小原屋原田商店塩蔵:富士川舟運300年の歴史を伝える土蔵建築
山梨県南巨摩郡富士川町の旧鰍沢商店街に、江戸時代末期に建てられた歴史的な土蔵が静かに佇んでいます。小原屋原田商店塩蔵は、かつて甲府に次ぐ甲州第二の商業都市として栄えた鰍沢の繁栄を今に伝える登録有形文化財です。富士川舟運によって運ばれた塩を貯蔵するために建てられたこの建物は、日本の流通史における貴重な証人といえるでしょう。
富士川舟運と「下げ米、上げ塩」
小原屋原田商店塩蔵の価値を理解するためには、富士川舟運の歴史を知ることが欠かせません。慶長12年(1607年)、徳川家康の命を受けた京都の豪商・角倉了以によって、富士川の舟運が開削されました。鰍沢から静岡県富士市の岩淵までの約72kmを結ぶこの水路は、山に囲まれた甲斐国と海に面した駿河国を結ぶ物流の大動脈となったのです。
舟運の積荷は「下げ米、上げ塩」と呼ばれる仕組みで運ばれていました。下りの舟には甲州や信州からの年貢米が積まれ、江戸へと送られました。そして帰りの舟には、内陸部では入手困難な塩をはじめ、海産物や日用品が積まれて運ばれてきました。信州往還と駿州往還が交わる要衝に位置していた鰍沢は、この舟運の最重要拠点として大いに発展したのです。
塩を「鰍沢」と呼んだ時代
鰍沢の塩商売がいかに広範囲に及んでいたかを示す逸話があります。信州高遠(現在の長野県伊那市)では、かつて塩のことを「鰍沢」と呼んでいたそうです。これは、鰍沢が江戸時代から明治にかけて塩の集散地として栄え、遠く兵庫県赤穂や駿河で作られた塩が鰍沢で陸揚げされ、信州の高遠まで運ばれていったことに由来しています。塩という生活必需品の流通拠点として、鰍沢の名は広く知れ渡っていたのです。
小原屋原田商店の歴史
小原屋原田商店は、弘化3年(1846年)の創業と伝えられる老舗商家です。富士川舟運で運ばれてくる塩の仲買を主な生業としていましたが、植物油やろうそくなど、様々な日用品も取り扱っていました。「小原屋」の屋号は、鰍沢の商業を支える信頼の証として、地域に広く知られていました。
時代の変化に対応する商才も持ち合わせていた原田家は、明治14年(1881年)には横浜からランプ用の灯油を取り寄せ、石油販売を開始しました。さらに昭和初期には山梨県初の地下燃料タンクを導入するなど、エネルギー産業の先駆者として活躍。現在もガソリンスタンドとして営業を続けており、江戸時代から続く商売の伝統を守り続けています。
塩蔵の建築的特徴
小原屋原田商店塩蔵は、江戸時代末期(1830年〜1867年頃)に建てられた2階建ての土蔵造りです。建築面積は約86平方メートルで、瓦葺きの屋根を持ち、正面には土庇(どびさし)が付けられています。
1階は仕切壁によって2室に区画されています。西側の部屋が塩の貯蔵に使用されていたことから「塩蔵」の名が付けられました。東側の部屋には2階へ通じる階段があり、物置として使われていました。開口部は正面と背面にのみ設けられ、全体的に簡素で実用本位の意匠となっています。
特筆すべきは、塩蔵の床に竹が敷かれていることです。塩は湿気を吸収しやすい性質があるため、脱水を促進する目的で竹の床が採用されました。余分な水分が竹の隙間から流れ落ちることで、貯蔵された塩を最適な状態に保つことができたのです。
登録有形文化財としての価値
小原屋原田商店塩蔵は、平成11年(1999年)6月7日に登録有形文化財(建造物)として登録されました。この建物が文化財として価値を認められた理由は、単なる建築的価値だけではありません。300年以上にわたって続いた富士川舟運の時代を物語る貴重な歴史的証人として、また内陸部の塩流通を支えた商業建築の実例として、高い評価を受けているのです。
小原屋原田商店には、塩蔵のほかに店蔵(みせぐら)、文庫蔵(ぶんこぐら)、油蔵(あぶらぐら)の計4棟が登録有形文化財として登録されています。虫籠窓のある伝統的な店構えの店蔵、切妻造りの文庫蔵、なまこ壁が特徴的な油蔵など、それぞれが江戸時代から明治にかけての商家建築の特色を今に伝えています。
舟運時代の終焉と新たな時代へ
繁栄を極めた富士川舟運でしたが、明治36年(1903年)の中央本線甲府開通、そして昭和3年(1928年)の身延線全線開通によって、その役目を終えることになりました。馬や牛で約2日かかっていた輸送が、舟運により6時間に短縮され、さらに鉄道によって革新的な効率化が実現されたのです。
しかし舟運の終焉から100年近くが経った今でも、富士川舟運がもたらした様々な伝統や文化は、しっかりとこの町に息づいています。鰍沢ばやしや山車は、京都の祇園ばやしと江戸のおはやしが融合した独特の芸能として受け継がれ、伊豆松崎から伝わったなまこ壁の技術は今も建物の装飾に見ることができます。
周辺の見どころ
小原屋原田商店塩蔵を訪れた際には、ぜひ周辺の観光スポットにも足を運んでみてください。富士川町歴史文化館「塩の華」では、富士川舟運の歴史をパネルや映像、当時使用されていた渡し船の展示などを通じて学ぶことができます。高瀬船の1/10サイズの模型も展示されており、当時の舟運の様子を具体的にイメージすることができるでしょう。
大法師公園は、「日本さくら名所100選」に選ばれた山梨県を代表する桜の名所です。約2,000本のソメイヨシノが山全体を淡いピンク色に染める3月下旬から4月上旬には、「大法師さくら祭り」が開催され、多くの花見客で賑わいます。園内からは富士山や八ヶ岳、甲府盆地を一望することもできます。
また、富士川町高下(たかおり)地区は、冬至から元旦にかけて「ダイヤモンド富士」を観ることができる絶景スポットとして知られています。「日出づる里」とも呼ばれるこの地区は、関東の富士見百景にも認定されており、毎年多くの写真愛好家が訪れます。
温泉でゆっくり疲れを癒したい方には、「甲州鰍沢温泉 かじかの湯」や「まほらの湯」がおすすめです。歴史散策の後に、高濃度のナトリウム塩化物泉に浸かってリラックスするのも良いでしょう。
Q&A
- 小原屋原田商店塩蔵の内部は見学できますか?
- 建物は私有財産であり、内部の一般公開は行われていません。ただし、外観は公道から見ることができます。現在もガソリンスタンドとして営業が続けられています。
- 富士川町へのアクセス方法を教えてください。
- JR身延線「鰍沢口駅」が最寄り駅です。特急「ふじかわ」を含む全列車が停車します。駅から小原屋原田商店までは車で約10分です。また、中部横断自動車道「増穂IC」からは車で約10分でアクセスできます。
- 富士川舟運の歴史を詳しく学べる場所はありますか?
- 富士川町歴史文化館「塩の華」がおすすめです。舟運歴史館では富士川舟運の始まりから終わりまでを資料とパネルで学ぶことができ、当時使用されていた渡し船や高瀬船の模型も展示されています。入館料は大人200円です。
- 鰍沢周辺でおすすめの季節はいつですか?
- 桜の季節(3月下旬〜4月上旬)は大法師公園の桜が見事です。また、冬至から元旦にかけては高下地区で「ダイヤモンド富士」を見ることができます。秋は紅葉、夏は大柳川渓谷での避暑も楽しめます。
- 登録有形文化財と国宝・重要文化財の違いは何ですか?
- 国宝・重要文化財は厳格な保存が求められる「指定」制度ですが、登録有形文化財は「登録」制度に基づくもので、所有者の自主的な保存活動を支援する仕組みです。規制が緩やかなため、小原屋原田商店のように現役で使用されながら保存される建物も多くあります。
基本情報
| 名称 | 小原屋原田商店塩蔵(おばらやはらだしょうてんしおぐら) |
|---|---|
| 文化財指定 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成11年(1999年)6月7日 |
| 建築年代 | 江戸時代末期(1830年〜1867年頃) |
| 構造 | 土蔵造2階建、瓦葺 |
| 建築面積 | 約86㎡ |
| 所在地 | 山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢1714 |
| アクセス | JR身延線「鰍沢口駅」から車で約10分/中部横断自動車道「増穂IC」から車で約10分 |
| 周辺施設 | 富士川町歴史文化館「塩の華」(車で約5分)、大法師公園(車で約10分)、かじかの湯(車で約5分) |
参考文献
- 小原屋原田商店塩蔵 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/192109
- 小原屋原田商店店蔵 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/114187
- 第29回「小原屋 原田商店」- やまなしレトロモダン 風景の中の歴史遺産(YBS山梨放送)
- https://www.ybs.jp/retro/2016/10/18/第29回「小原屋-原田商店」10月18日放送/
- 富士川舟運 - 山梨県富士川町公式サイト
- https://www.town.fujikawa.yamanashi.jp/docs/2023090600071/
- 鰍沢河岸 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/鰍沢河岸
- 富士川舟運の町・鰍沢 - 全国町村会
- https://www.zck.or.jp/site/essay/5503.html
- 舟運歴史館 - 富士川町歴史文化館塩の華
- https://fujikawa-shionohana.com/museum/river-transport/
- 小原屋原田商店 - さんたつ by 散歩の達人
- https://san-tatsu.jp/spots/22487/
- 大法師公園 - GOOD LUCK TRIP
- https://www.gltjp.com/ja/directory/item/15814/
最終更新日: 2026.01.27
近隣の国宝・重要文化財
- 小原屋原田商店新座敷
- 山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢1714
- 小原屋原田商店文庫蔵
- 山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢1714
- 小原屋原田商店油蔵
- 山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢1714
- 小原屋原田商店店蔵
- 山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢1714
- 𣇃米公民館
- 山梨県南巨摩郡富士川町𣇃米1237
- 市川教会
- 山梨県西八代郡市川三郷町市川大門907
- 松寿軒長崎
- 山梨県南アルプス市荊沢319 他
- 安藤家住宅(山梨県中巨摩郡甲西町)
- 山梨県南アルプス市西南湖4302番地
- 古長禅寺のビャクシン
- 南アルプス市
- 柴田家住宅(旧清水家住宅)土蔵
- 山梨県南アルプス市上野359