旧横浜高等工業学校本館:戦前モダニズム建築の傑作

横浜市南区の弘明寺地区に、昭和初期の日本の教育への情熱と建築技術の粋を今に伝える建物が静かに佇んでいます。旧横浜高等工業学校本館、現在は横浜国立大学教育学部附属横浜中学校の校舎として使用されているこの建物は、文部省直轄学校における鉄筋コンクリート造校舎の戦前最後期のものとして、2000年12月に登録有形文化財に指定されました。ルネサンス様式の風格とモダニズムの先進性が見事に融合したこの建築遺産は、訪れる人々に日本の近代建築の魅力を伝えています。

横浜高等工業学校の歴史

横浜高等工業学校は、第一次世界大戦後の高等教育機関拡張政策の一環として、1920年(大正9年)1月に設立されました。機械工学科・応用化学科・電気化学科の3科でスタートし、後に建築学科・造船工学科・航空工学科なども増設されていきました。

初代校長・鈴木達治が掲げた「三無主義」(無試験・無採点・無賞罰主義)は、当時としては非常に先進的な教育理念でした。学生の自主性を重んじ、創造性を育むこの方針は、多くの優秀な技術者を輩出する土台となりました。

しかし、1923年(大正12年)の関東大震災により、校舎はほぼ全壊という壊滅的な被害を受けます。文部省からは名古屋への移転を命じられましたが、学校関係者はこれを拒否。横浜の地で復興を遂げる決意を固めました。復興工事は複数期に分けて行われ、本館は1936年(昭和11年)9月に完成、内装工事は1938年(昭和13年)7月に完了しました。

戦後、横浜高等工業学校(1944年より横浜工業専門学校に改称)は、新制横浜国立大学工学部の母体となりました。本館は1979年まで工学部校舎として使用され、その後1981年8月に横浜国立大学教育学部附属横浜中学校が中区立野地区から移転し、現在に至っています。

なぜ登録有形文化財に指定されたのか

旧横浜高等工業学校本館が登録有形文化財に指定された背景には、いくつかの重要な価値があります。

第一に、文部省直轄学校における鉄筋コンクリート造校舎の戦前最後期の建築物として、日本の近代教育施設の歴史を物語る貴重な存在であることが挙げられます。戦時体制への移行により、このような大規模な教育施設の建設は困難となったため、本館は一つの時代の終わりを告げる建築遺産といえます。

第二に、建築様式の融合という点で高い芸術的価値を持っています。両翼を前面に突出させたルネサンス様式的な構成を採用しながらも、外観は窓台・まぐさを連続させて水平線を強調し、正面中央には縦長の連続窓を配するなど、モダニズム的な意匠でまとめられています。伝統と革新が見事に調和した設計は、当時の建築家たちの高い技術と美意識を示しています。

第三に、鉄筋コンクリート造3階建て、建築面積1,800㎡という規模は、戦前の教育施設として非常に充実したものであり、当時の教育への期待と投資の大きさを物語っています。

建築の見どころ

旧横浜高等工業学校本館の建築デザインには、昭和初期の官立学校建築の洗練された美意識が随所に表れています。

まず注目すべきは、ルネサンス様式に倣った左右対称の平面構成です。両翼を前方に突出させることで、中央にコの字型の空間を生み出し、訪れる者を威厳と歓迎の両方の印象で迎えます。高等教育機関にふさわしい風格を演出しています。

外壁はタイル仕上げとなっており、耐久性と美観を兼ね備えています。窓台とまぐさ(窓上部の横材)を連続させることで生まれる水平の帯は、当時台頭しつつあったモダニズム建築の特徴を取り入れたものです。これにより、建物全体に流れるような軽快さが加わっています。

ファサード中央部に配された縦長の連続窓は、ドラマチックな視覚的焦点を生み出しています。この垂直要素が水平強調とバランスを取り、建築構成に洗練されたリズムを与えています。内部への採光という機能面でも優れた設計となっています。

2008年には外壁タイルの改修工事が行われ、建物の美観が保たれています。これにより、今後も長きにわたってこの建築遺産を鑑賞することができます。

見学について

この建物は現在も中学校校舎として使用されているため、内部の一般公開は行われていません。しかし、周辺の道路からその堂々とした外観を十分に鑑賞することができます。

タイル張りのファサードが朝日を浴びて輝く午前中や、夕暮れ時の柔らかな光の中でのシルエットなど、時間帯によって異なる表情を見せてくれます。建築写真の撮影には、午前中または夕方の斜光線がおすすめです。

教育機関であるため、生徒や職員の皆様のご迷惑にならないよう、マナーを守っての見学をお願いいたします。敷地内への立ち入りはできませんが、公道からの外観見学と撮影は自由に行えます。

春には周辺に桜が咲き、歴史的建築と自然の美しさが織りなす風景を楽しむことができます。

周辺の見どころ:弘明寺と商店街

旧横浜高等工業学校本館の見学は、周辺の弘明寺地区散策と組み合わせることで、より充実した歴史探訪となります。

弘明寺(ぐみょうじ)は、横浜市内最古の寺院として知られる名刹です。養老5年(721年)にインドの善無畏三蔵法師が当地を霊域と感じて結界を創ったのが始まりとされ、天平9年(737年)には行基菩薩が悪病流行を鎮めるために十一面観世音菩薩像を彫刻したと伝えられています。この御本尊は国の重要文化財に指定されており、ハルニレの一木造り、鉈彫りの典型的な作例として美術史上も貴重な存在です。内陣拝観(500円)で間近に拝観することができます。

仁王門に安置される金剛力士像は、13世紀後半の鎌倉仏師の作で、神奈川県内に残る中世最古の仁王像として横浜市有形文化財に指定されています。また、弘明寺は坂東三十三観音霊場の第十四番札所として、古くから多くの巡礼者が訪れる信仰の場でもあります。

弘明寺かんのん通り商店街は、地下鉄弘明寺駅から仁王門へと続くアーケード商店街です。昔ながらの個人商店が軒を連ね、地元の人々の暮らしぶりを垣間見ることができます。名物のあげまんじゅうや季節の和菓子など、食べ歩きも楽しみのひとつです。

弘明寺公園は、かつて寺領だった丘陵地を活かした公園で、展望台からはランドマークタワーやベイブリッジなど横浜の市街地を一望できます。天気の良い日には富士山も見えます。春には大岡川沿いの桜並木とともに、横浜有数の花見スポットとして賑わいます。

アクセス

旧横浜高等工業学校本館へは、公共交通機関で便利にアクセスできます。

横浜市営地下鉄ブルーライン利用の場合:横浜駅から「湘南台」方面行きに乗車し、弘明寺駅まで約15分。弘明寺駅からは徒歩約1分です。地下鉄駅は建物のすぐ近くにあり、最も便利なアクセス方法です。

京浜急行線利用の場合:横浜駅から久里浜・三崎口方面へ「普通」または「エアポート急行」電車で約10分。弘明寺駅から徒歩約8分です。横須賀方面からは上大岡駅で「普通」に乗り換えてください。京急弘明寺駅からは商店街を通り抜けて弘明寺に立ち寄ってから建物を見学するコースがおすすめです。

横浜駅からのアクセスが良好なため、みなとみらいや山手・元町など横浜の他の観光スポットと組み合わせた一日観光も計画しやすい立地です。

Q&A

Q建物の内部を見学することはできますか?
Aこの建物は現在も横浜国立大学教育学部附属横浜中学校の校舎として使用されているため、一般の方の内部見学はできません。ただし、周辺の公道から堂々とした外観を自由に見学・撮影することができます。
Qこの建物の建築的な価値はどのような点にありますか?
A文部省直轄学校における鉄筋コンクリート造校舎の戦前最後期のものとして、日本の近代教育施設の歴史を物語る貴重な存在です。また、ルネサンス様式の左右対称の構成を採用しながら、窓台・まぐさの連続による水平線の強調や中央の縦長連続窓など、モダニズム的な意匠を巧みに融合させた点に高い芸術的価値があります。
Q弘明寺の拝観料はいくらですか?
A境内の散策は無料です。本堂に入堂して国指定重要文化財の十一面観世音菩薩立像を間近で拝観する場合は、拝観料500円が必要です。御本尊は鉈彫りの傑作として知られ、一見の価値があります。
Q訪問におすすめの季節はいつですか?
A一年を通じて楽しめますが、特におすすめは桜の季節(3月下旬~4月上旬)です。大岡川沿いの桜並木と弘明寺公園の桜が見事で、歴史的建築と自然の美しさを同時に堪能できます。また、弘明寺では毎月8日・18日・28日に護摩供が行われ、参拝者で賑わいます。
Qこの地区の散策にはどのくらいの時間が必要ですか?
A旧横浜高等工業学校本館の外観見学、弘明寺の参拝、商店街の散策、弘明寺公園からの眺望を楽しむには、2~3時間程度を見込んでください。商店街でのお食事や買い物をゆっくり楽しむ場合は、半日程度あるとより充実した時間を過ごせます。

基本情報

正式名称 横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校校舎(旧横浜高等工業学校本館)
文化財指定 登録有形文化財(建造物)、2000年(平成12年)12月4日登録
建築年代 昭和前期(1936年9月本館完成、1938年7月内装完了)
構造 鉄筋コンクリート造3階建、建築面積1,800㎡
建築様式 ルネサンス様式的形態にモダニズム的意匠を融合
所有者 国立大学法人横浜国立大学
所在地 〒232-0061 神奈川県横浜市南区大岡2-31-3
アクセス 横浜市営地下鉄ブルーライン「弘明寺駅」より徒歩約1分/京浜急行「弘明寺駅」より徒歩約8分
見学 外観のみ(内部非公開)

参考文献

文化遺産オンライン - 横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校校舎(旧横浜高等工業学校本館)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139291
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002021
横浜高等工業学校 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/横浜高等工業学校
横浜国立大学教育学部附属横浜中学校 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/横浜国立大学教育学部附属横浜中学校
瑞應山 蓮華院 弘明寺 公式サイト
https://www.gumyoji.jp/
弘明寺 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/弘明寺
横浜国立大学教育学部附属横浜中学校 公式サイト
https://yokochu.ynu.ac.jp/
弘明寺かんのん通り商店街
https://www.gumyouji-shoutengai.com/

最終更新日: 2026.01.28

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