にある「鳴いたウグイス」と呼ばれる二羽の鳥の彫刻は、飛騨の匠の手による傑作として伝説とともに語り継がれています。天正9年(1581年)建立の拝殿は、入母屋造のこけら葺で、軒下の「水を呼ぶ鯉」と呼ばれる鯉の彫刻が有名です。村人を水害から守るためにこの鯉が雨を呼ぶ──そんな言い伝えが今に残っています。
参拝情報とアクセス
久津八幡宮は、岐阜県下呂市萩原町上呂に鎮座しています。JR高山本線の飛騨萩原駅から徒歩で約15〜20分。日本三名泉のひとつ下呂温泉駅からは北へ二駅の場所にあり、下呂温泉に滞在中の半日散策コースとしても最適です。
お車でお越しの場合、神社には広い駐車場が完備されており、下呂温泉街からは国道41号線経由で約15分です。境内は終日開放されており、参拝は無料です。スギの梢から木漏れ日が差し込む朝方や、夕暮れ時の柔らかな光のなかでの参拝が特に印象的です。
現役の信仰の場であることから、静かに敬意をもって参拝されることをお願いいたします。樹木保護のため、夫婦スギの幹や根元への接触はお控えください。
周辺の見どころ
夫婦スギのある萩原町とその周辺は、文化と自然の宝庫です。ぜひ時間に余裕をもって、近隣の名所もあわせてお楽しみください。
- 禅昌寺:飛騨萩原駅から南へ一駅の禅昌寺駅近くに位置する天下の名刹。境内の「禅昌寺の大スギ」は推定樹齢約1,200年で、こちらも国の天然記念物に指定されています。
- 下呂温泉:南へ二駅、日本三名泉に数えられる名湯です。古くから湯治場として親しまれ、現在も多くの旅館や立ち寄り湯が並びます。
- 飛騨高山:北へ電車で約50分。江戸時代の街並みが残る古い町並みや酒蔵、季節ごとの祭礼で名高い飛騨の中心地です。
- 飛騨川と中山七里:萩原を流れる飛騨川沿いには美しい渓谷が広がり、春の桜、夏の新緑、秋の紅葉と四季折々の景観を楽しめます。
- 地元の酒蔵:萩原は良質な日本酒の産地としても知られ、天領酒造をはじめとする蔵元での見学・試飲が楽しめます。
Q&A
- 夫婦スギの樹齢はどのくらいですか?
- 資料によって幅がありますが、おおよそ1,200年から1,500年と推定されています。最も古い見積もりに従えば、現在の本殿(1412年再建)よりもはるか以前、平安時代以前からこの地に生育していたことになります。
- なぜ「夫婦スギ」と呼ばれているのですか?
- 堂々たる「雄スギ」と、やや細身ながら寄り添うように立つ「雌スギ」が、夫婦のように二本一対で生育していることから「夫婦スギ」と呼ばれるようになりました。雌スギの幹には乳房のようなコブがあり、古くから子授け・安産・夫婦円満を願う信仰の対象となっています。
- いつ国の天然記念物に指定されたのですか?
- 昭和3年(1928年)11月30日に、国の天然記念物として正式に指定されました。樹齢、規模、そしてスギの巨樹としての学術的・文化的価値が高く評価されたものです。
- 拝観料はかかりますか?
- 境内は終日開放されており、参拝は無料です。現役の信仰の場ですので、静かに敬意をもって参拝してください。また、樹木保護のため、夫婦スギへの接触はお控えください。
- 夫婦スギ以外に、境内で見るべきものはありますか?
- 久津八幡宮の本殿(1412年建立)と拝殿(1581年建立)は、ともに国の重要文化財です。本殿には「鳴いたウグイス」の彫刻、拝殿には「水を呼ぶ鯉」の彫刻があり、いずれも飛騨の匠の名作として、それぞれに伝説が伝えられています。あわせてご覧ください。
基本情報
| 名称 | 久津八幡神社の夫婦スギ(くづはちまんじんじゃのめおとすぎ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定天然記念物(昭和3年〔1928年〕11月30日指定) |
| 所在地 | 岐阜県下呂市萩原町上呂 |
| 所有者 | 久津八幡宮 |
| 推定樹齢 | 約1,200年〜1,500年 |
| 雄スギ | 根元幹周囲約12m、目通り幹周囲10.7m、樹高約25m |
| 雌スギ | 目通り幹周囲約8.9m、樹高24.7m |
| アクセス | JR高山本線「飛騨萩原駅」より徒歩約15〜20分 |
| 拝観 | 境内自由(参拝無料、終日開放) |
参考文献
- 岐阜県公式ホームページ 文化伝承課「久津八幡宮の夫婦スギ」
- https://www.pref.gifu.lg.jp/page/367163.html
- Wikipedia「久津八幡宮」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/久津八幡宮
- 下呂市公式ホームページ「神社・仏閣(下呂地区・萩原地区)」
- https://www.city.gero.lg.jp/site/kanko/1241.html
- 文化遺産オンライン「久津八幡宮本殿」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/144798
- 文化遺産オンライン「久津八幡宮拝殿」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/122107
- 岐阜県公式ホームページ「天然記念物(分類別)」
- https://www.pref.gifu.lg.jp/page/13668.html
最終更新日: 2026.05.12