1501年築造の王陵 ― 2018年に国宝
玉陵は、沖縄県那覇市首里金城町にある琉球第二尚氏王統の王陵で、2018年(平成30年)12月25日に国宝に指定された。それに先立つ1972年(昭和47年)5月15日には玉陵墓室石牆が重要文化財となり、玉陵は史跡に指定されている。員数は5棟。所有は那覇市である。
5棟の内訳は、墓室の東室・中室・西室と、外周石牆・中央石牆である。墓室は各石造、切妻造、瓦葺で、前壇および石階が附属し、石造の塔3基も附属する。外周石牆は周囲192.7メートルで第一門と瘞坎二所を含み、中央石牆は延長40.8メートルで中門を含む。墓域は2,442平方メートルである。
文化庁の解説は成り立ちをこう記す。玉陵は首里城の西側に位置する琉球第二尚王統の王陵で、三代尚真王により1501年に築造された。ほぼ長方形の平面に廻らす石牆の奥に3棟の墓室を連立させ、前方に祭祀のための広い前庭を設ける。
那覇市によれば、尚真王が父尚円王の遺骨を改葬するために築いたもので、以後、第二尚氏王統の陵墓となった。沖縄県内で建造物が国宝に指定されたのは、これが初めてである。
破風墓 ― 現存最古かつ最大
文化庁は墓室の構造を具体的に記す。墓室は、自然の洞穴を利用しながら前面に石灰岩の切石を精緻に積み上げて切妻造の墓室を築造した、いわゆる破風墓の形式を持つ。
破風墓は、切妻屋根の妻側を正面に向けた形式の墓をいう。自然の洞穴を利用しているという点が重要で、まったくの新築ではなく、既にある岩の空洞の前面に切石を積んで墓室の形を与えている。
那覇市は、全体のつくりが当時の板葺き屋根の宮殿を表した石造建造物であると記す。石で木造建築の形を写しているわけである。
文化庁の評価はこうである。玉陵は現存最古かつ最大の破風墓を中心とする規模壮大な王陵であり、琉球の葬送慣習を伝えるとともに、被葬者に応じて墓室を区分するという、王陵に固有の特殊性も有している。
3室の使い分け ― 洗骨という慣習
3つの墓室には、それぞれ別の役割がある。文化庁はこう記す。中室には洗骨前の遺体を安置し、洗骨後に、東室に王と王妃を、西室に王族を納骨したと考えられる。
洗骨は、遺体を墓室に安置して数年を経たのち、遺骨を洗い清めて改めて納める沖縄の葬送慣習である。中室はその前段階の場所であり、東室と西室が最終的な納骨の場所にあたる。時間の経過が空間の移動として表されていることになる。
東室と西室の区別は被葬者の身分による。那覇市によれば、東室には洗骨後の王と王妃、西室には墓前の庭の玉陵碑に記されている限られた家族が葬られた。誰を西室に納めるかは碑文で定められている。
文化庁が、被葬者に応じて墓室を区分するという王陵に固有の特殊性と書くのは、この構成を指す。3室あることには、葬送の段階と被葬者の身分という二つの区分が重なっている。
グスクと共通する空間構造
文化庁の評価は建築の位置づけで結ばれる。グスクと共通性のある空間構造を持ち、建築的特徴の顕著な墓室や高欄の精緻な造形なども独特で、意匠的にも優れており、東アジアにおいて独自の文化的発展を遂げた琉球地方における、建築文化と葬墓制を知るうえで貴重である。
グスクは琉球の城塞をいう。石牆を廻らせて内側を区画するという構成が、城と陵で共通している。玉陵では外周石牆と中央石牆で二重に区画され、外郭の門と中郭の門の位置がずらされて、外から直接墓室が見えないようになっている。
墓域は前庭と内庭に分かれ、内庭に3棟の墓室が並ぶ。前庭は祭祀のための場所である。墓が城の構成を借りているという点が、この王陵の建築的な特徴にあたる。
沖縄戦で大きな被害を受けたが、1974年から3年余りをかけて修復工事が行われ、往時の姿を取り戻した。
見学
玉陵は公開されており、観覧料が必要である。開館時間と料金は変更されることがあるため、訪問前に那覇市の案内で確認したい。
墓室の内部には入れない。見学するのは前庭と内庭、そして外から見る墓室の正面である。東室の両脇の塔には獅子像が載っており、一方は子をあやす母獅子、他方は玉と遊ぶ父獅子とされる。見落としやすい位置にあるので、正面に立ったら塔の上を確かめたい。
墓前の庭には玉陵碑が立つ。西室に葬られる者を定めた碑文で、3室の使い分けを理解するうえで欠かせない。
地下には奉安所があり、資料が展示されている。交通は沖縄都市モノレールの首里駅から徒歩約15分、首里城の守礼門から約200メートル西である。
Q&A
- 玉陵はいつ築かれ、いつ国宝に指定されましたか。
- 三代尚真王により1501年に築造されました。1972年(昭和47年)5月15日に玉陵墓室石牆が重要文化財、玉陵が史跡に指定され、2018年(平成30年)12月25日に国宝へ指定されています。沖縄県内で建造物の国宝指定はこれが初めてです。
- 破風墓とは何ですか。
- 切妻屋根の妻側を正面に向けた形式の墓です。玉陵の墓室は自然の洞穴を利用し、前面に石灰岩の切石を精緻に積み上げて切妻造としています。文化庁は玉陵を現存最古かつ最大の破風墓を中心とする王陵と評価しています。
- 3つの墓室はどう使い分けられていましたか。
- 中室に洗骨前の遺体を安置し、洗骨後に東室へ王と王妃を、西室へ王族を納骨したと考えられています。洗骨は遺体を数年安置したのち遺骨を洗い清めて改葬する沖縄の慣習です。西室に葬られる者は墓前の玉陵碑に記されています。
- 玉陵が国宝に指定された理由は何ですか。
- 文化庁は、現存最古かつ最大の破風墓を中心とする規模壮大な王陵であり、琉球の葬送慣習を伝えるとともに被葬者に応じて墓室を区分するという王陵に固有の特殊性をもつこと、グスクと共通性のある空間構造をもち意匠的にも優れていることを挙げ、琉球の建築文化と葬墓制を知るうえで貴重としています。
- 玉陵は見学できますか。
- 公開されており観覧料が必要です。墓室の内部には入れず、前庭と内庭から外観を見ます。東室の両脇の塔には獅子像が載っています。地下には資料を展示する奉安所があります。沖縄都市モノレール首里駅から徒歩約15分です。
基本情報
| 名称 | 玉陵(たまうどぅん) |
|---|---|
| 所在地 | 沖縄県那覇市首里金城町1丁目3番 |
| 指定区分 | 国宝(建造物)/史跡/世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」構成資産 |
| 指定年 | 1972年(昭和47年)5月15日 玉陵墓室石牆を重要文化財、玉陵を史跡に指定/2018年(平成30年)12月25日 国宝 |
| 員数 | 5棟(墓室 東室・中室・西室、石牆 外周石牆・中央石牆)/附 石造の塔3基 |
| 寸法 | 墓域2,442平方メートル。外周石牆は周囲192.7メートル(第一門と瘞坎2所を含む)、中央石牆は延長40.8メートル(中門を含む)。墓室は各石造、切妻造、瓦葺、前壇および石階附属。1501年 |
| 所有者 | 那覇市 |
| 公開状況 | 公開、観覧料が必要。墓室の内部には入れない。地下に奉安所あり |
参考文献
- 文化遺産オンライン 玉陵 墓室(東室)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/124454
- 文化遺産オンライン 玉陵 石牆(外周石牆)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/124657
- 那覇市 玉陵
- https://www.city.naha.okinawa.jp/shisetsu/reisure/1007835/1003522.html
- 沖縄観光情報 おきなわ物語 玉陵
- https://www.okinawastory.jp/spot/1401
最終更新日: 2026.09.03
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- 玉陵 墓室 (東室) 0.00 km
- 玉陵 墓室 (中室) 0.01 km
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