三笠山の中心に建つ総欅の社殿
春日神社本殿は、大分県豊後高田市草地字三笠山にある三笠山春日神社の中心社殿で、文化庁の記録では江戸末期(1830〜1868年)の造営とされ、平成23年(2011年)10月28日に国の登録有形文化財に登録された。
境内のほぼ中央に南面して建つ。木造平屋建、銅板葺、建築面積は約17平方メートル。形式は三間社切妻造で、正面に一間の向拝が付く。この組み合わせがまず目を引く。同規模の本殿の多くは前流れの屋根を長く伸ばす流造をとるのに対し、ここでは切妻を短く納め、代わりに軸部を高く立ち上げている。文化庁の解説文が「たちの高い外観構成」と記すのはその点である。
四周には組高欄付の切目縁がまわる。正面三間には蔀を吊り、両側面の前一間には桟唐戸を建てる。妻を見上げると構造がそのまま意匠になっていることがわかる。二重虹梁大瓶束、笈形付き。組物は雲状の尾垂木を伴う二手先で、その先に小天井と支輪を納める。中備には蟇股の輪郭を持つ大瓶束を据える。
部材は総欅。木口を白く塗るほかは素木のままである。
登録に至る経緯と評価の視点
登録有形文化財は、重要文化財の指定とは制度の性格が異なる。築後おおむね50年を経た建造物のうち、国土の歴史的景観に寄与しているものなどを対象とし、所有者による通常の使用や修繕を大きく縛らない代わりに、国が台帳に登載して技術的な支援を行う。本殿の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
登録は単独ではなかった。同じ日に当社の13件が一括して登録され、登録番号は44-0183から44-0195まで連番で振られている。本殿はその先頭にあたる。前段の調査は平成22年(2010年)10月、熊本大学大学院の日本建築史研究室が伊東龍一教授のもとで実施し、報告書は翌年1月に文化庁へ提出された。
報告書が重視したのは、個々の建物の質よりも配置である。拝殿・申殿・神殿を一直線に並べ、西側に石段と門を設ける構えは、北方に鎮座する宇佐神宮の建物配置と共通する。さらに本殿の左右に摂社八坂神社(東)と摂社厳島神社(西)を配し、三棟を横に並べる形式は、宇佐との関係が深い柞原八幡宮において神殿の左右に東西の宝殿を建てる形式と重なる。宇佐から国東半島にかけてこの類型の神社は少なくないが、神門・鐘楼・神楽殿までを含む一式が修理を経て揃って残る例は限られる。
年代については補足が要る。当社所蔵の『三笠山春日神社誌』(平成15年)は文化7年(1810年)の改築を記すが、熊本大学の調査はこれを裏づける確かな根拠を見いだせないとし、笈形の形状や絵様などの細部から19世紀前半の造営と判断した。文化庁データベースはより幅を持たせて江戸末期(1830〜1868年)とする。三者は実質的に矛盾せず、精度の差と見てよい。
近づいて見たいところ
正面から寄ると向拝の彫刻が目に入る。木鼻は正面が獅子、側面が象である。いずれも列島の在来種ではない。仏堂建築を通じて日本の建築語彙に入った意匠が、19世紀の村の神社にごく自然に使われている。水引虹梁は円弧状で、身舎柱とは海老虹梁でつなぐ。組物は連三ツ斗、手挟を入れる。
内部は前方に畳を四枚敷き、後方を神棚とする。側柱筋よりやや後ろに中柱を二本立て、その間の中央間に扉を設けて一段高く造るが、この中央部の嵩上げは後の改造で、もとは左右と同じ高さだった。
天井の上にもう一枚の天井がある。現在見えるのは漆喰塗り廻しの折上天井で、平成12年から14年にかけての大改修に伴うものと考えられている。旧来の鏡天井はその上の空間にそのまま残されている。参拝者の目に触れることはない部分だが、知って眺めると建物の見え方が変わる。
もう一点、前に立つときに意識しておきたいことがある。この一棟には武甕槌命・経津主命・天児屋根命・姫大神の春日四神が同座している。もとは四殿並立であった。天文19年(1550年)に大友氏21代当主となった大友宗麟が領内の社寺を破却した際、当社も例外とならず、四殿の本殿も境内外の社殿もことごとく焼失した。天正5年(1577年)に氏子が力を合わせて宝殿一宇を旧地に再建し、四柱を同殿に奉斎した。三間社という平面は、そのときの判断が形になったものである。
境内は時間の制限なく参拝でき、拝観料の設定はない。本殿内部は非公開で、拝殿越しに外観を眺める形になる。左右の摂社は縁のあたりまで近づいて細部を見ることができる。外観の撮影に制限はないが、祭典中の撮影は社務所に一声かけたい。JR日豊本線の宇佐駅から約7キロメートル、車でおよそ15分。豊後高田市街の昭和の町からは車で約10分の距離にある。問い合わせは社務所(0978-24-2529)へ。
Q&A
- 春日神社本殿は参拝できますか。拝観料や公開時間はありますか。
- 境内は時間の制限なく参拝でき、拝観料もありません。本殿は外観の見学のみで、内部は非公開です。前に建つ拝殿の側から眺める形になります。通常の参拝を超える見学については、事前に社務所(0978-24-2529)へお問い合わせください。
- 春日神社本殿はいつ建てられたのですか。資料によって年代が違うのはなぜですか。
- 文化庁データベースは江戸末期(1830〜1868年)とします。『三笠山春日神社誌』は文化7年(1810年)の改築を記しますが、平成22年の熊本大学の調査は確かな根拠を見いだせないとし、細部意匠から19世紀前半と判断しました。三つの記述は同じ時期を指しており、精度の差と考えられます。
- 春日神社本殿の建築形式にはどのような特徴がありますか。
- 三間社切妻造、向拝一間、銅板葺です。同規模の本殿に多い流造ではなく切妻造をとり、建築面積約17平方メートルに対して軸部を高く立てた構成になります。妻飾は二重虹梁大瓶束、組物は二手先で小天井と支輪を伴います。総欅の素木造です。
- 春日神社本殿にはどの神が祀られていますか。
- 武甕槌命・経津主命・天児屋根命・姫大神の春日四神です。もとは四殿並立でしたが16世紀に焼失し、天正5年(1577年)の再建以降は一棟に同座しています。
- 春日神社へのアクセスと、境内の他の登録文化財を教えてください。
- JR宇佐駅から車で約15分、豊後高田の昭和の町からは約10分です。境内および御旅所の13件が登録されており、拝殿・申殿・摂社八坂神社・摂社厳島神社・神門・西門・鐘楼・神楽殿・籠り屋・余興舞台と、参道鳥居・西参道鳥居が含まれます。
基本情報
| 名称 | 春日神社本殿(かすがじんじゃほんでん) |
|---|---|
| 所在地 | 大分県豊後高田市草地字三笠山5206 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 44-0183 |
| 指定年 | 平成23年(2011年)10月28日 登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、銅板葺、建築面積約17平方メートル |
| 所有者 | 宗教法人春日神社 |
| 公開状況 | 境内自由・拝観料なし。外観のみ見学可、内部非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/春日神社本殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009084
- 文化遺産オンライン/春日神社本殿
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/174334
- 三笠山 春日神社/有形文化財
- https://www.mikasayama-kasuga.com/bunkazai.html
- 三笠山 春日神社/由緒
- https://www.mikasayama-kasuga.com/history.html
- 大分県/国指定・選定等文化財一覧(PDF)
- https://www.pref.oita.jp/kyoiku/tmp/bunka/post-101/1.pdf
最終更新日: 2026.08.04