春日神社申殿:神と人を繋ぐ聖なる建築
大分県豊後高田市、三笠山の麓に鎮座する春日神社。その境内に建つ「申殿(もうしでん)」は、国東半島に特有の神社建築様式を今に伝える貴重な文化遺産です。本殿と拝殿の間に位置するこの建物は、神への祈りを伝える「中継ぎ」としての役割を担い、宇佐神宮の影響を色濃く受けた大分県北部ならではの建築文化を象徴しています。
2011年に境内の13件の建造物とともに国登録有形文化財に登録された申殿は、1200年以上の歴史を持つ三笠山春日神社の風格を支える重要な建物です。海外からの訪問者にも、日本の神社建築の奥深さと地域性を感じていただける、知る人ぞ知る文化財スポットといえるでしょう。
申殿とは?大分県北部に残る独特の神社建築
申殿(もうしでん)は、大分県北部、特に宇佐地域や国東半島において見られる独特の神社建築形式です。「申す(もうす)」という言葉が示すように、神に祈りや供物を「申し上げる」ための空間として機能し、本殿(神様が鎮まる最も神聖な建物)と拝殿(一般の参拝者が祈りを捧げる建物)の間に位置します。
この三殿一直線に配置する形式は、全国の八幡宮の総本社である宇佐神宮の建物配置と共通するものです。宇佐神宮の影響が濃厚なこの地方では、本殿・申殿・そして「回廊」とも呼ばれる横長の拝殿を持つ神社が数多く存在し、春日神社はその代表的な例として評価されています。
一般的な神社では拝殿から直接本殿に向かって参拝しますが、申殿を持つ神社では、祈りがより段階的に、厳かに神へと届けられる仕組みになっているのです。
春日神社申殿の建築的特徴
春日神社申殿は明治38年(1905年)に造営されました。木造平屋建て、桟瓦葺きの切妻造りで、東西棟(屋根の棟が東西方向に走る配置)という形式をとっています。
建物の規模は桁行一間、梁間一間という小ぶりなものですが、その構造には伝統的な社寺建築の技法が凝縮されています。円柱を長押(なげし)や頭貫(かしらぬき)、台輪で固め、組物には三斗(みつど)を用いています。妻部分は束で棟木や母屋を支持する形式で、簡素ながらも均整の取れた美しい外観を実現しています。
内部は一室の板敷きで、格天井が張られた格調高い空間となっています。柱間の処理も工夫されており、側面の後半部分は板壁としてプライバシーを確保しながら、それ以外の部分にはガラス戸を設け、自然光を取り込む設計となっています。
この建築様式は「当地方に見られる申殿の一例」として、文化庁の登録説明文にも記載されており、地域性を反映した貴重な建造物として評価されています。
なぜ文化財に登録されたのか
春日神社申殿は、2011年(平成23年)10月28日に国登録有形文化財(建造物)に登録されました。この登録は、境内にある13件の建造物を一括して評価したものであり、以下のような価値が認められました。
- 大分県北部に特有の申殿という建築形式の典型例として、地域の神社建築史を理解する上で重要な存在であること
- 本殿・申殿・拝殿を一直線に配置し、西に石段や西門を設ける形式が宇佐神宮の建物配置と共通しており、宗教的・文化的な影響関係を示す貴重な証拠であること
- 神殿の左右に摂社を配する形式も、宇佐神宮と関係の深い柞原八幡宮と共通しており、地域的な建築伝統の広がりを示していること
- 中心的な社殿だけでなく、神門、鐘楼、神楽殿などの付随する社殿がまとまって保存されており、神社境内の歴史的景観が良好に維持されていること
2010年に登録に向けた調査を行った熊本大学大学院の伊東龍一教授は、報告書の中で「三笠山春日神社は長い歴史を持つが、それに相応しい社殿を備えている。宇佐神宮の影響が濃厚にうかがえるこの地方らしく、宇佐神宮と共通する要素が社殿の配置、建物の種類にみられ、それらがセットでよく残されている点が貴重である」と評価しています。
三笠山春日神社の由緒と歴史
申殿が建つ三笠山春日神社は、大同4年(809年)の創建と伝えられる、大分県内でも最も古い春日社の一つです。
神社の創建にまつわる伝承は大変神秘的です。幾夜も続く激しい雷雨の中、楢の大木の梢に白鹿にまたがった白髪の老人が現れ、「われは三笠山に住める翁ぞ」と告げたといいます。これを春日大明神の化身と見た地元の郷士が、ここに宮殿を建てて祀ったのが始まりとされています。
「三笠山」という社名は、奈良の春日大社の背後にそびえる御蓋山(みかさやま)に由来します。明治39年に大分県知事から「西国東郡草地村三笠山」という、奈良の御本社と同様の名称使用を許可され、大分県最古の春日社として崇敬を集めてきました。
中世には豊後国守護の大友氏から篤い信仰を受けて繁栄しましたが、キリシタン大名として知られる第21代当主・大友宗麟によって社殿のほとんどが焼き払われるという苦難も経験しました。現在の建物群は、その後徐々に再建されたものです。
見どころ・魅力
春日神社申殿を訪れる際には、以下のポイントに注目していただくと、より深く日本の神社建築の魅力を感じることができます。
三殿一直線の神聖な配置:本殿・申殿・拝殿が一直線に並ぶ様子を、拝殿から眺めてみてください。祈りが段階的に神へと届けられていく、神聖な空間構成を体感できます。
伝統的な木造建築の技:円柱と横架材の組み合わせ、三斗の組物、格天井など、日本の社寺建築に受け継がれてきた技術の粋を間近で観察できます。
13件の登録文化財:申殿だけでなく、本殿、拝殿、神楽殿、鐘楼、神門、参道鳥居など、計13件の登録有形文化財が境内に集中しています。特に鐘楼は、かつての神仏習合の名残を今に伝える貴重な存在です。
約7,000坪の社叢:神社境内は深い森に囲まれ、苔むした石灯籠や玉垣が静謐な雰囲気を醸し出しています。俗世を離れた聖域の空気を感じることができます。
春日神社潮汲絵巻:文政8年(1825年)の雨乞い神事「大潮汲み」の様子を描いた絵巻物が神社に伝わり、豊後高田市の有形文化財に指定されています。2009年には鎮座1200年を記念して、75年ぶりにこの神事が再現されました。
周辺情報
春日神社は、ユネスコ世界農業遺産に認定された国東半島宇佐地域に位置し、歴史と自然が織りなす魅力的な観光エリアの中にあります。
昭和の町:神社から車で約10分の豊後高田市中心部には、昭和30年代の町並みを再現した「昭和の町」があります。昭和ロマン蔵を拠点に、懐かしい商店街の散策やレトロな車両の見学が楽しめます。
六郷満山寺院群:国東半島には、養老2年(718年)に仁聞菩薩によって開かれたとされる寺院群が点在しています。両子寺、文殊仙寺、国宝の阿弥陀堂を持つ富貴寺など、神仏習合の独特な文化を今に伝えています。
宇佐神宮:全国八幡宮の総本社であり、春日神社の建築に大きな影響を与えた宇佐神宮は必見です。国宝の本殿や、神仏習合の歴史を学べる貴重なスポットです。
熊野磨崖仏:国の重要文化財・史跡に指定された巨大な磨崖仏は、日本最大級の石仏として知られています。自然の岩肌に刻まれた不動明王像と大日如来像は圧巻です。
Q&A
- 申殿と拝殿の違いは何ですか?
- 拝殿は一般の参拝者が祈りを捧げる場所であるのに対し、申殿は本殿と拝殿の間に位置し、神への祈りや供物を正式に「申し上げる」ための中間的な聖域です。この三殿配置は大分県北部に特有のもので、宇佐神宮の影響を受けた建築形式とされています。全国的には珍しい建物タイプです。
- 申殿の内部に入ることはできますか?
- 申殿は神聖な祭祀空間であるため、通常は一般公開されていません。外観は拝殿側から見学でき、その建築的特徴を十分に観察することができます。特別な祭礼の際や、研究目的での見学については、神社に直接お問い合わせください。
- 参拝に適した時期はいつですか?
- 一年を通じて参拝できますが、春(4〜5月)と秋(10〜11月)は気候が穏やかで、社叢の緑や紅葉も美しい時期です。秋の例大祭では伝統的な神事を見学できる機会もあります。早朝の参拝は、静謐な雰囲気の中で神社本来の姿を感じられるのでおすすめです。
- アクセス方法を教えてください
- JR日豊本線宇佐駅からバスで豊後高田バスターミナルへ(約10分)、その後タクシーまたは車で約10分です。昭和ロマン蔵からは車で約10分。国道213号線より呉崎公民館を過ぎ、広瀬川を渡って右折し約2.2kmです。国東半島周遊にはレンタカーの利用が便利です。
- 駐車場はありますか?
- 神社には参拝者用の駐車スペースがあります。大型バスでの訪問や団体での参拝については、事前に神社(電話:0978-24-2529)にお問い合わせいただくことをおすすめします。
基本情報
| 名称 | 春日神社申殿(かすがじんじゃもうしでん) |
|---|---|
| 所属神社 | 三笠山春日神社(みかさやまかすがじんじゃ) |
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成23年(2011年)10月28日 |
| 建築年 | 明治38年(1905年) |
| 建築様式 | 切妻造、桟瓦葺 |
| 構造 | 木造平屋建、桁行一間・梁間一間 |
| 所在地 | 〒879-0613 大分県豊後高田市草地字三笠山5206 |
| アクセス | JR宇佐駅から約9km、昭和ロマン蔵から車で約10分 |
| 電話番号 | 0978-24-2529(春日神社) |
| 神社創建 | 大同4年(809年) |
| 御祭神 | 春日四神(武甕槌命、経津主命、天児屋根命、姫大神) |
| 旧社格 | 郷社 |
参考文献
- 春日神社申殿 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/174537
- 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009087
- 春日神社 (豊後高田市) - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/春日神社_(豊後高田市)
- 九州の神社 - 三笠山春日神社
- https://kyushu-jinja.com/ohita/mikasayama_kasuga-jinja/
- 三笠山 春日神社 - 豊後高田市公式観光サイト
- https://www.city.bungotakada.oita.jp/site/showanomachi/1236.html
- 国東半島宇佐地域世界農業遺産
- https://www.kunisaki-usa-giahs.com/about-area/
- 春日神社 | 神社本庁
- https://www.jinjahoncho.or.jp/6928