隧道の開削が生んだ主屋

旧川本家住宅主屋は、神奈川県横浜市西区西戸部町一丁目に建つ昭和8年(1933年)の木造住宅で、令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

建築年代の決まり方が、この住宅では少し変わっている。家の事情ではなく、鉄道の工事が年代を決めた。

昭和6年(1931年)12月、京浜電気鉄道が横浜駅以南の路線を開通させ、戸部と日ノ出町を隔てる丘陵に隧道を通した。文化庁の解説は、主屋をこの隧道開削に伴って新築されたものと記す。京浜急行電鉄の担当者は、登録答申時の地元放送局の取材に対し、建物の下を自社のトンネルが走っていると述べている。床下を電車が抜けていく住宅である。

造作の骨格は明快で、木造平屋建に一部2階を載せ、屋根は瓦葺、一部を鉄板葺とする。建築面積は231平方メートル。外観は和風で統一されており、通りから見るかぎり、昭和初期の上質な和風住宅という以上の印象は与えない。内部の考え方はそこから離れる。

大正から昭和初期の住宅は、襖や障子で連続する続き間を基本とし、部屋どうしの独立性はさほど高くない。この主屋では廊下が動線を担い、部屋境には棚を組み込んで境界そのものに厚みを持たせている。文化庁の解説が「各室の独立性を高めた近代的な平面」と評するのは、この操作を指す。和風の外皮の内側に寄木張床の応接室が収まり、建具の意匠は細く繊細で、随所に銘木が用いられている。

登録の理由と評価

国宝・重要文化財の「指定」と、登録有形文化財の「登録」は制度の性格が異なる。登録制度は平成8年(1996年)に始まった緩やかな保護の枠組みで、築後おおむね50年を経過し、なお使われている建造物を主な対象とする。所有者の改変の自由度は比較的高く、届出を基本とする運用がとられる。日常的な建築が静かに失われていくことへの歯止めとして設けられた仕組みである。

登録の基準は三つあり、主屋は第一の「造形の規範となっているもの」で登録された。希少性や景観への寄与ではなく、構成と造作の質を評価する基準である。同じ敷地の内蔵と表門及び石垣は、これとは別の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で登録されている。一つの屋敷地から三件が同時に登録され、その根拠が二種類に分かれた点は、この住宅の性格をよく示している。

登録番号は14-0348、第107回登録として令和6年8月15日に告示された。文化審議会が文部科学大臣に答申したのは同年3月15日である。横浜市は答申時の記者発表で、告示されれば市内の国登録有形文化財(建造物)は46件になると記している。

文化庁の評価文が用いる「良質な近代和風住宅」という語のうち、「近代」の側に注意しておきたい。農家でも町家でもなく、洋家具と電灯と個室への要求を抱えた家族が、畳と瓦屋根を手放さずにどう住むかという問いに対する、昭和初期の一つの解答がここにある。

見学の可否と周辺

旧川本家住宅は公開されていない。現在は空き家で、京浜急行電鉄株式会社が所有・管理する。文化庁は登録時の資料に「現在、地域での活用方針を検討中」と記しており、地域住民から活用を望む声があることも報じられている。公開時期の告知はなく、見学者向けの設備もない。

したがって、目にできるのは丘を登る細い路地からの外観に限られる。主屋は南面を正面とし、道路との境には登録対象である表門と石垣が構える。周囲は住宅が密集する生活道路であり、敷地内への立ち入りはできない。公道からの撮影は妨げられないが、近隣は文化財見学のために暮らしているわけではないという点は踏まえておきたい。

交通は良い。京急本線戸部駅から南へ徒歩10分ほど、道のりの大半が登りになる。この戸部駅自体が昭和6年開業の高架駅で、隧道と同じ工事の産物である。丘の反対側の日ノ出町駅からもほぼ同程度の距離にあたる。

数百メートルの距離に野毛山公園と野毛山動物園があり、あわせて歩くのに無理がない。斜面地の石積みに関心があれば、谷を挟んだ山手地区に残るブラフ積の擁壁群が、この屋敷の石垣を読むための対照になる。

内部については、公開が実現するまでは文化庁データベースに収められた写真が最も詳しい手がかりになる。南側外観と洋間西面の二点で、この水準の住宅の記録としては心もとない。地域での検討が形になることを期待したい。

Q&A

Q旧川本家住宅主屋は見学できますか。公開はされていますか。
A公開されていません。現在は空き家で、京浜急行電鉄株式会社が所有・管理しています。拝観時間や入館料の設定はなく、敷地内に立ち入ることもできません。令和6年の登録時点で地域での活用方針が検討中とされており、公開の予定は告知されていません。外観は丘を登る公道から見ることができます。
Q旧川本家住宅主屋はなぜ昭和8年に建てられたのですか。
A文化庁の解説によれば、京浜電気鉄道の隧道開削に伴って新築されました。同社の横浜以南の路線が開通したのは昭和6年12月です。京浜急行電鉄は、建物の下を自社のトンネルが走っていると説明しています。同じ敷地の内蔵は明治32年(1899年)の建築で、昭和8年に移築されて残されました。
Q旧川本家住宅主屋の平面はどのような点が「近代的」なのですか。
A続き間で連続させるのではなく、廊下に動線を集め、部屋境に棚を組み込んで各室の独立性を高めている点です。外観は和風で統一しつつ、内部には寄木張床の応接室を設けています。建具の意匠は繊細で、随所に銘木が用いられており、文化庁は「良質な近代和風住宅」と評価しています。
Q旧川本家住宅主屋へはどう行けばよいですか。最寄り駅はどこですか。
A所在地は横浜市西区西戸部町一丁目13で、京急本線戸部駅から南へ徒歩10分ほどの丘の上にあります。日ノ出町駅からもほぼ同程度です。数百メートルの距離に野毛山公園と野毛山動物園があります。周辺は住宅地の細い路地ですので、通行の妨げにならないよう配慮してください。
Q旧川本家住宅主屋は奈良県にある旧川本家住宅と同じものですか。
A別の建物です。奈良県大和郡山市洞泉寺町には大正13年(1924年)建築の旧遊郭建築「旧川本家住宅」があり、町家物語館として公開されています。名称が同じですが、所在地も建築年代も性格も異なります。本記事で扱うのは横浜市西区の近代和風住宅です。

基本情報

名称旧川本家住宅主屋(きゅうかわもとけじゅうたくおもや)
所在地神奈川県横浜市西区西戸部町一丁目13
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 14-0348/登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年令和6年(2024年)8月15日登録・告示(第107回登録)。文化審議会答申は同年3月15日
員数1棟
寸法木造平屋一部2階建、瓦葺一部鉄板葺、建築面積231平方メートル。年代は昭和8年(1933年)
所有者京浜急行電鉄株式会社
公開状況非公開(空き家)。外観のみ公道から視認可能。令和6年時点で地域での活用方針を検討中

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧川本家住宅主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015003
文化遺産オンライン「旧川本家住宅主屋」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/565561
横浜市記者発表(令和6年3月15日)「国登録有形文化財(建造物)に係る答申について」
https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/kyoiku/2023/bunkatouroku202403.html
文化庁「文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)」令和6年3月15日(PDF)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/94080301_03.pdf
京浜急行電鉄「戸部駅」路線図・各駅情報
https://www.keikyu.co.jp/ride/kakueki/KK38.html

最終更新日: 2026.08.04