運命の出会い - ジャガイモ畑で発見された3,500年前の奇跡
1975年8月、函館市南茅部町(現在の函館市尾札部町)の太平洋を望む丘陵地。主婦の小板アエさんがジャガイモの収穫をしようと鍬を入れたその瞬間、ガチッと何かが当たりました。土を払うと、そこには人間のような目と鼻が現れ、腰を抜かすほど驚いたといいます。これが、後に北海道初の国宝となる「中空土偶」、愛称「カックウ」発見の瞬間でした。
著保内野遺跡から出土したこの土偶は、縄文時代後期後半(約3,500年前)の作品で、高さ41.5センチメートル、幅20.1センチメートル、重さ1,745グラムという、中空土偶としては国内最大級の大きさを誇ります。その発見は、日本の考古学史に新たな1ページを刻む出来事となりました。
驚異的な技術力が生み出した縄文芸術の最高峰
この中空土偶の最大の特徴は、その精巧な作りにあります。最も薄い部分では厚さわずか数ミリメートルという、驚くべき薄さで成形されています。これは現代の陶芸技術をもってしても難しい、極めて高度な技術です。縄文時代の人々が、このような繊細な作品を作り上げたことは、当時の技術力の高さを物語っています。
土偶の表面には、隆帯文、縄文、円形の刺突文という3種類の文様が施されています。肩部は左右に大きく張り、胴部はくびれ、両足を平行にして立つ形状ですが、自立はしません。膝下部で両足を筒で連結する独特の構造を持ち、その用途については様々な説が唱えられています。
特に注目すべきは、顎の部分に残る黒色の顔料と、胴部に塗られた赤色顔料の痕跡です。これらは、土偶が単なる土製品ではなく、彩色された美術品であったことを示しています。顎の刺突文は髭または刺青を表現したものと考えられ、胸部から腹部にかけての文様は衣服を表現している可能性があります。
「金庫の中の30年」から国宝への道のり
発見から4年後の1979年、この土偶は重要文化財に指定されました。しかし、当時の南茅部町には重要文化財を展示する適切な施設がなく、町役場の金庫室の中で桐箱に収められ、30年以上もひっそりと保管されていました。「金庫(禁固)30年」と揶揄されることもありましたが、これは貴重な文化財を確実に守るための苦肉の策でした。
転機が訪れたのは2006年。著保内野遺跡の再調査が実施され、土偶が集団墓の一角から、土坑に埋納された状態で発見されたことが確認されました。勾玉や漆塗りの髪飾りなども出土し、この土偶が単独で埋められた特別な存在であったことが明らかになりました。
そして2007年6月8日、ついに国宝に指定されます。北海道から初めて、そして現在も唯一の国宝となったこの瞬間、発見者の小板アエさんは「カックウ、出世してよかったな」と、まるで自分の娘のように喜んだといいます。愛称の「カックウ」は、出土地の南茅部の「茅」と中空土偶の「空」を組み合わせたもので、公募により決定しました。
世界が認めた縄文文化の象徴として
国宝指定後のカックウの活躍は目覚ましいものがあります。2008年7月、北海道洞爺湖町で開催されたG8サミットでは、「環境・気候変動」というテーマにふさわしい「自然と共生した縄文人」の代表として、サミット会場のホテルに特別展示されました。各国首脳が必ず通る場所に展示され、「日本には、自然と共生しながら一万年以上続いた縄文文化があり、その精神は脈々と現代の日本に流れている」というメッセージが添えられました。
2009年12月には、イギリス・大英博物館で開催された特別展「The Power of DOGU」に出展。土偶だけを展示するという画期的な企画展は、2ヶ月の開催期間に12万人もの観客を集め、縄文文化の魅力を世界に発信しました。
これらの国際的な活動を通じて、カックウは日本の縄文文化を代表する文化大使としての役割を果たし、1万年以上続いた持続可能な社会のシンボルとして、現代に重要なメッセージを発信し続けています。
函館市縄文文化交流センターで出会える感動
2011年10月にオープンした函館市縄文文化交流センターは、カックウをはじめとする函館市内の縄文遺跡から出土した約1,500点の貴重な遺物を展示する、縄文文化の殿堂です。カックウは特別な展示室で常設展示されており、月明かりを思わせる照明演出により、縄文時代の雰囲気を体感できる空間が創出されています。
センターでは、展示観覧だけでなく、ミニチュア土器づくりや縄文ペンダントづくりなど、8種類の体験メニューが用意されています。予約不要で参加できるため、子どもから大人まで気軽に縄文文化を体験できます。また、併設された道の駅「縄文ロマン南かやべ」は、国宝のある唯一の道の駅として、地元の特産品や縄文グッズを販売しています。
展示室では、縄文時代の生活や精神文化を物語る土器や石器、装飾品などが時代順に展示され、約7,000年にわたって栄えた函館の縄文文化の全容を知ることができます。特に注目すべきは、世界遺産に登録された垣ノ島遺跡と大船遺跡から出土した遺物で、これらには特別な印が付けられています。
世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」を巡る
函館市縄文文化交流センターは、2021年7月に世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産である、垣ノ島遺跡と大船遺跡への玄関口となっています。
センターに隣接する垣ノ島遺跡は、縄文時代早期から後期(約9,000~3,000年前)という6,000年もの長期にわたる定住の跡を示す貴重な遺跡です。国内最大級の盛土遺構や、幼児の足形を写し取った足形付土版など、当時の高い技術力と精神性を示す遺構・遺物が多数発見されています。2021年7月28日から一般公開が始まり、ガイド付きツアーや発掘体験プログラムも実施されています。
車で約10分の距離にある大船遺跡は、縄文時代中期(約5,500~4,000年前)の大規模な集落跡です。深さ2メートル、直径10メートルを超える大型竪穴住居跡が特徴的で、安定した定住生活が営まれていたことを物語っています。クジラやオットセイの骨も出土しており、海洋資源を巧みに利用していた様子がうかがえます。
両遺跡とも太平洋を望む段丘上に立地し、縄文人が暮らした当時の地形をそのまま体感できます。定時解説ツアーも実施されており、専門スタッフの説明を聞きながら、縄文時代にタイムスリップしたような体験ができます。
アクセス情報と訪問のポイント
函館市縄文文化交流センターは、函館市中心部から車で約60分、函館空港から約40分の南茅部地区に位置しています。国道278号線沿いの風光明媚なドライブコースで、途中には恵山や水無海浜温泉などの観光スポットもあります。
開館時間は4月~10月が9:00~17:00、11月~3月が9:00~16:30。休館日は月曜日(祝日の場合は翌平日)、毎月最終金曜日、年末年始(12月29日~1月3日)です。観覧料は大人300円、学生・生徒・児童150円と、国宝を観覧できる施設としては非常にリーズナブルです。
公共交通機関を利用する場合は、JR函館駅前から函館バス99系統「鹿部出張所行き」に乗車し、「垣ノ島遺跡下」バス停で下車(約90分)、徒歩約7分です。ただし、バスの本数が限られているため、レンタカーやタクシーの利用がおすすめです。函館市内の主要タクシー会社では、縄文遺跡を効率よく巡る観光コースも用意されています。
訪問の際は、事前に「中空土偶弁当」(要予約)を注文しておくと、カックウの顔をモチーフにした雑穀おむすびや地元食材を使った特製弁当を楽しめます。また、体験プログラムに参加したい場合は、時間に余裕を持って訪問することをおすすめします。
よくあるご質問
- なぜこの土偶は「国宝」に指定されたのですか?
- 中空土偶として現存する中で最大級の大きさであること、薄く精巧な作りで写実的であること、文様構成が優れていることなどが評価されました。縄文時代後期の土偶造形の到達点を示すものとして、学術的価値が極めて高く、かつ代表的なものとして2007年に北海道初の国宝に指定されました。
- 「カックウ」という愛称の由来は何ですか?
- 出土地である南茅部(みなみかやべ)の「茅(か)」と、中空土偶の「空(くう)」を組み合わせて「茅空(カックウ)」と名付けられました。この愛称は公募で決定し、副賞として地元特産の真昆布一年分が贈られました。発見者の小板アエさんも、まるで自分の娘のように「カックウ」と呼んで親しんでいました。
- センター周辺で他に見どころはありますか?
- 世界遺産の垣ノ島遺跡(隣接)と大船遺跡(車で10分)のほか、恵山、水無海浜温泉、道の駅なとわ・えさん、しかべ間歇泉公園、大沼公園などがあります。特に垣ノ島遺跡では発掘体験プログラムも実施されており、実際に土器や石器を掘り出す体験ができます。
- 子どもでも楽しめる施設ですか?
- はい、大変おすすめです。ミニチュア土器づくりや縄文ペンダントづくりなど、予約不要で参加できる体験プログラムが8種類用意されています。料金も50円~350円と手頃です。また、センターのマスコットキャラクター「どぐう館長」のグッズも人気で、子どもたちにも親しみやすい施設となっています。
- 見学にはどのくらい時間がかかりますか?
- センターの展示観覧は1~2時間程度ですが、体験プログラムに参加する場合は2~3時間をみておくとよいでしょう。世界遺産の垣ノ島遺跡と大船遺跡も含めて巡る場合は、移動時間を含めて半日から1日かかります。それぞれの遺跡では定時解説ツアー(約30~45分)も実施されています。
基本情報
| 正式名称 | 土偶/北海道函館市著保内野遺跡出土 |
|---|---|
| 文化財指定 | 国宝(2007年6月8日指定) |
| 時代 | 縄文時代後期後半(約3,500年前) |
| 寸法 | 高さ41.5cm、幅20.1cm、重量1,745g |
| 発見年月 | 1975年(昭和50年)8月 |
| 発見者 | 小板アエ氏 |
| 愛称 | カックウ(茅空) |
| 展示施設 | 函館市縄文文化交流センター |
| 所在地 | 〒041-1613 北海道函館市臼尻町551-1 |
| 開館時間 | 4~10月 9:00~17:00、11~3月 9:00~16:30 |
| 休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌平日)、毎月最終金曜日、年末年始 |
| 観覧料 | 一般300円、学生・生徒・児童150円 |
| アクセス | JR函館駅から車で約60分、函館空港から車で約40分 |
参考文献
- 文化遺産オンライン - 土偶/北海道函館市著保内野遺跡出土
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/213229
- 函館市縄文文化交流センター
- http://www.hjcc.jp/
- 世界遺産 北海道・北東北の縄文遺跡群
- https://jomon-japan.jp/
- 函館市公式観光情報サイト はこぶら
- https://www.hakobura.jp/
- 北海道デジタルミュージアム - 縄文文化
- https://hokkaido-digital-museum.jp/
- 函館市 - 史跡垣ノ島遺跡
- https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2020013000109/
- 函館市 - 史跡大船遺跡
- https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2022012400058/
最終更新日: 2025.11.06