1口の短刀 ― 1954年に国宝

短刀〈銘吉光(名物後藤藤四郎)〉は、徳川美術館(愛知県名古屋市東区徳川町1017)にある鎌倉時代の工芸品で、1953年(昭和28年)11月14日に重要文化財となり、1954年(昭和29年)3月20日に国宝に指定された。員数は1口、所有は公益財団法人徳川黎明会である。

この二つの日付は、線刻釈迦三尊等鏡像とまったく同じである。重要文化財となった日も、国宝となった日も一致する。

二つの曜変天目茶碗は国宝の日だけが同じだった。本件と線刻釈迦三尊等鏡像は、両方の日が揃っている。

寸法が、二つの記録でわずかに違う

寸法の値が、記録によって食い違う。

文化庁の記録は、身長27.7センチメートル、元幅2.3センチメートル、茎長11.4センチメートルとする。

徳川美術館の記録は、身長27.6センチメートル、中心長11.5センチメートルとする。

身長が0.1センチメートル短く、茎の長さが0.1センチメートル長い。用語も違い、一方は茎長、他方は中心長という。

ここまで二つの記録の食い違いを見てきた。金剛場陀羅尼経と冥報記は分類、木造五智如来坐像は名称、文祢麻呂墓出土品は時代、太刀〈銘三条〉は分類と時代である。本件は寸法そのものの数値が違う。

どちらかが誤りとは限らない。測る位置や器具によって差が出る。本稿は文化庁の値を主とし、所蔵館の値も併記する。

目釘孔が四つある

茎の記述に、数が出てくる。

茎生ぶ、先栗尻、鑢目勝手下がり、目釘孔四、目釘孔下に二字銘、とある。

目釘孔は柄と刀身を留める釘を通す穴である。それが四つ開いている。

太刀〈銘三条(名物三日月宗近)〉は目釘孔二、太刀〈銘正恒〉は原目釘孔が一つと記されていた。本件は四つで、ここまでで最も多い。

茎は生ぶ、つまり削られていない。それでいて孔が四つある。柄を替えるたびに新しい孔が開けられたと考えられる。使われてきた回数が、孔の数として残っている。

銘の位置も示される。目釘孔下に二字銘、とある。四つのうちどの孔かは記されていない。

贈られた日付と、一緒に贈られた物が記録されている

伝来について、徳川美術館の記録が詳しい。

寛永十六年(1639年)九月、三代将軍家光より二代光友が五月雨郷の刀とともに拝領した、とある。

贈った人、受け取った人、時期、そして同時に贈られたもう一振りの名まで記されている。

曜変天目茶碗(稲葉天目)の伝来は、稲葉家-小野家-岩崎家-静嘉堂とダッシュで並ぶだけだった。喪乱帖は七段階を文章で語った。本件は一つの出来事を、日付と同時の品まで含めて記す。

号の由来も記される。文化庁は、金銀座の元締後藤庄三郎の所持によりこの号がある、とする。所持者の家名が号になっている点は、曜変天目茶碗の稲葉天目と同じ型である。

徳川美術館は後藤庄三郎三次とし、名まで挙げる。

鑑賞

所在は徳川美術館で、所有は公益財団法人徳川黎明会である。館が保管する短刀であり、常設で公開される性格のものではない。

評価も記される。粟田口派の名工藤四郎吉光の作で、同作中比較的に大振りである。華やかな乱れの出来で、帽子の火焔も見事である、とある。

同じ作者の作品のなかで大振りだ、という比較になっている。埴輪武装男子立像が東日本の武人埴輪という範囲で最上級を使ったのに対し、こちらは一人の作者の作品群を範囲としている。

分類にも違いがある。文化庁は工芸品とし、徳川美術館は金工/工芸品とする。所蔵館のほうが細かい。

展示の予定は変わることがあるため、訪問前に館の案内で確認したい。

Q&A

Qこの短刀はいつ指定されましたか。
A1953年(昭和28年)11月14日に重要文化財、1954年(昭和29年)3月20日に国宝へ指定されました。線刻釈迦三尊等鏡像と、二つの日付がまったく同じです。
Q寸法はどのくらいですか。
A記録によって少し違います。文化庁は身長27.7センチメートル、元幅2.3センチメートル、茎長11.4センチメートルとし、徳川美術館は身長27.6センチメートル、中心長11.5センチメートルとします。
Q目釘孔が四つあるのはなぜですか。
A文化庁は理由を記していません。茎は削られていない生ぶの状態で孔が四つあることから、柄を替えるたびに新しい孔が開けられたと考えられます。三日月宗近は二つ、正恒は一つでした。
Qどのように伝わったのですか。
A徳川美術館は「寛永十六年(1639年)九月、三代将軍家光より二代光友が五月雨郷の刀とともに拝領した」と記します。贈った人、受け取った人、時期、同時に贈られたもう一振りまで示されています。
Q後藤という号の由来は何ですか。
A文化庁は「金銀座の元締後藤庄三郎の所持によりこの号がある」と記します。所持者の家名が号になっており、曜変天目茶碗の稲葉天目と同じ型です。

基本情報

名称短刀〈銘吉光(名物後藤藤四郎)〉(たんとう めいよしみつ めいぶつごとうとうしろう)
所在地徳川美術館 愛知県名古屋市東区徳川町1017
指定区分国宝(工芸品)/所蔵館の記録は金工・工芸品とする
指定年1953年(昭和28年)11月14日 重要文化財/1954年(昭和29年)3月20日 国宝
員数1口
寸法文化庁は身長27.7センチメートル、元幅2.3センチメートル、茎長11.4センチメートルとし、所蔵館は身長27.6センチメートル、中心長11.5センチメートルとする。平造、三つ棟、内反で、茎は生ぶ、目釘孔は4つ。作者は藤四郎吉光、時代は鎌倉
所有者公益財団法人徳川黎明会
公開状況館が保管する短刀で、常設の公開ではない

参考文献

文化遺産オンライン 短刀〈銘吉光(名物後藤藤四郎)/〉
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/197480
文化遺産オンライン 短刀 銘 吉光 名物 後藤藤四郎(徳川美術館)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/41598
徳川美術館 公式サイト
https://www.tokugawa-art-museum.jp/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.05