松寿軒長崎:富士川街道の要所に佇む登録有形文化財の老舗和菓子店

山梨県南アルプス市荊沢の国道52号線(富士川街道)が鍵の手に曲がる場所に、白い漆喰壁が印象的な建物が静かに佇んでいます。松寿軒長崎は、明治24年(1891年)に創業した和菓子の老舗で、現在の店舗建築は1926年(大正15年/昭和元年)に建てられました。平成10年(1998年)には登録有形文化財(建造物)として登録され、かつて駿信往還の宿場町として栄えた荊沢の歴史を今に伝える貴重な建築遺産です。

有名観光地から離れた静かな地方にありながら、その重厚な土蔵造の外観と豊かな歴史的背景は、日本の近代商業建築と街道文化に関心のある方にとって、訪れる価値のある場所です。

荊沢宿の歴史:駿信往還と富士川舟運

松寿軒長崎の魅力を深く理解するためには、この地の歴史的背景を知ることが大切です。荊沢はかつて駿信往還(すんしんおうかん)の宿場町として栄えた場所です。駿信往還は、駿河国(現在の静岡県)と信濃国(現在の長野県)を甲斐国(現在の山梨県)を経由して結ぶ脇往還で、甲州道中の韮崎宿から南に分かれ、鰍沢へと至る区間は「西郡路(にしごおりじ)」とも呼ばれていました。

江戸時代の慶長年間(1600年代初頭)から富士川舟運が開通すると、信州や甲斐国内の年貢米がこの街道を通って鰍沢河岸(かし)に集められ、舟で駿河の岩淵まで運ばれ、さらに江戸へと回送されました。一方、帰りの舟には赤穂の塩や海産物が積まれ、鰍沢河岸で荷揚げされた後、馬に積み替えられて荊沢宿を通り、巨摩郡各地や信州へと運ばれました。この「下げ米、上げ塩」と呼ばれる物流は、荊沢宿に大きな繁栄をもたらしました。

宝永2年(1705年)の村明細帳によれば、荊沢村には210軒の家屋と596人の住民がおり、酒屋4軒、糀屋1軒、紺屋5軒のほか、77人もの商人が活動していたと記録されています。その多くが駿信往還に関連した商いを行い、特に塩や糀を近隣の村々へ売り歩く商人が48人を数えるなど、活発な商業活動が行われていました。

登録有形文化財としての価値

松寿軒長崎は、平成10年(1998年)1月16日に国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。その登録理由は、建築的・歴史的な価値にあります。

現在の建物は1926年(大正15年/昭和元年)に建築された土蔵造2階建で、建築面積は102平方メートルです。寄棟造(よせむねづくり)、平入(ひらいり)の土蔵造町家で、軒先を持送状に3段に重ねるなど重厚な外観を持っています。大阪などの大都市で見られる蔵造り商家の様式を取り入れた白い漆喰仕上げの外壁は、地方の街道沿いの建築に都市部の商業建築の影響が及んでいたことを示す貴重な事例です。

店舗の老朽化に伴い一部改築はされていますが、創業当時の外観をほぼ現在に伝えており、街道の要所に建つ老舗として広く親しまれています。登録有形文化財制度は、1996年に重要文化財に指定されるほどではないものの、歴史的・文化的に重要な建造物を、使用しながら保存することを可能にする制度であり、松寿軒長崎のように現在も営業を続ける店舗にとって理想的な保護の枠組みとなっています。

見どころ・魅力

重厚な土蔵造の外観

白い漆喰壁と瓦葺きの寄棟屋根が作り出す堂々とした佇まいは、松寿軒長崎の最大の見どころです。特に3段に重ねられた持送状の軒先は、細部にまでこだわった職人の技術を感じさせます。街道の鍵の手に位置する建物のたたずまいは、歴史的な風情に溢れ、写真撮影にも最適なスポットです。

伝統の和菓子

明治24年から続く和菓子づくりの伝統を今に伝える松寿軒長崎は、日本の四季や地域の素材を生かした繊細な菓子の世界に触れることができる場所です。和菓子は日本の美意識が凝縮された食文化であり、登録有形文化財の建物の中で味わう和菓子は、格別の体験となるでしょう。

旧荊沢宿の街並み散策

松寿軒長崎が立つ旧街道沿いを歩くと、かつての宿場町の面影を感じることができます。国道52号線の鍵の手の曲がり角は、江戸時代の宿場町に特徴的な防御的な街路設計の名残であり、往時の賑わいを想像しながら散策を楽しむことができます。

周辺の見どころ

松寿軒長崎の周辺には、歴史・自然・食を楽しめるスポットが数多くあります。

  • 安藤家住宅(国指定重要文化財) — 約300年前の宝永5年(1708年)に建てられた茅葺き屋根の旧名主の住宅。江戸時代の暮らしぶりを伝える貴重な建物で、美しい庭園も見どころです。火曜休館(祝日の場合は翌日)。
  • 古長禅寺(瑞雲山) — 正和5年(1316年)に夢窓疎石が開山した臨済宗の古刹。武田信玄の生母・大井夫人の菩提寺として知られ、国指定重要文化財の夢窓国師座像や、国指定天然記念物の樹齢約700年のビャクシンがあります。
  • 果樹園でのフルーツ狩り — 南アルプス市はサクランボ、桃、スモモ、ぶどうなどの一大産地です。季節に応じたフルーツ狩り体験ができる農園が多数あります。
  • 南アルプスユネスコエコパーク — 2014年に市全域がユネスコエコパークに登録されました。日本第2位の高峰・北岳をはじめとする雄大な山岳景観と豊かな自然環境を満喫できます。

四季の楽しみ

松寿軒長崎とその周辺は、四季折々の美しさを楽しめます。春には桜や梅が果樹園を彩り、のどかな花景色が広がります。夏は豊かな緑と新鮮な桃やスモモの味覚が魅力で、毎年開催される「荊沢宿夏祭り」では、江戸時代から伝わる荊沢囃子が披露されます。秋には周辺の山々や寺院の庭園が紅葉に染まり、冬は空気の澄んだ日に南アルプスの雪を被った峰々が美しく望めます。

アクセス情報

松寿軒長崎は、南アルプス市荊沢の国道52号線(富士川街道)沿いにあります。お車の場合は中部横断自動車道・南アルプスICが最寄りのインターチェンジです。公共交通機関をご利用の場合は、JR甲府駅から山梨交通バス鰍沢営業所行きに乗車し、古市場バス停で下車、またはJR身延線の東花輪駅もしくは市川大門駅からタクシーで約15分です。

松寿軒長崎は個人所有の和菓子店のため、営業時間等は事前にご確認ください。建物の外観は通りから自由にご覧いただけます。

Q&A

Q登録有形文化財とは何ですか?
A登録有形文化財制度は、1996年に創設された文化財保護の仕組みです。重要文化財に指定されるほどではないものの、歴史的・文化的に重要な建造物を、使用・居住しながら保存することを可能にする制度です。松寿軒長崎のように、現在も店舗として営業を続けながら文化財として保護されている建物にとって、理想的な枠組みとなっています。
Q松寿軒長崎で和菓子を購入できますか?
A松寿軒長崎は現在も営業している和菓子店ですので、営業時間内であれば和菓子のご購入が可能です。ただし、個人経営の小さなお店のため、営業日や営業時間は変動する場合があります。訪問前に現地で最新の情報をご確認されることをお勧めします。
Q外国語での対応はありますか?
A地方の小さな和菓子店のため、外国語での専門的なサービスは期待できませんが、建物の外観は通りから自由にご覧いただけます。翻訳アプリの活用をお勧めします。南アルプス市の観光案内サービスで追加の情報を得ることも可能です。
Q土蔵造とはどのような建築様式ですか?
A土蔵造(くらづくり)は、厚い土壁を漆喰で覆った建築様式で、もともとは防火を目的として発展しました。商業地区では、貴重な商品を火災から守るために商家がこの構造を採用しました。白い漆喰壁と重厚な屋根が作り出す堂々とした外観が特徴で、松寿軒長崎はその典型的な例です。
Q見学にはどのくらいの時間が必要ですか?
A建物外観の見学と旧荊沢宿の散策で約30分〜1時間程度です。近隣の安藤家住宅や古長禅寺も併せて訪問される場合は、半日程度の時間を見ておくと、ゆっくりと地域の歴史と文化を満喫できるでしょう。

基本情報

名称 松寿軒長崎(しょうじゅけんながさき)
文化財指定 登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成10年(1998年)1月16日
建築年 1926年(大正15年/昭和元年)
創業年 1891年(明治24年)
建築様式 土蔵造2階建、瓦葺、寄棟造・平入、建築面積102㎡
所在地 山梨県南アルプス市荊沢319 他
所有者 個人
お問い合わせ 南アルプス市教育委員会 文化財課 電話:055-282-7269
アクセス 中部横断自動車道 南アルプスIC下車;JR身延線 東花輪駅または市川大門駅からタクシー約15分

参考文献

登録有形文化財「松寿軒長崎」 - 山梨県 南アルプス市
https://www.city.minami-alps.yamanashi.jp/docs/shojyukennagasaki.html
松寿軒長崎 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137701
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000431
駿信往還(西郡路)、荊沢宿の旅 - 南アルプス市ふるさとメール
https://sannichi.lekumo.biz/minamialps/2021/11/post-3ce3.html
合併までの沿革 - 山梨県 南アルプス市
https://www.city.minami-alps.yamanashi.jp/docs/1917.html
重要文化財 安藤家住宅(国指定文化財) - 山梨県 南アルプス市
https://www.city.minami-alps.yamanashi.jp/sisetsu/shisetsu/bunkazai-ando/

最終更新日: 2026.03.25