国宝「後藤藤四郎」:天下三作・吉光が残した短刀の最高峰

名古屋の徳川美術館に収蔵される国宝「短刀 銘 吉光 名物 後藤藤四郎」は、日本刀の黄金時代である鎌倉時代に、短刀作りの名手として名高い粟田口吉光が鍛えた逸品です。将軍家と尾張徳川家をつなぐ婚礼の贈り物として伝来したこの短刀には、刀剣としての芸術性と、江戸時代の権力構造を映し出す歴史が凝縮されています。

作者・粟田口吉光とは

後藤藤四郎を鍛えた吉光は、13世紀の鎌倉時代中期に京都の粟田口で活躍した刀工です。通称「藤四郎」として知られ、粟田口派の中でも特に短刀作りに優れた名工として、今日まで高い評価を受け続けています。

安土桃山時代、天下人・豊臣秀吉は吉光を正宗、郷義弘と並べて「天下の三名工」と称えました。この「天下三作」の評価は江戸時代に入っても継承され、8代将軍・徳川吉宗の命で編纂された『享保名物帳』においても、三作の刀剣が最も多く記載されています。吉光の作は34口が名物として収録され、その多くが大名家の秘宝として大切に守られてきました。

吉光の作品の特徴は、「梨子地肌」と呼ばれる梨の実を切ったような美しい地鉄、厚く付いた地沸、そして流麗な銘です。弘誓院流の書を学んだとされる吉光の銘字は優美な書体で、二字銘「吉光」が多くの作品に切られています。

後藤藤四郎の特別な魅力

後藤藤四郎は、吉光の現存作品の中でも際立った特徴を持つ一振りです。刃長27.6センチメートル、茎長11.5センチメートルというサイズは、吉光の短刀としては大振りな部類に入ります。

さらに注目すべきは、その刃文です。吉光の典型的な作例では直刃(すぐは)調の刃文が多い中、後藤藤四郎は乱刃(みだれば)を焼いています。この華やかで変化に富んだ刃文は、名工・吉光の技術の幅広さと、定型にとらわれない創作精神を示すものとして高く評価されてきました。

鎺元の厚さ0.8センチメートル、幅2.4センチメートルという寸法データからも、堂々たる姿の短刀であることが窺えます。反りのない直刀の姿は、実用性と美しさを兼ね備えた鎌倉短刀の理想形を体現しています。

「後藤」の名の由来:金座との縁

「後藤藤四郎」という名物号は、作者の吉光(藤四郎)と、かつての所持者・後藤庄三郎光次の名を合わせたものです。後藤庄三郎光次(1571-1625)は、徳川家康に仕えて幕府の御金改役を務め、金座を統括した人物でした。

金座とは、江戸幕府のもとで小判などの金貨を鋳造・検定する機関です。後藤庄三郎は、もともと京都の彫金師・後藤徳乗の弟子でしたが、その才覚を家康に認められ、徳川家の金融政策を担う重臣へと出世しました。彼が所持していた吉光の短刀が、やがて「後藤藤四郎」と呼ばれるようになったのです。

寛永16年(1639年)9月、この短刀は3代将軍・徳川家光から、尾張徳川家2代・徳川光友へと贈られました。光友と家光の長女・千代姫との婚礼を祝う品として、名刀「五月雨郷」とともに下賜されたのです。将軍家から御三家筆頭への婚礼の贈り物として選ばれたことは、この短刀の格の高さを物語っています。

国宝に指定された理由

後藤藤四郎が国宝に指定されている背景には、複数の価値が認められています。

第一に、日本刀制作の黄金期とされる鎌倉時代中期の作品として、技術的な完成度が極めて高いことが挙げられます。精緻な地鉄、見事な焼き入れ、そして800年近い歳月を経ても保たれた優れた保存状態は、当時の刀工技術の頂点を示しています。

第二に、天下三作の一人である吉光の真作として、専門家による鑑定で認められていることです。吉光の作品は現存数が限られており、確実な作とされる刀剣は日本の刀剣愛好家にとって最高の宝とされています。

第三に、後藤庄三郎から将軍家、そして尾張徳川家へと伝来した明確な来歴があることです。この途切れのない所有の記録は、刀剣の真正性を裏付ける重要な証拠となっています。

徳川美術館で出会う名刀の世界

後藤藤四郎を収蔵する徳川美術館は、1935年に開館した歴史ある美術館です。尾張徳川家に伝わる大名道具1万件余りを所蔵し、国宝9件、重要文化財59件を含む質の高いコレクションで知られています。

刀剣コレクションは500振以上を数え、国内有数の規模を誇ります。後藤藤四郎をはじめ、名物「庖丁藤四郎」など吉光の他の作品や、様々な時代・流派の名刀を鑑賞することができます。

ただし、刀剣を含む多くの文化財は、保存のため展示替えが行われています。後藤藤四郎の展示時期は年によって異なりますので、この国宝を目当てに訪問される場合は、事前に美術館の展示スケジュールをご確認ください。

周辺の見どころ:徳川園と蓬左文庫

徳川美術館への訪問は、周辺施設と合わせて一日かけて楽しむことをおすすめします。隣接する徳川園は、池泉回遊式の本格的な日本庭園です。尾張徳川家の大曽根屋敷跡に造られた園内には、滝や渓流、牡丹園などが配され、四季折々の風情を楽しめます。

敷地内にある名古屋市蓬左文庫は、尾張徳川家の蔵書を中心とした公開文庫です。「蓬左」とは江戸時代に名古屋を指した別称で、和漢の貴重な古典籍を所蔵しています。

食事処も充実しており、日本料理の宝善亭、フランス料理のガーデンレストラン徳川園、和カフェの蘇山荘など、見学後のひとときを彩る選択肢が揃っています。

訪問のご案内

徳川美術館は、名古屋駅からのアクセスも良好です。市バスで約30分、JR大曽根駅南口からは徒歩約10分で到着できます。名古屋市内の観光スポットを巡る「メーグル」バスも停車しますので、観光の行程に組み込みやすい立地です。

駐車場は北駐車場(地下)に普通車79台、南駐車場には大型車4台分のスペースがあります。

徳川美術館と徳川園の共通観覧券もありますので、両方をゆっくり楽しみたい方にはお得です。世界に誇る日本の刀剣文化と、尾張徳川家の栄華を今に伝える空間を、ぜひ体験してください。

Q&A

Q後藤藤四郎を作った刀工は誰ですか?
A鎌倉時代中期に京都の粟田口で活躍した刀工・吉光(通称:藤四郎)です。正宗、郷義弘と並ぶ「天下三作」の一人として知られ、特に短刀作りの名手として高い評価を受けています。
Q「後藤藤四郎」という名前の由来は?
Aかつての所持者である後藤庄三郎光次(江戸幕府の金座当主・御金改役)の「後藤」と、作者・吉光の通称「藤四郎」を組み合わせた名物号です。『享保名物帳』にこの名で記載されています。
Qこの短刀の特徴は何ですか?
A吉光の短刀としては大振り(刃長27.6cm)であること、そして吉光に多い直刃ではなく乱刃を焼いていることが大きな特徴です。この華やかな作行きが高く評価され、国宝に指定されています。
Q後藤藤四郎は常に展示されていますか?
Aいいえ、文化財保護のため展示替えが行われています。この国宝をご覧になりたい場合は、徳川美術館の公式サイトで展示スケジュールをご確認の上、お出かけください。
Q徳川美術館へのアクセス方法は?
A名古屋駅バスターミナル10番乗り場から基幹2系統で「徳川園新出来」下車徒歩約3分、またはJR中央線「大曽根駅」南口から徒歩約10分です。観光ルートバス「メーグル」も利用できます。

基本情報

正式名称 短刀 銘 吉光 名物 後藤藤四郎(たんとう めいよしみつ めいぶつ ごとうとうしろう)
文化財指定 国宝
作者 吉光(粟田口派)
時代 鎌倉時代(13世紀)
刃長 27.6 cm
茎長 11.5 cm
反り なし
鎺元厚 0.8 cm
鎺元幅 2.4 cm
所蔵 徳川美術館(名古屋市)
住所 〒461-0023 愛知県名古屋市東区徳川町1017
開館時間 10:00~17:00(入館は15:30まで)
休館日 月曜日(祝日・振替休日の場合は直後の平日)、12月中旬~年始
観覧料 一般1,600円/高大生800円/小中学生500円(特別展により異なる場合あり)
電話 052-935-6262
公式サイト https://www.tokugawa-art-museum.jp/

参考文献

短刀 銘 吉光 名物 後藤藤四郎 - 徳川美術館
https://www.tokugawa-art-museum.jp/collections/短刀-銘-吉光-名物-後藤藤四郎/
短刀 銘 吉光 名物 後藤藤四郎 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/41598
粟田口吉光 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/粟田口吉光
後藤藤四郎 - 刀剣ワールド
https://www.touken-world.jp/search-noted-sword/tengasansaku/54722/
藤四郎吉光(刀工) - 名刀幻想辞典
https://meitou.info/index.php/吉光
後藤庄三郎 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/後藤庄三郎
来館のご案内 - 徳川美術館
https://www.tokugawa-art-museum.jp/visitor-information/

最終更新日: 2026.01.16

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