応永十九年に刻まれた、二羽の鶯

久津八幡宮の本殿は、南側の蟇股(かえるまた)に二羽のウグイスが向き合って彫られている。これが地元で「鳴いた鶯」と呼ばれてきた彫刻で、本殿の造営中に鳴いたという飛騨の俗謡が残る。彫られたのは応永十九年(一四一二年)、本殿が再建されたときである。室町時代中期にさかのぼるこの社殿は、境内でもっとも古い建造物であり、岐阜県南部の山あいに残る十五世紀の神社建築として、再建の経緯まで記録に残る数少ない例にあたる。

久津八幡宮が鎮座するのは、下呂市萩原町上呂。飛騨川が高山へ向かって北上する谷あいに位置する。本殿は応永十九年の再建で、構造は三間社流造、屋根はこけら葺である。こけら葺とは、薄い木の板を何枚も重ねて葺いた屋根で、瓦でも茅でもない、木の質感が表に出る仕上げをいう。

誰が建て、なぜ重要文化財となったのか

本殿を再建したのは、飛騨国を領し桜洞に居城を構えた白井太郎俊国である。俊国が祈願主となり、家臣の山下作右衛門友貞を普請奉行に立てた。大工棟梁を務めたのは、美濃国・関の住人で名匠とされた武沢茂右衛門利久で、その流れは奈良時代以来名を知られた飛騨匠(ひだのたくみ)にさかのぼるとされる。再建の経緯は棟札という形で残された。棟札は、建物の完成にあたって大工が屋根裏に納めた、年紀入りの木札である。久津八幡宮では棟札八枚が本殿と一括して指定の対象となっている。

本殿が重要文化財に指定されたのは、昭和二十八年(一九五三年)十一月十四日のことである。価値の一端は、その確かな年代にある。再建者と棟梁の名まで判明する一四一二年の社殿は珍しく、室町期の地方において三間社流造がどう扱われたかをたどる手がかりとなる。意匠は抑制がきいており、装飾彫刻も建物全体に広げるのではなく、蟇股の鶯のように要所を選んで施されている。

訪れたときに見ておきたいもの

まずは鶯である。南面の軒下、蟇股に彫られているため見落としやすい。立ち止まって軒を見上げてほしい。次に屋根の線をたどるとよい。三間社流造の前へ長く伸びた流れは、正面に立つ参拝者に庇をかけるためのもので、こけら葺の屋根ではその曲線が一枚の面ではなく、ゆるやかな段の連なりとして目に映る。

本殿の前に建つ拝殿にも、由来を持つ彫刻がある。拝殿は天正九年(一五八一年)、別の飛騨領主・三木自綱によって建てられ、大正十三年(一九二四年)に本殿とは別に重要文化財へ指定された。軒口には「水を呼ぶ鯉」と呼ばれる鯉の彫刻がある。この鯉が近くの益田川を呼び寄せて洪水を起こすといわれ、村人がのちに矢の彫刻を添えてその精を抑え、水があふれなくなったという話が残る。彫刻に対して、別の彫刻が解決策として加えられた珍しい例である。

境内でもう一つ時間を割きたいのが、玉垣に囲まれた二株の巨杉、夫婦杉である。国の天然記念物に指定されている。幹回りはそれぞれ約十二・五メートル、樹齢はおよそ一千五百年とされるが、一千二百年とする説もある。本殿に近い側を雄杉、お祓い所に近い側を雌杉と数える。雌杉の地上およそ二・四メートルの高さには、乳房の形をした丸いこぶがあり、乳のような色をした樹脂をにじませる。乳の出が乏しい産婦がこれに祈った習いがあり、今も「もらい乳のこぶ」と呼ばれている。上部の幹は昭和九年(一九三四年)の室戸台風で折れ、その痕が今も残る。

神社の由緒と周辺

久津八幡宮は南飛騨の総鎮守とされ、伝承によっては高山の飛騨一宮水無神社に次ぐ飛騨国二宮に数えられる。主祭神は応神天皇で、当地では弓矢や武をつかさどる八幡神として祀られてきた。社伝では創祀を仁徳天皇の御代、三七七年とし、両面宿儺(りょうめんすくな)を征した武振熊命が応神天皇の御霊を奉じたことに始まると伝える。八幡神そのものが勧請されたのは平治元年(一一五九年)で、源義平が鎌倉の鶴岡八幡宮から迎えたとされる。

神社は飛騨の谷を縦に貫く国道四十一号沿いにあり、鳥居は狭い踏切に面している。無料の駐車場は八十台ほどを収容する。鉄道ではJR高山本線が便利で、飛騨萩原駅から徒歩およそ十八分、上呂駅も近い。数分南の下呂は全国に知られた温泉地で、滞在の拠点に向く。禅昌寺や飛騨川沿いの露天の湯も近い。

Q&A

Q本殿はいつのもので、中に入れますか。
A本殿は応永十九年(一四一二年)の再建で、境内最古の建造物です。多くの神社本殿と同じく内部は非公開で、外から拝観します。彫刻や屋根の線は外からよく見えます。
Q鳴いた鶯の彫刻はどこにありますか。
A本殿南側の軒下、蟇股と呼ばれる部材に彫られています。その面に向かって、軒を見上げると確認できます。
Q拝殿や夫婦杉も文化財ですか。
Aはい。拝殿は天正九年(一五八一年)建立の重要文化財で、本殿とは別の指定です。夫婦杉は国の天然記念物です。三つとも一度の参拝で見られます。
Q御朱印はいただけますか。
A社務所が無人のことが多く、御朱印を受けられない場合があります。祭礼や年末年始は対応の可能性が高まります。いただければ幸いという心づもりで訪れるとよいでしょう。
Q車がなくても行けますか。
AJR高山本線を高山方面に進み、飛騨萩原駅(徒歩約十八分)または近くの上呂駅で下車します。下呂温泉からは北へ短時間の乗車で着きます。

基本情報

名称久津八幡宮本殿(くづはちまんぐうほんでん)
所在地岐阜県下呂市萩原町上呂2345-1
指定区分重要文化財(建造物) 昭和28年(1953年)11月14日指定
建立年代応永19年(1412年) 室町時代中期
構造形式三間社流造、こけら葺 1棟
附(つけたり)棟札8枚
所有者久津八幡宮
アクセス国道41号沿い/JR高山本線・飛騨萩原駅から徒歩約18分/無料駐車場約80台
公開状況境内は自由に参拝可。本殿は外観を拝観

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 久津八幡宮本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1098
文化遺産オンライン(文化庁) 久津八幡宮拝殿
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/122107
久津八幡宮(ウィキペディア日本語版)
https://ja.wikipedia.org/wiki/久津八幡宮
萩原町観光 久津八幡宮
https://hgwt.jp/sightseeing/139
下呂温泉ファン 久津八幡宮(アクセス・駐車場)
https://www.gero-spa.net/kuzuhachimangu/

最終更新日: 2026.06.02