生駒時計店 ― 大阪・北浜を見守るアール・デコの時計塔
大阪市中央区平野町と堺筋が交差する角地に、街の時を刻み続ける一棟のビルがあります。生駒時計店(生駒ビルヂング)は、1930年(昭和5)に竣工した地下1階・地上5階建てのアール・デコ建築。屋上に据えられた時計塔、振り子に見立てた縦長の出窓と丸窓、そして入口を守るように据えられた鷲の彫刻が特徴的で、大阪を代表する初期昭和期の商業建築のひとつとして親しまれています。創業から150年以上、いまも同じ生駒家が時計・宝飾品の専門店として店舗を営み続けている、生きた文化財でもあります。
文化財としての位置づけ
生駒時計店は、文化庁の国登録有形文化財(建造物)として1997年(平成9)6月12日に登録されました。鉄筋コンクリート造、地上5階・地下1階建、塔屋付きで、建築面積はおよそ176平方メートル。所有者は株式会社生駒ビルヂングです。
建物は隅切りされた角地の形状に沿って斜めに正面を構え、その南東隅から立ち上がる時計塔が独特のシルエットを描いています。北浜界隈に住む人々にとって、長年にわたり街のランドマークとなってきました。現在も1階は生駒時計店の本店として営業を続け、上階は2002年からコンシェルジュオフィス北浜T4Bとしてリノベーション利用されています。
歴史的背景
生駒家の事業は、1870年(明治3)に生駒商店として創業したことに始まります。1926年(大正15)には当時の大阪のメインストリートであった堺筋沿いに堺筋出張店を開設、これが現在の生駒ビルヂングの所在地です。10代目生駒権七は「大阪で盤石の体制を」と考え、商いの本拠地を強化することを最優先課題としました。
その背景には深刻な記憶がありました。1923年(大正12)の関東大震災では、それまで普及していたれんが造の洋風建築が軒並み倒壊・焼失し、その衝撃は全国に波及しました。耐震・耐火に優れる鉄筋コンクリート造が新たな建築の主流になりつつあった時代、生駒権七は近代的で堅牢な本社ビルの建設を決断します。
設計を託されたのは、関西建築協会(現・日本建築協会)の副会頭・副会長を歴任した関西建築界の重鎮・宗兵蔵。その宗建築設計事務所が手がけ、施工は大林組が担当しました。1930年(昭和5)に完成した生駒ビルヂングは、民間のリテーラーとしては類を見ない規模の地下1階・地上5階建で、最先端のアール・デコ意匠とあいまって、街の人々の注目を集めたといいます。
戦時中、金属類回収令により建物のほとんどの金属類は供出されましたが、時計塔のゴング(鐘)は混乱の中で存在を忘れられ、奇跡的に手元に残されました。戦後、世間で通称となっていた「生駒時計店」へ社名を変更し、現在に至ります。
登録有形文化財に指定された理由
生駒時計店は、大阪市街地に残る初期昭和期のアール・デコ商業建築のすぐれた現存例として、その文化財的価値が高く評価されています。とりわけ次のような特徴が指摘されます。
外壁には、一枚ずつ手作業で縦縞の溝を入れた深いブラウン色のスクラッチタイルが用いられ、施主・生駒権七が建物のために特注したものです。その上にはテラコッタが屋上まわりや窓の上下のラインに配され、アール・デコらしい水平線を強調しつつ、バルコニーや出窓には曲線や装飾を効果的に組み合わせています。直線的な幾何学とアクセントとなる曲線の組み合わせは、1920年代後半から1930年代初頭にかけての日本におけるアール・デコ建築の典型例として、建築史家の間でしばしば言及されています。
また、関西建築界の重鎮・宗兵蔵による商業建築の数少ない現存遺構であり、近代化の進む大阪の都心部の商業建築の歴史を伝える貴重な建物としても評価されています。
魅力・見どころ
振り子時計を模したファサードと時計塔
もっとも象徴的な見どころは、屋上の時計塔です。円と直線でまとめられた幾何学的な意匠が、大阪の空に時を告げ続けてきました。設計者・宗兵蔵は時計塔の真下から建物全体を「振り子時計」に見立てて構成しており、5階から3階にかけて伸びる縦長の出窓は振り子の棒を、2階の丸窓は振り子の重り(おもり)を表しているといわれます。時計の専門店という用途を、ファサードそのものに刻み込んだ遊び心あふれるデザインです。
鷲の彫刻、スクラッチタイル、そしてテラコッタ
建物の入口とショーウィンドウを注意深く眺めると、御影石製の鷲の彫刻が、入口2か所とショーウィンドウ5か所の計7か所に配されているのに気づきます。平野町1の交差点に面した外壁には、駒型に「生」の字を刻んだ金属マークを最上段に、8つの同じ形・異なる意匠の装飾板が垂直に並びます。手掻き線入りの別注スクラッチタイルは、時間や光の角度によって微妙に表情を変える奥行きを壁面に与えています。
イタリア大理石の階段と当初のインテリア
玄関を入ると、イタリア産大理石を用いたアール・デコ調の吹き抜け階段が広がります。同じ大理石で造られた竣工当時のエレベータ乗り場枠と、その上部の回転式階数表示インジケーターが完全な状態で保存されており、当時の最先端設備の姿を今に伝えています。1階と2階のあいだの階段壁面には、当初のアール・デコ意匠の照明器具がそのまま残り、ステンドグラスとともに1930年の竣工時の空気を伝えてくれます。一時期、東京のセイコーミュージアムへ寄託されていた時計塔のゴングも、現在は館内に展示されています。
地中に刻まれた耐震・耐火の工夫
このビルの長寿の秘密は、目に見えない部分にもあります。基礎には500本もの基礎杭が打たれ、関東大震災を教訓とした強固な耐震性能が確保されました。窓には防火シャッター、出入口には鉄扉が設けられ、1945年(昭和20)3月の大阪大空襲で周辺が焼け野原となった際にも、堅いコンクリート壁と防火扉によって戦災を免れたと伝えられています。10代目生駒権七の先見の明が、いまもこの建物を支え続けているのです。
周辺情報
生駒時計店は、大阪の歴史的な金融街・北浜にあり、地下鉄堺筋線または京阪電鉄の北浜駅から南西へ徒歩2〜3分。平日の営業時間内であれば、1階店舗内や入口ホール、階段周辺の見学が可能です。建物の内部をより広く公開する機会としては、毎年秋に開催される「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪(イケフェス大阪)」が知られており、屋上時計塔の真下まで上れる特別公開なども実施されてきました。
北浜・平野町一帯は、大阪でも有数の近代建築の集積地です。徒歩圏には、薬の街・道修町に鎮座し医薬の神を祀る少彦名神社、現存する船場の大商家として重要文化財に指定されている小西家住宅主屋、登録有形文化財の青山ビル、船場ビルディング、伏見ビルなどが点在しています。北側には、生駒ビルヂングと同じく宗兵蔵の設計による堺筋難波橋(ライオン橋)と、川沿いの中之島公園、さらに少し足を延ばせば大阪市中央公会堂もあり、北浜から中之島にかけての近代建築散歩のルートは充実しています。
Q&A
- 建物の中に入れますか?
- はい。1階は生駒時計店の店舗として平日営業しており、営業時間内であれば店舗内のほか、入口ホールやイタリア産大理石の階段、ステンドグラスをご覧いただけます。上階はコンシェルジュオフィス北浜T4Bとして利用されている民間オフィスのため通常は非公開ですが、毎年秋の「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」開催時には、より広い範囲が公開されます。
- 設計者はどなたですか?
- 関西建築協会(現・日本建築協会)の副会頭・副会長を歴任した、関西建築界の重鎮・宗兵蔵が設計しました。同じく宗兵蔵が手がけたものとしては、大阪の堺筋難波橋(ライオン橋)や柴島浄水場などが知られています。設計事務所は宗建築設計事務所で、施工は大林組です。
- なぜファサードが振り子時計のような形なのですか?
- 時計を扱う店舗としての性格を、建物そのものに表現するための意図的なデザインです。5階から3階にかけて伸びる縦長の出窓は振り子の棒、2階の丸窓は振り子の重りを表しており、屋上の時計塔とあわせると、ファサード全体が一つの大きな振り子時計を抽象化した姿になっています。
- 戦争で焼けなかったのですか?
- はい。1945年(昭和20)3月の大阪大空襲では周辺一帯が焼け野原となりましたが、生駒ビルヂングは堅牢な鉄筋コンクリート造の壁、出入口の鉄扉、すべての窓に設けられた防火シャッターによって戦災を免れました。一方で、金属類回収令により館内のほとんどの金属類は供出されており、時計塔のゴングは混乱のなかで忘れ去られたために残ったと伝えられています。
- アクセス方法を教えてください。
- Osaka Metro堺筋線または京阪電鉄の北浜駅6番出口から、堺筋を南へ徒歩2〜3分。平野町1丁目交差点の南西角に位置しています。
基本情報
| 名称 | 生駒時計店(生駒ビルヂング) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大阪市中央区平野町2-2-12 |
| 文化財種別 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 1997年(平成9)6月12日 |
| 竣工年 | 1930年(昭和5) |
| 設計 | 宗兵蔵(宗建築設計事務所) |
| 施工 | 大林組 |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造、地上5階・地下1階建、塔屋付 |
| 建築面積 | 約176㎡ |
| 建築様式 | アール・デコ |
| 所有 | 株式会社生駒ビルヂング |
| 交通 | Osaka Metro堺筋線・京阪電鉄「北浜駅」6番出口より徒歩約2〜3分 |
| 店舗営業時間 | 9:00〜17:30(土・日・祝日休業) |
参考文献
- 生駒時計店 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/165532
- 生駒ビルヂングについて ― コンシェルジュオフィス北浜T4B
- https://www.t4bk.com/building/
- 生駒ビルヂングの歴史 ― コンシェルジュオフィス北浜T4B
- https://www.t4bk.com/building/history/
- 生駒時計店(生駒ビルヂング) ― 大阪文化財ナビ
- https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/生駒時計店生駒ビルヂング
- 生駒ビルヂング ― OSAKA-INFO(大阪観光局)
- https://osaka-info.jp/spot/ikoma-building/
- 生駒ビルヂング ― Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/生駒ビルヂング
- 生駒ビルヂング ― 船場ナビ
- https://semba-navi.com/1081/
- 会社概要 ― 生駒時計店
- https://www.ikoma.ne.jp/watchmaker/company/index.html
- 生駒ビルヂング ― 生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2024
- https://ikenchiku.jp/ikefes2024/program/ikoma-bl/
最終更新日: 2026.04.29