近代ビル群に佇む漆黒の大商家
大阪のビジネス街・堺筋を歩いていると、高層ビルの谷間に突如として現れる漆黒の木造建築に目を奪われます。これが国の重要文化財「旧小西家住宅」です。明治36年(1903年)に完成したこの建物は、戦災を免れた船場の町家として最大規模を誇り、近代大阪の商家建築を今に伝える貴重な存在として知られています。
「くすりの町」道修町で薬種商として創業した小西家が、約3年の歳月と最高級の建材を惜しみなく投じて建設したこの邸宅は、主屋・衣装蔵・二階蔵からなる明治末期の大店の屋敷構えをほぼ完全な形で残しています。現在はボンドで有名なコニシ株式会社が所有し、創業150周年を記念して2020年より史料館として一般公開されています。
小西家の歴史と道修町
小西家の歴史は、安政3年(1856年)に初代儀助が京都から大阪・道修町に出て、「小西屋」の屋号で薬種業を創業したことに始まります。道修町は豊臣秀吉の時代から薬種取引の中心地として栄え、江戸時代には幕府公認の薬種問屋が軒を連ねる日本医薬の中心地でした。
明治3年(1870年)に小西儀助商店として本格的に事業を展開すると、「進取の精神」を掲げてアルコールや洋酒の製造・販売に進出。やがて工業薬品、化学製品へと取り扱い品目を拡大していきました。現在の建物は、事業の発展に伴い二代目儀助が明治33年(1900年)から3年をかけて建設したものです。
この邸宅は昭和46年(1971年)まで小西家の住居として使用され、その後も平成6年(1994年)まで本社機能を担いました。令和元年(2019年)に史料館への改修工事が始まるまで、関連会社の事務所として大切に使い続けられてきました。大阪大空襲を奇跡的に免れ、約120年前の姿をほぼそのまま今日に伝えています。
重要文化財に指定された理由
旧小西家住宅は、平成13年(2001年)6月15日に文部科学大臣により国の重要文化財に指定されました。この指定に至った理由は、建築史的・文化史的な複数の価値が認められたためです。
まず、近代大阪の町家建築を集大成した和風建築であることが挙げられます。道修町通に面した店棟と、奥の居住部を中庭で結ぶ「表屋造(おもてやづくり)」の形式は、大阪商家の伝統的な住まい方を体現しています。建築当初は主屋の一部が三階建となっており、土蔵造・三階建・表屋造という近代大阪町家の特徴をすべて備えていました。
次に、主屋だけでなく衣装蔵・二階蔵も残り、明治末期の大店の屋敷構え全体をよく留めている点が評価されました。このような包括的な保存状態は、現代日本においては極めて稀です。
さらに、栂(つが)の良材をふんだんに用いた上質なつくりで、数寄屋風の趣を有し、付書院の欄間の格子など部屋ごとに斬新な細部の意匠がみられることも重要な評価点となりました。
建築の見どころ:主屋
主屋は道修町通に面して南向きに建ち、間口約18メートル(建築当初は約26メートル)の堂々たる構えを誇ります。一階は漆黒に塗られた板壁に格子戸がずらりと並び、二階は白い漆喰仕上げ。4寸5分勾配の桟瓦葺の屋根が高い棟を配し、明治の大商家にふさわしい風格に満ちています。
明治44年(1911年)の堺筋拡張工事に伴い西側約3間分が道路用地として収用され、さらに関東大震災後には三階部分が危険として撤去されましたが、三階への階段は現在も建物内に残されています。大正期の姿を復元した1/35スケールの模型が史料館に展示されており、かつての三階建ての壮観な姿を偲ぶことができます。
内部に入ると、大きな踏石が格式を示す内玄関、仏間、儀助の居室であった座敷などが続きます。特に印象的なのは、高い吹き抜けを持つ台所で、約50人もの家族・従業員・女中たちの食事を賄った大きな竈(かまど)が往時の暮らしを物語っています。
主屋と居住棟の間には苔むした中庭が配され、採光と通風を確保するとともに、商いの喧騒から離れた静謐な空間を創り出しています。
土蔵の魅力:衣装蔵と二階蔵
主屋の裏手、奥庭を挟んで建つ二棟の土蔵は、旧小西家住宅の重要な構成要素です。
衣装蔵(いしょうぐら)は、明治45年(1912年)上棟の三階建て土蔵造りで、建築面積は45.9平方メートル。堺筋拡張工事により敷地西側が道路用地となった後、伏見町通との角地に新しく建設されました。分厚い土壁と小さな鉄格子窓を持つ防火構造で、小西家の貴重な衣装や調度品、そして100年以上にわたる膨大な史料を守り続けてきました。現在史料館で展示されている歴史資料の多くは、この衣装蔵に収蔵されていたものです。
二階蔵(にかいぐら)は、主屋と同時期の明治36年頃の建設と考えられ、建築面積は52.1平方メートル。本瓦葺の二階建て土蔵造りで、日常の商用品や生活用品の保管に使用されていました。両蔵とも、火災から財産を守るために発達した日本の伝統的な土蔵建築技術の粋を示しています。
史料館としての公開
令和2年(2020年)11月、コニシ株式会社創業150周年を記念して、旧小西家住宅は史料館としてリニューアルオープンしました。1年の改修期間と1億円以上の費用を投じ、重要文化財の価値を損なうことなく一般公開が実現しました。
館内は住宅見学ゾーンと展示ゾーンに分かれています。住宅見学ゾーンでは、内玄関、仏間、座敷、中庭、台所などを巡りながら、明治から大正期の商家の暮らしを追体験できます。展示ゾーンでは、コニシ株式会社の歩みを紹介する映像や、道修町の歴史を物語る史料、市電が走っていた頃の風景映像などが上映されています。
見学はコニシ株式会社の社員によるガイドツアー形式で行われ、建物の歴史や船場商人の伝統、道修町の変遷について詳しく解説を聞くことができます。折り上げ格天井のトイレや、玄関前の滑り止め加工など、細部にまで及ぶ意匠の説明は、建築ファンにとって必見の内容です。
周辺の見どころ
旧小西家住宅の周辺には、道修町の歴史と文化を伝えるスポットが点在しています。
すぐ近くにある少彦名神社は、「神農さん」の愛称で親しまれる医薬の神様を祀る神社です。安永9年(1780年)に京都の五條天神社から少彦名命の分霊を勧請したことに始まり、道修町の薬種商たちの信仰を集めてきました。毎年11月22・23日に行われる「神農祭」は大阪の祭りの締めくくりとして知られ、病除けのお守り「張子の虎」が授与されます。神社に併設された「くすりの道修町資料館」では、300年以上にわたる薬業の歴史を無料で見学できます。
道修町通りには、武田薬品工業や塩野義製薬など大手製薬企業のミュージアムが点在し、「道修町ミュージアムストリート」として整備されています。日本の製薬産業の歴史に興味がある方には、見応えのある街歩きコースとなるでしょう。
また、北浜エリアは江戸時代に日本初の公認米市場が開設された金融の中心地でもあります。大阪取引所(旧大阪証券取引所)や大阪市中央公会堂など、明治・大正期の近代建築も見どころです。
見学のご案内
旧小西家住宅史料館は入館無料ですが、見学は完全予約制となっています。ウェブサイトの専用予約フォームからのみ申し込みを受け付けており、当日の飛び込み見学はできません。
見学可能日は原則として毎週火曜日と金曜日で、各日10時、13時、15時の3回、ガイドツアーが実施されます。1回の定員は1〜8名で、少人数制のため細やかな解説を受けることができます。所要時間は約60〜90分が目安です。
館内では写真撮影は可能ですが、動画撮影は禁止されています。なお、二階部分や土蔵内部は通常非公開ですが、「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」などの特別イベント時には追加公開されることがあります。
アクセスは大阪メトロ堺筋線「北浜駅」5番出口より徒歩約1分と非常に便利です。京阪電車「北浜駅」からも徒歩約6分で到着できます。
Q&A
- 見学の予約方法を教えてください。
- コニシ株式会社の公式ウェブサイト内にある専用予約フォームからのみ申し込み可能です。電話での予約受付は行っておりません。お問い合わせは、コニシ株式会社総務部(06-6228-2847)まで、受付時間10:00〜12:00、13:00〜17:00(土日祝・夏季休暇・年末年始を除く)にご連絡ください。
- 車椅子での見学は可能ですか?
- 明治時代の建築物を保存している性質上、段差や狭い通路、上がり框などがあり、車椅子での見学は困難な状況です。お身体の不自由な方は、事前に史料館へご相談ください。可能な範囲での対応を検討いたします。
- 外国語でのガイドはありますか?
- ガイドツアーは基本的に日本語で行われます。外国語でのガイドは現在のところ実施されておりませんが、海外からのお客様も歓迎しております。建築や展示物は視覚的に楽しめる内容ですので、翻訳アプリなどをご活用いただくか、日本語のわかる方とご一緒にお越しいただくことをおすすめいたします。
- 衣装蔵や二階蔵の内部は見学できますか?
- 通常の見学では主屋1階部分と展示ゾーンのみの公開となっており、土蔵内部や主屋2階は非公開です。ただし、毎年秋に開催される「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪(イケフェス大阪)」などの特別イベント時には、普段非公開のエリアが限定公開されることがあります。
- 「ボンド」との関係を教えてください。
- 旧小西家住宅の所有者であるコニシ株式会社は、明治3年(1870年)に小西儀助商店として薬種業で創業し、その後工業薬品・化学製品へと事業を拡大しました。戦後、合成接着剤の製造に参入し、「ボンド」ブランドで全国的に知られる企業となりました。旧小西家住宅は平成6年(1994年)まで同社の本社として機能しており、日本を代表する接着剤ブランドの発祥の地といえます。
基本情報
| 正式名称 | 旧小西家住宅(きゅうこにしけじゅうたく) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国指定重要文化財(2001年6月15日指定) |
| 建築年 | 主屋:明治36年(1903年)/衣装蔵:明治45年(1912年)/二階蔵:明治36年頃 |
| 建築様式 | 表屋造(おもてやづくり)の大阪町家 |
| 建築面積 | 主屋:462.4㎡/衣装蔵:45.9㎡/二階蔵:52.1㎡ |
| 所有者 | コニシ株式会社 |
| 所在地 | 〒541-0045 大阪府大阪市中央区道修町1丁目6番9号 |
| 入館料 | 無料(要事前予約) |
| 見学可能日 | 火曜日・金曜日(土日祝・夏季休暇・年末年始を除く) |
| 見学時間 | 10:00、13:00、15:00(1日3回のガイドツアー制) |
| アクセス | 大阪メトロ堺筋線「北浜駅」5番出口より徒歩約1分/京阪電車「北浜駅」27番出口より徒歩約6分 |
| 電話番号 | 06-6228-2847(コニシ株式会社 総務部) |
| 予約受付時間 | 10:00〜12:00、13:00〜17:00(土日祝・夏季休暇・年末年始を除く) |
参考文献
- 旧小西家住宅 主屋 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/176942
- 旧小西家住宅 衣装蔵 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/191543
- 旧小西家住宅 二階蔵 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/124514
- 旧小西家住宅史料館 - コニシ株式会社 公式サイト
- https://www.bond.co.jp/konishishiryoukan/
- 旧小西家住宅史料館 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/旧小西家住宅史料館
- 旧小西家住宅史料館 - OSAKA-INFO(大阪観光局)
- https://osaka-info.jp/spot/old-konishikike-jutaku/
- 旧小西家住宅 - 大阪中心(大阪市中央区オフィシャルサイト)
- https://osaka-chushin.jp/spot/11329
- 旧小西家住宅史料館 - 生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪
- https://ikenchiku.jp/ikefes/旧小西家住宅史料館/
- 「旧小西家住宅」明治時代の大阪船場を生きた名建築を訪ねる - SMILE LOG
- https://smile-log.net/former_konishi_residence/
最終更新日: 2026.01.02
近隣の国宝・重要文化財
- コニシ株式会社(旧小西儀助商店)三階蔵
- 大阪府大阪市中央区道修町1-6
- 少彦名神社拝殿
- 大阪府大阪市中央区道修町2-1-8
- 青山ビル
- 大阪府大阪市中央区伏見町2-2-6
- 少彦名神社幣殿
- 大阪府大阪市中央区道修町2-1-8
- 少彦名神社本殿
- 大阪府大阪市中央区道修町2-1-8
- 伏見ビル
- 大阪府大阪市中央区伏見町2-21-1
- 生駒時計店
- 大阪府大阪市中央区平野町2-2-12
- 福井崇蘭館本医学書
- 大阪府大阪市中央区道修町2-3-6
- 啓迪集〈自筆本〉
- 大阪市中央区道修町2-3-6
- 新修本草巻第十五
- 大阪市中央区道修町2-3-6