入母屋造で妻入の本殿 ― 1914年に指定
総社本殿は、岡山県津山市総社にある社殿で、1914年(大正3年)4月17日に指定を受け、現在は重要文化財である。員数は1棟、分類は宗教建築、所有は総社である。
文化庁は構造及び形式を「桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、向拝一間、向唐破風造、こけら葺」とする。入母屋造で妻入という組み合わせが、この本殿の形を決めている。
神社の本殿は平入が多い。妻入は屋根の三角形が見える側を正面とする形で、正面に切妻の妻壁が立つことになる。そこに向拝を一間張り出す。
建立年が資料により異なる
この本殿の年代について、記述が分かれる。
文化庁は年代を「江戸前期/1657」とする。一方、岡山県神社庁は「現在の本殿は、永禄5年(1562年)に毛利元就が造営したもので、明暦3年(1657年)に国主森長継が大修理を加え」と記す。
文化庁の1657年は、神社庁のいう大修理の年にあたる。造営を1562年とみるか、大修理を経た1657年をもって年代とみるかで記述が分かれている。永禄5年と明暦3年の間は95年である。
本稿はいずれか一つを採らず、文化庁の記載(1657年)を主としつつ、造営を1562年とする記述があることを記すにとどめる。昭和7年(1932年)には国と氏子崇敬者の協力により解体修理が行われたとも神社庁は記す。
向拝の破風も記述が違う
年代のほかに、向拝の形についても記述の違いがある。
文化庁は「向拝一間、向唐破風造」とする。向唐破風は、中央が凸に反り両端が凹に反る曲線の破風である。一方、岡山県神社庁は「向拝に千鳥破風を配した独特な様式」と記す。千鳥破風は直線的な三角形の破風で、向唐破風とは形が異なる。
本稿は文化庁の記載(向唐破風造)を採り、神社庁が千鳥破風とすることを併記するにとどめる。同じ部材について二通りの記述があることになる。
屋根はこけら葺である。薄く割った板を重ねて葺く方法で、瓦葺や檜皮葺とは別の仕上げにあたる。
美作の総社である
総社は、国内の神々をまとめて祀る社をいう。国司が国内の各社を巡拝する手間を省くために設けられた。
岡山県神社庁によれば、美作国司が今の社地である亀甲山に社殿を移し、大巳貴命を主祭神として、一宮の中山神社、二宮の高野神社の両大社をはじめ、美作65郷のすべての神祇を合祀して総社宮と名付けたとされる。
その後およそ500年間、歴代の国司はこの御神意を奉じて国内の政治を執り行ったという。鎌倉時代に国府がすたれた後も、美作三大社の一つとして崇敬されたと記される。
神社庁は「全国の総社の内で当社のみが大正3年に指定され」と記す。全国に総社は多数あるが、指定を受けたのは当社のみという説明である。
参拝
総社は津山市総社427にある。境内の参拝は自由である。
本殿は屋外にあるが、社殿の内部に立ち入ることはできない。外から入母屋造妻入の形と向拝を確かめることになる。
12月10日には作州の神社の中では特殊な湯立神事が行われる。春季例祭は4月10日、秋季例祭は10月第2日曜日である。神事の日は通常と異なる状況になるので、静かに拝観したい場合は避けたい。
交通は津山工業高校から西に約600メートルである。駐車場は15台分ある。
Q&A
- 総社本殿はいつ指定されましたか。
- 1914年(大正3年)4月17日に指定を受け、現在は重要文化財です。員数は1棟、分類は宗教建築、所有は総社。文化庁は年代を「江戸前期/1657」とします。
- 建立年について異なる記述があるのはなぜですか。
- 文化庁は1657年としますが、岡山県神社庁は永禄5年(1562年)に毛利元就が造営し、明暦3年(1657年)に森長継が大修理を加えたと記します。文化庁の1657年は大修理の年にあたり、造営年とみるか大修理後の年代とみるかで記述が分かれています。
- どのような構造ですか。
- 文化庁は「桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、向拝一間、向唐破風造、こけら葺」とします。神社の本殿は平入が多いなか、妻入は屋根の三角形が見える側を正面とする形で、正面に切妻の妻壁が立ちます。
- 向拝の破風はどのような形ですか。
- 記述が分かれます。文化庁は「向唐破風造」とし、中央が凸に反り両端が凹に反る曲線の破風を指します。岡山県神社庁は「千鳥破風」とし、こちらは直線的な三角形の破風です。同じ部材について二通りの記述があります。
- 総社とは何ですか。
- 国内の神々をまとめて祀る社で、国司が国内の各社を巡拝する手間を省くために設けられました。岡山県神社庁によれば、美作国司が亀甲山に社殿を移し、一宮の中山神社、二宮の高野神社をはじめ美作65郷のすべての神祇を合祀して総社宮と名付けたとされます。
基本情報
| 名称 | 総社本殿(そうじゃほんでん)/通称は美作総社宮 |
|---|---|
| 所在地 | 岡山県津山市総社427 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 1914年(大正3年)4月17日 指定 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行3間、梁間3間、一重、入母屋造、妻入、向拝1間、向唐破風造、こけら葺。文化庁は年代を江戸前期の1657年とし、岡山県神社庁は1562年の造営、1657年の大修理と記す |
| 所有者 | 総社 |
| 公開状況 | 境内の参拝は自由。社殿の内部に立ち入ることはできない |
参考文献
- 文化遺産オンライン 総社本殿
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195680
- 岡山県神社庁 総社
- https://www.okayama-jinjacho.or.jp/search/16910/
- 津山市観光協会 美作総社宮
- https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/mimasakasoujagu/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.04