本館の左手前に建つ、小さな木造2階建

遺愛学院(旧遺愛女学校)謝恩館は、北海道函館市杉並町の遺愛学院構内に建つ大正11年(1922年)竣工の木造2階建で、平成17年(2005年)7月12日に国の登録有形文化財に登録された。

建つ位置がまず面白い。本館の正面左手前に置かれ、渡廊下で本館とつながっている。建築面積は202平方メートル、屋根は寄棟造で亜鉛メッキ鋼板を葺く。構内では明らかに小さい建物だが、低く抑えた屋根が本館の前に立ちはだからないよう配慮されている。

足元を見てほしい。基礎は焼過煉瓦を積む。窯のなかでも火に近い場所で焼かれ、硬く色の濃くなった煉瓦で、吸水性が低いため湿気や凍結にさらされる基礎まわりによく使われた。函館という土地を考えれば理にかなった選択である。

外壁の扱いも一様ではない。上部は柱形を挟んだ下見板張、腰は縦羽目板張に切り替わる。壁の中ほどには胴蛇腹が水平に走り、その上では引違い窓が単独の穴としてではなく、いくつも連なる帯として並ぶ。視線は自然と横へ流れていく。

これだけ小さければ本館の付け足しに見えても不思議はない。そうならなかったのは、水平の線を揃えるという一点で本館と話を合わせているからだろう。昭和36年(1961年)には増築が行われている。

「指定」ではなく「登録」であること

謝恩館の区分は登録有形文化財(建造物)、登録番号は01-0063。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。この一行が謝恩館の性格をよく表している。珍しい構法でも著名建築家の作でもなく、まわりの風景に対して何をしているかが評価された建物なのだ。

登録制度は平成8年(1996年)に始まった。指定文化財より緩やかな保護の枠組みで、大きな改変の際も許可ではなく届出で足りる。使い続けながら守るための仕組みであり、平日は生徒が行き交う現役校の建物にはこの軽さが合っている。

同じ構内には、より重い区分を持つ建物が二棟ある。ホワイトハウスの通称で知られる旧宣教師館が平成13年(2001年)6月に、本館が平成16年(2004年)12月に、それぞれ重要文化財に指定された。いずれも明治41年(1908年)の竣工で、設計は立教の初代校長を務めたアメリカ人建築家J・M・ガーディナーによるとされる。昭和10年(1935年)の講堂は謝恩館と同じ登録有形文化財である。

並べてみると、構内は百年余りにわたる判断の積み重ねとして読める。謝恩館はその中間に、静かに座っている。

「謝恩」の名と、創立四十年の年

謝恩とは、受けた恩に報いること。この建物が建った大正11年は、遺愛が認可女学校として創立してから四十年にあたる年だった。

学校の始まりは明治7年(1874年)、アメリカ・メソジスト教会の宣教師M・C・ハリス夫妻の来函にさかのぼる。ハリス夫人フローラが日本の女子教育の実情を米国の婦人伝道局の機関誌に書き送り、その記事が、病で娘を失ったばかりのカロライン・ライト夫人の目に留まった。ライト夫人は娘の教育のために蓄えていた資金を献金し、明治15年(1882年)、元町の高台に「カロライン・ライト・メモリアル・スクール」が開校する。日本語の校名「遺愛」は数年後に文学者の内藤鳴雪が選んだもので、学校はこれを Remembrance of Love と説明している。明治41年に現在地へ移転した。

学校の紹介によれば、謝恩館の内部には茶道のための和室と同窓会室が置かれている。アメリカのミッションスクールが建てた洋風の木造建築のなかに、茶室として使う和室がある。函館ではこの種の混ざり方をいちいち説明しない。内部は非公開なので、見るというより知っておく類の話である。

邪魔をせずに見るために

遺愛学院は現役の中学校・高等学校であり、謝恩館も博物館ではなく校舎の一部である。見学できるのは外観のみ、内部は公開されていない。学校の案内では、正門を入って右手に守衛室があり、敷地内に入る際は守衛に用向きを伝えることになっている。訪問の作法はほぼこれに尽きる。

行き方は簡単だ。函館市電で「杉並町」電停下車、正門まで徒歩1分ほど。同名の函館市電・バス停留所も使える。函館駅からなら市電一本で、降りればほぼ校門前である。五稜郭とその周辺までは徒歩10分ほどなので、五稜郭を歩いた午後にそのまま足を延ばせる距離といえる。

正門をくぐると、右手にまず講堂が見える。松並木の先に本館が立ち、その左手前に控えるのが謝恩館である。午後遅い光が下見板を横から舐めると胴蛇腹が硬い影の線を落とし、水平の意匠がもっともはっきり読み取れる。

参道や公道からの外観撮影は制限されていないが、生徒が生活している場所である。人物を画面に入れない、教室の窓に向けて構えないといった配慮は当然に必要だろう。旧宣教師館は例年7月下旬の2日間に内部が一般公開されると案内されている。日程は年により変わり、実施が保証されているわけでもないので、これを目当てにするなら学校または函館市の観光案内で事前に確認したい。

Q&A

Q遺愛学院(旧遺愛女学校)謝恩館は見学できますか。内部は公開されていますか。
A外観のみ見学できます。現役の学校施設として使われているため内部は非公開です。敷地内に入る際は、正門を入って右手の守衛室に用向きを伝えてください。
Q遺愛学院謝恩館へは函館駅からどう行けばよいですか。
A函館市電で「杉並町」電停下車、徒歩1分ほどです。同名のバス停留所もあります。五稜郭からは徒歩10分程度の距離です。
Q遺愛学院謝恩館の内部には何がありますか。
A学校の紹介によれば、茶道のための和室と同窓会室が置かれています。いずれも見学者に公開されている空間ではありません。
Q遺愛学院謝恩館はなぜ重要文化財ではなく登録有形文化財なのですか。
A登録は平成8年に始まった、使い続けながら守るための緩やかな区分です。謝恩館は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で平成17年に登録されました。同じ構内の本館は平成16年、旧宣教師館は平成13年に重要文化財に指定されています。
Q遺愛学院謝恩館の写真撮影はできますか。
A公道や構内アプローチからの外観撮影は制限されていません。ただし生徒が在校していますので、人物を写さない、教室の窓に向けないなどの配慮をお願いします。取材など個人的な記録を超える撮影は、事前に学校へご相談ください。

基本情報

名称遺愛学院(旧遺愛女学校)謝恩館(いあいがくいん(きゅういあいじょがっこう)しゃおんかん)
所在地北海道函館市杉並町64-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 01-0063/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成17年(2005年)7月12日登録、同年8月2日告示
員数1棟
寸法建築面積202平方メートル/木造2階建、亜鉛メッキ鋼板葺/大正11年(1922年)竣工、昭和36年(1961年)増築
所有者学校法人遺愛学院
公開状況現役の学校施設。外観のみ見学可、内部非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)遺愛学院(旧遺愛女学校)謝恩館
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004685
文化遺産オンライン(文化庁)遺愛学院(旧遺愛女学校)謝恩館
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/151295
遺愛女子中学校・高等学校「遺愛の校舎と歴史」
https://www.iaijoshi-h.ed.jp/history/
遺愛女子中学校・高等学校「アクセス」
https://www.iaijoshi-h.ed.jp/access/
はこぶら(函館市公式観光情報サイト)遺愛学院(旧遺愛女学校)本館・旧宣教師館
https://www.hakobura.jp/spots/604

最終更新日: 2026.08.27