小原屋原田商店油蔵:富士川舟運の繁栄を今に伝える商家建築

山梨県富士川町の鰍沢(かじかざわ)に佇む小原屋原田商店油蔵は、江戸時代の富士川舟運で栄えた商家の姿を今日に伝える貴重な登録有形文化財です。山に囲まれた甲斐国と外界を結ぶ水運の要衝として発展した鰍沢で、塩や油などの生活必需品を取り扱った商家の蔵は、当時の商業活動の活気を物語っています。

歴史的背景:富士川舟運の黄金時代

小原屋原田家は弘化元年(1844年)に創業し、富士川舟運の最重要拠点であった鰍沢において、主に塩の仲買業を営んでいました。舟運で運ばれてきた塩や植物油、ロウソクなどの生活物資を取り扱い、地域の流通を支える重要な役割を担っていました。

富士川舟運は、17世紀初頭に徳川家康の命を受けた京都の豪商・角倉了以によって開かれました。「下げ米、上げ塩」と呼ばれたこの舟運システムでは、下りの舟で甲州や信州から幕府への年貢米を江戸へ運び、上りの舟で塩や海産物が内陸へと運ばれました。鰍沢の塩流通における影響力は絶大で、遠く信州の高遠では塩のことを「かじかざわ」と呼んでいたほどです。

建築的価値:文化財指定の理由

油蔵は江戸末期(1830年〜1867年)に建てられ、この時代の土蔵建築として最大級かつ保存状態の良い建物の一つです。平成11年(1999年)6月に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録有形文化財に登録されました。

建物は土蔵造2階建、瓦葺きで、建築面積は152平方メートルを誇ります。正面には幅一間(約1.8メートル)の土庇が付き、内部は間仕切り壁で3室に区画されています。南端部の部屋は2階建てですが、他の部屋は吹き抜けとなっており、かつての油の貯蔵・取り扱いに適した広大な空間を形成しています。

最も目を引く建築的特徴は、正面腰壁に施された「なまこ壁」です。これは平瓦を斜めに並べて貼り、その目地に漆喰をかまぼこ型に盛り上げて塗る伝統的な左官技法で、その断面がナマコに似ていることからこの名が付けられました。なまこ壁は優れた耐火性と防湿性を備えており、油という可燃物を保管する蔵にとって不可欠な要素でした。

見どころ:小原屋原田商店の魅力

小原屋原田商店の敷地内には、店蔵、文庫蔵、塩蔵、そして油蔵の4棟の登録有形文化財があり、それぞれが江戸時代の繁栄した商家の完全な姿を物語っています。

敷地奥に東面して建つ油蔵は、可燃物を保管するための徹底した防火対策が施されています。開口部の少ない閉鎖的な造りは実用的な要求を満たしながらも、正面のなまこ壁は当主の財力と審美眼を示す洗練された意匠となっています。

蔵の内部では、油取引の変遷をたどることができます。照明や調理に使われた伝統的な植物油から、明治14年(1881年)に横浜から取り寄せ始めたランプ用の灯油まで、時代の移り変わりを見ることができます。原田家は進取の気性に富み、昭和初期には山梨県で初めて地下タンクを導入したことでも知られています。

また、塩蔵の床には脱水のために竹が敷かれており、当時の塩の保管方法を知ることができる貴重な史料となっています。

なまこ壁の伝統:伊豆との文化的つながり

興味深いことに、鰍沢に見られるなまこ壁の技法は、富士川舟運のルートを通じて伊豆半島の松崎から伝わったとされています。「左官の神様」と呼ばれた入江長八をはじめとする伊豆の熟練した左官職人たちが、舟運の交易路に沿ってその技術を広めていきました。これは富士川が単なる商業動脈としてだけでなく、建築技術や職人文化の伝播路としても機能していたことを示しています。

周辺情報:鰍沢地区を巡る

小原屋原田商店は、今もなお江戸時代の雰囲気を残す鰍沢の商店街に位置しています。界隈を歩けば、かつて河岸町として賑わった時代の面影を感じることができます。

近くには、令和5年(2023年)2月にオープンした「富士川町歴史文化館 塩の華」があり、富士川舟運の歴史を詳しく学ぶことができます。小原屋原田商店の見学と組み合わせることで、舟運時代の理解がより深まります。

日本さくら名所100選に選ばれている大法師公園も近くにあり、約2,000本の桜が咲き誇る春(3月下旬〜4月上旬)には、富士山、富士川、甲府盆地、八ヶ岳を一望できる絶景スポットとなります。

日本酒に興味のある方には、寛政2年(1790年)創業の老舗「萬屋醸造店」もおすすめです。土蔵を利用したギャラリーを併設し、試飲を楽しみながら展示を鑑賞できるユニークな空間となっています。代表銘柄「春鶯囀(しゅんのうてん)」は、与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌から命名されました。

浮世絵との繋がり:北斎が描いた鰍沢

美術愛好家の方にとって興味深いのは、鰍沢が浮世絵の巨匠・葛飾北斎の代表作『富嶽三十六景』に描かれていることです。「甲州石班澤(かじかざわ)」と題された作品は、富士山を背景に急流に挑む漁師の姿を劇的に描いており、舟運にとって難所でもあり要衝でもあったこの地の特性を見事に捉えています。

Q&A

Q油蔵の内部を見学することはできますか?
A小原屋原田商店は現在も私有地であり、ガソリンスタンドとして営業を続けています。蔵の外観は道路から見学できますが、内部見学については事前に施設へお問い合わせいただくことをおすすめします。
Q鰍沢を訪れるのに最適な時期はいつですか?
A春(3月下旬〜4月上旬)は大法師公園の桜が満開となり特に美しい時期です。秋は気候も穏やかで、周辺の山々の紅葉も楽しめます。富士川町歴史文化館は通年開館しており、地域の歴史を学ぶのに最適です。
Q公共交通機関でのアクセス方法を教えてください。
AJR身延線の鰍沢口駅が最寄り駅です。特急「ふじかわ」を含む全列車が停車します。駅からは山梨交通の路線バス(1日約7本、土日運休便あり)または タクシーをご利用ください。お車の場合は、中部横断自動車道の増穂ICから約5分です。
Q近くに他の文化財はありますか?
A小原屋原田商店の4棟の蔵(店蔵、文庫蔵、塩蔵、油蔵)がいずれも登録有形文化財です。また、鰍沢地区には他にも歴史的な商家建築が残されています。富士川町歴史文化館「塩の華」では舟運時代の資料を展示しており、寛政2年創業の萬屋醸造店も土蔵建築を活用した見学施設となっています。
Q富士川舟運はいつまで続いたのですか?
A富士川舟運は明治44年(1911年)の中央本線開通により徐々に衰退し、昭和3年(1928年)の身延線全線開通をもって約300年余りの歴史に幕を閉じました。しかし、舟運がもたらした建築様式、祭礼、方言などの文化的遺産は、今もこの地域に息づいています。

基本情報

名称 小原屋原田商店油蔵(おばらやはらだしょうてんあぶらぐら)
文化財種別 登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成11年(1999年)6月7日
登録番号 19-0036
建築年代 江戸末期(1830年〜1867年)
構造・形式 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積152㎡
所在地 山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢1714
アクセス JR身延線 鰍沢口駅より車で約5分、または路線バスで鰍沢方面へ
登録基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの

参考文献

文化遺産オンライン - 小原屋原田商店油蔵
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/185840
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001110
YBS山梨放送 - やまなしレトロモダン 風景の中の歴史遺産
https://www.ybs.jp/retro/2016/10/18/
富士川町 - 富士川舟運
https://www.town.fujikawa.yamanashi.jp/docs/2023090600071/
Wikipedia - 鰍沢河岸
https://ja.wikipedia.org/wiki/鰍沢河岸
さんたつ - 小原屋原田商店
https://san-tatsu.jp/spots/22487/

最終更新日: 2026.01.27

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